毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第一章 入所編

第8話 思わぬ来訪者

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 ハッと、モーズの意識が現実に戻って来る。VR空間とのアクセスが切れたのだ。

「お、起きたか~?」
「あ、あぁ……」

 手汗が酷い。モーズはハンカチで手の汗を拭ってから、イヤホンをフリーデンに返却した。

「お疲れさん。最終的な合否はラボの所長が判断するんだが、まぁまず――合格だろ」

 そう言うとフリーデンは内線でルームサービスを頼んだ後、モーズの隣の席に座った。「直に昼食が運ばれてくる」と話しながら。

「……そういえば昨晩から何も食べていないし、寝てもいないな。もう昼だというのに……。緊張から、何も感じていなかったようだ」
「だろ~? ここでリフレッシュして、ラボには明日行こうな。あ、セレン動画ちゃんと送れたか~?」
「はいっ! 問題ないですっ」

 時間を意識しだしたらどっと疲れが押し寄せてきて、モーズは背もたれに身体を預けた。

「ま、最終試験はオマケみたいなもんだ。大事なのはその前のウミヘビとの面接だからな、合格だろ。さっき話したウミヘビと喧嘩した人とも、きっとその内会えるぞ」
「あまり会いたくない、と思ってしまうのはおかしいだろうか? と言うか、ラボに居るのか?」
「居るぞ~」
「……暴力沙汰になっても、合格するものなのか」
「面接で見るのは癖の強いウミヘビとまともにコミュニケーションが取れるかどうか、だ」
「暴力沙汰がまともなコミュニケーションの範疇……?」
「一つ、ウミヘビに怖気つかない事。一つ、ウミヘビの話を聞く事。一つ、ウミヘビに自分の意思を伝える事。それが大事なんだと」

 それは人として当たり前の事ではないだろうか。モーズは不思議に思う。
 いや、ニコチンの不良じみた見た目と態度にはモーズも怯みはしたが、それを表に出しては失礼に当たる。

「モーズは事前にセレンと交流があったしわかりにくいだろうけど、ウミヘビは人じゃないし人権もない。しかもクスシになれば所有権を持てる。一方的な命令も理不尽な暴力も立場的には可能だ。彼らはラボの備品だから実際はやっちゃ駄目だけど」
「備品、か。随分と倫理に反した扱いだな」
「そうしなきゃ駄目な理由があるんだよ、法律とは別に。ま、その辺は追々な。ただ、備品だろうと人間と同じように対等に接せられる精神の人を、所長は求めている」

 そこでフリーデンは手を後頭部に回して、カチリという小気味のいい音と共にフェイスマスクのベルトを固定している金具を外した。

「だからお前はまず受かると思うぞ。おめでとう、モーズ」

 そうして初めて晒してくれた彼の素顔は、陽気な声からくる印象とさほど差はなく、吊り目碧眼のやんちゃそうな顔立ちの若者だった。もしかしたらモーズよりも年下かもしれない。
 モーズも素顔を見せた方がいいだろうか、とマスクの金具に手を伸ばそうとして、躊躇した。モーズは出来ればマスクは取りたくなかったのだ。しかし例えここで外さなくとも、いずれ直面する問題だ。

(彼は誠意を見せてくれたんだ、私も応えなければ。遅かれ早かれ、話さねばならないのだし)

 意を決して再び金具に手を伸ばそうとして、

「おめでとうございます先生っ! 私も嬉しいです!」

 セレンの白い手が両手を握ってきたので、止められた形となった。

「あ、あぁ。まだ暫定だろうが、有難うセレン。気持ちは頂いておこう」
「ケッ。また変人が増えるだけだ、何もめでたかねぇ」

 ニコチンは肩をすくめてからまた窓に腰掛けタバコを吸っている。あんな不安定な場所で座っていて落ちないのだろうか。
 ピンポーン。
 その時、インターホンの音が部屋に響いた。すかさず反応したフリーデンは、マスクを付け直すと勢いよく椅子から立ち上がり、ドアへ駆け寄る。

