毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十七章 虫籠の底

第577話 フェロモン

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「あ、モーズ先生ー。進捗どうー?」

 セレンと共にフランチェスコのいる隔離病棟へ戻ったモーズを、テトラミックスは笑顔で迎えてくれた。
 対照的に、ブロムは厳しい顔をしてフランチェスコのベッドに腰を下ろしているが。なかなか進展しない状況に苛立っているのだろう。

「ハルパーの生態がわかってきた所、なのだが……。どういったプロセスで宿主を選定しているのかが未だわからなくてな。ブロム、何か知らないだろうか?」
「……。フランチェスコ先生は自ら蛆の卵を植え付けていたが? それで宿主にならないのか?」
「私もそう推測し、動物実験で試行してみたのだがな。宿主として認識し守護してくれるどころか、被験体から早々に離れてしまい……」

 早い話、失敗してしまった。
 同じように人間の体内へ卵を植え付けても、軽い蠅蛆症を発生して終わってしまう事だろう。フランチェスコのように共生をするには、ただ『珊瑚』を食べさせようとしても駄目なようだ。

「よく考えなくとも、虫にとっても危険な『珊瑚』を積極的に食すのは生物として不可解だ。他の動植物が食さない故に独占できる利点はあるが、他に果肉や腐肉があればそちらに集うのは至極自然だ」
「んー。でも美味しいなら危ないってわかっていても食べちゃうんじゃないー?」

 モーズの考察に対して、テトラミックスが小首を傾げて言う。

「ほら、人間も毒があるってわかっていても美味しかったら食べちゃうじゃない。フグとかキノコとか」
「確かに。害があるとわかっていながらベニテングタケを食し病院送り……なんて話、病棟に潜入した頃聞きましたねぇ」

 まぁ私達には関係のない話ですけど、と付け加えるセレン。
 毒があっても平然と食せるのは有毒人種ウミヘビの特権といっていいだろう。モーズは少しばかり羨ましく思った。

「そう、だな。危険があるにも拘わらず、近付いてしまう例はあったな。虫の場合は、例えば……」

 食虫植物。
 花や蜜の香り、フェロモンで虫を惑わせ引き寄せ、奈落の底に突き落とす。
 そこでモーズはハッと左目を見開いた。

(そうだ、虫と言えばフェロモンではないか。ハルパーは魅惑的なフェロモンを発生する者を、宿主と認識するのかもしれない)

 そのフェロモンの元は何か。モーズには一つ心当たりがあった。
 思い立った彼は直ぐに作業机へと足を運び、山積みにされていたフランチェスコの研究資料を漁る。
 資料には、フランチェスコが独自に調合した薬が載っている。それだけは、暗号化を解かなくとも読み取れた。
 孤児院のハーブ畑で育てていたハーブを組み合わせればいい。覗き見したフランチェスコの記憶からしても、レシピは間違いない筈だ。

「定期的に薬を摂取する事によって珊瑚症の進行を遅らせると同時に、体臭を変化させハルパーへ宿主として認識させる……。これだ! これでいける筈だ!」

 そのままモーズは一人ぶつぶつと呟き、資料に書かれているハーブの名前を片端から確認する。
 取り憑かれたようにノートへペンを走らせるモーズを見て、ウミヘビ達は顔を見合わせた。

「モーズ先生、突破口を見付けたのかなー?」
「みたいですねぇ。上手くいくとよいのですが」
「フランチェスコ先生の目が覚めるなら、何でもいいがな」

 そう言って、ブロムは石像のように動かないフランチェスコへ視線を向ける。

「いっ」

 その時、モーズは急に走った痛みに顔を歪めた。紙で指先を切ってしまったのだ。皮膚が裂けた箇所から、ぷくりと赤い血が溢れ出る。このままでは研究資料を汚してしまうと、モーズは咄嗟に手を離した。
 ブゥン。するとハルパーが羽音を立てながらモーズの周囲を舞い、出血した指先へとまる。そして血を、口吻を付けた。
 それを攻撃と見なしたらしい、アイギスの触手が手の甲から飛び出てぶんぶんと振り回し、すかさずハルパーを追い払う。よってハルパーは再び宙を舞い、宿主たるフランチェスコの元へ、左瞼の中へと戻っていった。
 やや不可解な行動なものの、ハルパーは血液も養分として取り込む。餌が足らなかっただろうか、と、モーズはぼんやりと考えた。
 自身の血をフランチェスコへ与えた事を、深刻に、受け止めなかった。

 ――ピクリ

 故に、フランチェスコの指先が動いた事に、モーズのみならずこの場にいる誰も、気付かなかった。

 ◇

「人手が、足りぬ」

 一方その頃。
 ルイは院長室でホログラム映像を展開し、そこに映した病床マップを前にマスクの下で苦々しく顔を歪めていた。
 数日かけての患者の移送は完了した。一旦は落ち着いたと見ていいだろう。少なくとも、今この瞬間に医療が完全に崩壊する危険は去っている。
 しかし依然として問題は山積みだ。
 感染病棟は満床一歩手前。しかも入院している患者の大半が、重症者、あるいは重傷者だった。
 集中治療を要する者、常時の観察が必要な者、処置を一時も止められない者――
 その一人ひとりに人手が割かれ、医師も看護師も限界に近付いている。

(国連へ応援要請はしているが、果たしてどれだけ補充をしてくれるか……)

 感染病棟は国連の管轄で、医師の配属を管理している。
 フランス国内でもいい。国外でもいい。最悪、経験の浅い者でもいいから、ともかく人を回して欲しい。
 ルイの願いは切実であった。
 しかし国連は現在、ドイツ感染病棟及びその周辺への支援に注力していて、他の感染病棟の支援がおざなりになっている。

(注目を集めている場所だけでなく、此方にも人員を割かぬかっ! パフォーマンスで人命は救えぬぞ……!)

 未だ返事が来ていない国連へルイが苛立ちを募らせていると、コンコンと、扉をノックする音がした。

『ルイ院長、おりますか?』

 扉の向こうから聞こえるのは、聞き馴染みのない男の声だ。
 ルイは問う。

「何奴よ」
『パリ総合病院から参りました、ルチルです。副院長から話は通っていませんか?』
「ない。が、よい。入れ」
『では、失礼します』

 ルイの許可を得て、扉を開けた金髪金眼の医師――ルチルは、颯爽と院長室へと入って来る。

「国連から応援申請の話を聞きまして。まず手の空いているワタクシが参りました」

 話しながら、ルチルは院長机に医師免許と国連災害管理資格を置き、身分を示す。
 ルイはそれらを手に持って眺め、偽りがない事を確認するとルチルへ返した。

「他の医師も順次、感染病棟へ来るかと……」
「この場にいない者の話は後である。まずはお主の配属だ。まずは事務室へ。そこで主任から指示を仰ぐが良い」
「了解しました」

 簡潔な指示を受けたルチルは軽く頭を下げ、院長室から去ろうとして――

「ところでルイ院長。そのホログラムマップに映っている隔離病室には、誰が、いらっしゃるのですか?」

 モーズらが潜伏している病室へ、言及した。
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