毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十七章 虫籠の底

第575話 蝿の王国

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「おぇ」

 僕は孤児院の裏手で、吐いていた。
 両手両膝を地面に付けて、四つん這いの姿勢で、口を大きく開けて――蛆を沢山、吐き出していた。
 喉奥から次々に溢れ出る蛆は、僕の頭の中で孵化した子供達だ。比喩じゃなくて、物理的に。
 蛆が出てくるのは口からだけじゃなくて、腕とかお腹とか足とか、どこからでも出てくるけどね。皮膚を突き破って、穴を空けて。
 中でも僕の左目、があった場所はお気に入りのようだ。左の瞼の下にはもう何もないけれど、蛆が巣食っているから目を瞑っても変わらず丸みが出る。
 面白いな。

「フランチェスコ先生」

 目の前から声をかけられた。切羽詰まった声。誰だっけ?
 ええと、ええと。あぁ、そうだ。ブロムだ。

「もう、やめませんか?」

 何を?

「このままでは貴方の身体が保たない……!」

 身体?

「俺の毒素を使えば、ハルパーを瞬く間に全滅できます! そうすればこれ以上、貴方の命が削られる事はない! ですから……っ!」

 僕はゆっくりと顔をあげて、赤褐色の髪を持つブロムを見た。
 睨んだ。
 びくりとブロムの肩が跳ねる。少し怯えている。ブロムを睨んだ僕の目は、親の仇を見るかのような目、だったかもしれないね。
 実際、視線だけで殺せるなら殺したかったよ。僕を、僕の研究を否定されたんだから、殺意ぐらい抱くさ。

「二度と言わないで」

 語気を強めて命令すれば、ブロムは小さな声で「はい」と言ってくれた。
 素直でいい子だね、ブロムは。衝動的に殺さなくてよかった。いや、実際に僕がブロムを殺すなんて出来ないけどさ。だって簡単に返り討ちされちゃう。
 僕は非力な、ただの人間なんだから。

(あぁでも、不思議だな)

 僕の身体はハルパーに食い荒らされているのに、痛くない。脳の障害の延長で、痛覚が麻痺したのかも。それともハルパーが共生する為にわざと神経を弄っているのかな? もしも意図的に行っているとしたら、ハルパーは人間よりも人間の構造を理解した虫に進化した可能性があるね。
 でもあり得ない話じゃない。
 蜚蠊ゴキカブリに卵を植え付け寄生させるエメラルドゴキブリバチは、蜚蠊ゴキカブリの神経に毒を注入し、脳も毒で蝕んで抵抗力を奪い、思うがままに操ってしまう。
 同じ虫であるハルパーが似た事が出来たって、不思議じゃない。

(自分の都合のいいように宿主を作り替えちゃうのは、皆んな同じだよね)

 『珊瑚』も、アイギスも、ハルパーも。

(……ウミヘビも?)

 ふとそんな事が頭に過ぎった気がしたけど、目眩がして記憶が飛んで、直ぐに忘れてしまった。

 ◇

「行か、なきゃ」

 僕はふらつきながらも立ち上がる。途中、ブロムが支えてくれた。介護をさせているようで悪いなぁ。
 手足の筋肉も幾らか食べられているから、歩行力が弱くなってきているんだよね。簡単に転んじゃう。でも立ち止まっている暇はない。
 もう少し、もう少しだ。もう少しで谿⬛︎縺帙。
 ……何だっけ? 何がしたいんだっけ? 僕は、僕は、モーズに隰昴ア縺溘縺ウ縺代□縺……。
 僕は今、立っている? 真っ直ぐ歩けている? 目の前が暗いのは日が落ちたから? 耳鳴りがするのは蝿が飛んでいるから? 息苦しいのは蛆が喉奥に残っているから? 頭が重いのは蛆が蠢いているから?

「ブロム。僕が今からやろうとしていること、はなして、みて?」
「……はい。フランチェスコ先生はこれから、大木の下にある地下へ向かい……。……」
「ブロム」
「そ、そこを、隠れ家とし、ハルパーの苗床になる……。です」
「うん」

 よかった。記憶と相違ない事を確認できた。僕は微笑む。
 僕はもう直、ステージ5になる。ステージ4になっているからか、何となく時期がわかるんだ。
 ステージ4になってしまえば普通、正気を失って攻撃的になるんだけど、僕は何とか人間としての意識を保てている。ハルパーのお陰だ。
 でも、これだけ体内の『珊瑚』を排除しても珊瑚症の進行は止まっていない。支配から逃れられていない。
 ステージ5になれば『珊瑚』の増殖は今までの比じゃなくなって、辺り一帯を菌床にしてしまう。拠点を菌床にしてしまうのは駄目だ。人目に付くことがあれば、建物ごと燃やされて処分される。そうなれば研究記録もモーズとの思い出も全部、灰になってしまう。それは避けなきゃ。

 本当はステージ5になる前にどうにかしたかったけど、仕方がない。
 もっともっと、ハルパーを繁殖させなきゃ。僕の身体の大部分を失う結果になるとしても、苗床にして貰わなきゃ。
 『珊瑚』を殺すのに必要な犠牲だ。なりふり構っていられない。
 ハルパーが気兼ねなく繁殖できて、僕の『珊瑚』を食べ尽くすまで目立たずに過ごせる場所が要る。思い付いたのが、何度も森へ入って見付けた地下通路だ。存在自体は知っていた。昔、シスターが探していたからね。
 地下通路の奥には納骨堂があって、そこには聖人が残した聖遺物がある。なんて、作り話にしか聞こえない言い伝えがあるんだとか。シスターは遺物を探し出して、売るか、見せびらかして、教会の集客に使いたかったんだろう。
 そういえばシスターはこないだ獄中死したんだとか? 聞こえたんだよね、ブロムと街で買い出しをしていた時。街の人達が噂をしていた。
 浅ましい事ばかり考えていた彼女には、お似合いの最期だね。

 その時、モーズの今も、耳に入ってきたな。
 パラス国で英雄のような活躍をしたとか。それも二回。最初はアパートで、その次は学会会場で。
 オフィウクス・ラボに入所して、クスシとなって頑張っているんだって。
 応援したいなとか、差し入れを渡したいなと、よくやったと褒めてやりたいなとか、活躍を記念した祭りをしたいなとか、モーズの話題はあちこちで持ちきりだった。
 元気で過ごしているようで、とっても嬉しかったな。現在地がわかったのも嬉しい。
 オフィウクス・ラボに行けば、モーズと会える。

 会ったら沢山お喋りしたいな。
 今まであった出来事、出来事……。ええと、ええと。……ブロムに覚えさせた、アレやコレ。モーズきっと、びっくりするだろうな。

 この実験が上手くいけば、次に地下通路から出る時、僕は『珊瑚』から解放されている筈だ。
 ハルパーも、『珊瑚』がなくなれば離れていく。珊瑚症に罹っていなければ宿主と見なさないよう、調整したからね。次の寄生先を探して旅立つ。
 上手くいけば、上手くいく筈、上手くいくといいな。
 モーズ。君だけは、何があっても忘れない。忘れてたまるか。僕の。僕は。モーズ。早く会いたい。会いたい。モーズ。もう少しだよ。ねぇ。会えたら、そしたら。

 ――鬟溘ベ縺輔⬛︎縺ヲ
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