「おっ、来た来た! よしモーズ、前祝いも兼ねてパーッと暴食を……」

 そのまま元気よくドアを開け放ち、

「おおう!?」

 両手を上に上げざるを得なくなった。
 ドアを開けた先、待ち構えていた人物に銃口を向けられたからだ。

「そのまま動かないで頂きたい」

 銃を構える黒服三人とリーダーらしき男が一人、遠慮なく部屋の中へ入って来る。

「な、なんだなんだ!? 何でそんな物騒なんだ! 平和的に話し合おうぜ!?」
「えぇ。余計なことをなければ、こちらも危害を加えるつもりはありません」

 物腰の柔らかいリーダーらしき、金髪金眼の輝かしい容姿をした男。その者の顔を、モーズは知っていた。
 しかし先に口を開いたのはセレンであった。

「貴方、感染病棟に居た外科医ですね。名前は『ルチル』。病棟には三年前から勤務をしていて、院長からの信頼も厚かった」
「おや。自己紹介をする手間が省けましたかね」
(一年勤めていた私より職員に詳しい……)

 外科医の男、ルチルが三年間感染病棟に居たのも院長からの信頼が厚かったのもモーズは知らなかった。
 名と顔と肩書きだけ頭に入れて終わっていたな、と少し反省をする。

「感染病棟の外科医さま? いやそれはいいんだけど、何で銃口を向けられなきゃならないんだ!? 用があるなら普通に訪ねて来いよ!?」
「毒物のある部屋に丸腰で入るなんて、怖くて出来ませんから。それにオリーブ模様の貴方もまた、危険物だ。警戒くらいさせてください」
「……あー、確かに否定出来ないな」

 ルチルの言葉にフリーデンは気まずそうに顔をそらす。
 オフィウクス・ラボが施す改造とやらは、人間を危険物にしてしまうようだ。

「こちらの事情にお詳しいですね、ルチルさん。成る程《ペガサス教団》の手の者は貴方だった、と」

 セレンが言う。ルチルは否定しない。昨晩の生物災害バイオハザードは彼が引き起こしたと考えていいだろう。
 モーズはそこで口を開いた。

「ルチル医師、貴方が隔離病室に夫人を招いたのか?」
「えぇ、ワタクシが行いました。ラボに連れて行かれる前に一度話したい、という母親の切なる願いを叶えてあげたのです」
「その軽率な行いが招いた罪をモーズ先生になすり付けようなどと、随分と非道な事が出来ますねぇ」

 セレンが冷ややかな目をルチルに向けている。
 美人の睥睨は怖いぐらいに迫力があるが、ルチルは涼しい顔をして話を続けた。

「なすり付けようだなんて勘違いですよ、セレン。ワタクシは夫人の願いを叶えたかった。しかし患者トーマスの病室は院長か担当医のカードキーがなければ開けられない。なので少しの間、データを使用させて頂いたのです。……もう直離れ離れになってしまう子に母を会わせる事は、罪でしょうか?」
「ルチル医師。その際、夫人に妙な事を吹き込まなかったか? 例えば点滴を抜く、目覚めさせるには血を与えるといい、とか」
「さぁ? ただ鎮静剤を投与したままではお喋り出来ない、と夫人は考えたのかもしれませんね」

 ルチルは改竄カードキーを渡しただけで、病室には居なかったと言外に言っている。
 それが嘘なのか誠なのか、事故だったのか違う目的があったのか、確かめる術はない。

(死人に口なし。これ以上の追求は無意味だな)

 モーズは席から立ち上がった。

「それで? 何の用でここに来たんだ」
「モーズ先生と話をしたくて。それだけです」
「私に用があるのならば対応する。荒事はやめてくれ」
「ワタクシも暴力は嫌いです。手早く済ませたい。では単刀直入に言いましょう」

 そしてルチルは優雅な所作で、モーズに右手を差し出す。

「モーズ先生、《ペガサス教団》に入りませんか?」
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