毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第一章 入所編

第6話 オフィウクス・ラボ入所試験

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「うわ、えぐ」

 ホテルの一室にて、モーズはフリーデンが即興で作成したペーパーテストを受けていた。制限時間内に無事に解き終え、採点に回った答案はケアレスミスさえない全問正解。
 テストの勉強や対策など事前準備なしでこの成果、とフリーデンが慄くには充分だった。

「全百問中百点満点とか引くわ……。俺が受けたテストは89点だったのに……」
「何故、引かれなければならないんだ。基本的な化学知識に医療知識に薬学知識、そこからの応用。そして珊瑚症の知識があれば解ける問題だった。珊瑚症を専門とする私が間違える訳にはいかないだろう」
「意識高すぎぃ」

 喋りながらフリーデンは電子タブレットを操作し、問題文と答案を撮影している。どこかに、恐らくラボに送信するつもりなのだろう。

「筆記は余裕で合格だな、こりゃ。そんじゃさっさと面接に移るか~」
「何を答えればいい?」
「あ、面接するのは俺じゃなくてあっちな。あっち」

 フリーデンが手の平を向けた先に居たのは、全開にした窓の下框したかまちに腰をおろし、タバコを吹かすニコチンであった。

「……彼と?」
「ラボで一番求められる仕事は《ウミヘビ》の使役と管理だ。てか極論、予算の差はあれど実験や研究なんて他所でも出来るからなぁ。ウチに入所したいんなら、あいつらの手綱をどうにか握るのが肝」
「セレンと面接では駄目なのか」
「セレンはウミヘビの中でも特に温厚で癖がなくて人懐っこい。だから調査員として派遣されてた。事前に交流もあったことだし除外だな」
「そ、そうか」

 面接対象外となってしまったセレンはあからさまにしょんぼりと肩を落としつつ、定点カメラをセットしている。面接の様子は一部始終記録しておくようだ。
 モーズはひとまず席から立つと窓辺へ歩み寄り、ニコチンへ声をかける。

「ええと。ニコチンさんと、呼べばいいのだろうか?」
「ニコチンでもニコランでもハビトロールでも、好きに呼びな。俺に決定権はない。あと敬称はうざったいからやめろ」
「わかった。ではニコチン、よろしく頼む」
 心の中で身構えつつ、モーズはニコチンの質問を持つ。
「……」
「……」
 しかしニコチンはマイペースにタバコを吸うばかりで、何も言わなかった。
「その、私は何をすれば?」
「知らねぇよ。お喋りしたいならセレンとしな」
「しかしフリーデンは君と面接をしろと」
「《クスシ》が増えようが減ろうが俺にゃ関係のない話だ。命令があれば処分する、それだけだろ」

 《クスシ》。単に薬師の事を言っているのではなく、どうも含みを感じる言い回しだ。

「そもそもモーズお前、よく知りもしないラボに本当に行きてぇのか? 生半可な覚悟で行きゃ後悔するぞ」
「あ、ちょっとニコちゃんっ! ネガキャンやめてっ!」
「うるせぇよ、ちゃん付けすんな。俺はただ、騙し討ちみてぇに事を運ぶのが胸糞悪いってだけだ」

 氷のように冷ややかな赤い瞳が、モーズを睥睨する。
 その迫力に怯みそうになりながらも、モーズは自身を鼓舞し更に彼との距離を縮めた。

「ならば私から訊くが、君から見たオフィウクス・ラボの話を聞きたい。お願い出来るだろうか?」
「おー。人間様の命令となりゃ逆らえねぇからな、答えてやるよ」
「いや私は命令したつもりはなくてだな」
「俺にとってのオフィウクス・ラボは『監獄』だ」

 ニコチンはモーズの言葉を無視して答え始める。

「ウミヘビが囚人、クスシが看守。規則で塗り固められた箱庭で過ごし、時には人の形をした『珊瑚』を屠る処刑人となる。救命が仕事な医者が死体作りに加担するんだ。特に重症患者だろうと人間の意識があるって信じてるお前ぇじゃ、精神がヤラれるんじゃないか?」

 そう言って、ニコチンは意地の悪い笑みをモーズに見せた。薄く開いた口の中、舌の上にピアスをしているのが見える。やはり彼の見た目は不良だ。
 “見た目”は。

「君は、優しいな」
「あ゙ぁ゙?」
「見た目と態度で勘違いをしていてすまなかった。これほど真摯に忠告してくれるとは」
「俺は事実を言っただけだぞ?」
「その事実が有難い」

 モーズは自身の胸に手を置き、宣言する。

「その上で、私はラボに行きたい。保身の為だけではない。オフィウクス・ラボは珊瑚症研究の最前線を走る組織。珊瑚症根絶を目標とする私が、元より目指していた場所なんだ。こんな形で縁が出来るとは思ってもいなかったが」
「……本気か?」

 するとニコチンは窓の下框から降りてモーズと向かい合った。

「お前。俺の言ったクスシがなんだか、知ってるか?」
「看守に例えていたクスシか。薬師とは違うニュアンスで使っていたようだが、それ以上はわからないな」
「略して言ってたが、正式に言うと《クスシヘビ》だ。ラボにいる人間の通称。何でそう呼ばれるのか。理由は単純明確。『珊瑚』に対抗する為、俺たちを従える為――身体を改造するからだ」

 反射的に、モーズはフリーデンの方へ視線を向ける。
 視線を向けられたフリーデンはマスクの頬部分をぽりぽり掻いて迷ったような素振りをした後、肯首した。ニコチンの言う事は事実なのだ。

「つまり普通の人間じゃいられなくなる。お前、蛇になる覚悟、あるのか?」

 どんな改造を施されるのか。《クスシ》にあたるフリーデンの外見は普通の人間そのもの。何をされるのか、どう変わるのか何も読み取れない。ラボは機密だらけで全てが未知数だ。

「ある」

 それでも、モーズの意思は変わらない。彼はニコチンを真っ直ぐ見詰めて、ただ一言、決意を表明した。
 途端、ニコチンはげんなりした表情を浮かべタバコの先端を携帯灰皿で押し潰した。

「かーっ! セレンが気に入るだけあってドの付く変人だな、お前ぇ。やめだ、やめだ。こいつここで置き去りにしようが自力でラボに来るだろ。手段選ばないタイプだ。話すだけ無駄」

 そしてまた新しい紙タバコに火を付けている。結局吸うらしい。ただ先程吸っていたタバコと銘柄は異なる。どうやら気分で変えているようだ。

「お~っ! 平和的に終わって何よりだモーズ!」

 ぱちぱちぱち。
 フリーデンがモーズに拍手を送ってくれる。

「俺が聞いた話だと、面接中にウミヘビと取っ組み合いの喧嘩になった人もいたらしいからな。ハラハラしたな~」
「それは穏やかじゃないな。しかし終わり、でよいのか?」
「ニコチンが話す気なくなったからな、いいんだよ」

 だがこれでは面接は中断されたようなもの。
 果たして自分はラボに入れるのだろうかとモーズが内心、狼狽えていると、フリーデンにぽんぽんと軽く肩を叩かれた。

「そんじゃ最終試験いくか~」
「最終試験?」
「おう。オフィウクス・ラボの創設者かつ最高責任者。我らが所長との、面接」
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