毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二章 初遠征、菌床処分

第17話 クスシ達の研究テーマ

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「所長から話は聞いているよ。長旅ご苦労様だったね」
「この不審者の話を所長がしていたと!? いつだ!?」
「昨日の十時頃に僕の所にメールが来たんだ。ユストゥスは寝ていたんだから、知らないのも無理はない」

 どうやら所長は遅い時間帯に連絡のやり取りをしていたらしい。
 フリーデンの元に合格通知が来た時間帯も日が沈みかかっていた頃だが、それより更に遅い時間に連絡を送るとは。少々時間にルーズなのだろうか。

「立ち話も何だし、ユストゥス、彼らに椅子を用意してあげて欲しい」
「くっ。納得できないがわかった」

 ユストゥスはフリッツの言う事は素直に聞き、モーズとフリーデンの前にパイプ丸椅子を出してくれた。
 フリッツとユストゥスもまた椅子に座り、四人は四角を作るように向かい合う。

「モーズくんが来るまでにと君の来歴や論文に目を通していたら、面白くてつい徹夜をしてしまってねぇ」
「私の論文を読んでくださったのですか。有難うございます」
「あぁ、堅苦しい喋りはよしてくれ。ラボでは歳も勤務年数もあってないようなものなのだから。フリーデンくんもね」
「まぁ俺はもう癖ついちゃっているんで大丈夫ですよっ! それに礼儀をわきまえないとユストゥスさんが怒りますしっ」
「ユストゥス、無礼じゃなければそれでいいと、前にも話しただろう?」

 フリッツに指摘を受けたユストゥスは顔を逸らしている。

「僕たちは寄宿舎で共同生活を送るんだ。いわば家族みたいなもの。肩肘張っていては息苦しいだろう? せめてモーズくんは気さくに話して欲しいな」
「わ、わかりま……。わか、った」

 上司となる人物に向けてフランクに喋るのはなかなか抵抗があるが、モーズはどうにか応える。

「まだ固いねぇ。まぁ、おいおい慣れて貰うとして」

 そこでフリッツは白衣のポケットからリモコンを取り出し、天井に向けるとボタンを押して操作をし始める。

「指導係を承った身として質問があるんだけど、モーズくんは『珊瑚症患者の意識レベル』について研究をしているんだよね? その研究はラボでも続けるつもりかな?」
「そのつもり、だ」

 リモコンによって天井に設置されていたプロジェクターが起動し、ホログラム映像を中央に投影する。
 映っているのはカプセルホテルの個室扉に見えた。扉に番号が振られた部屋が、3階分ある。

「なら先に伝えなくちゃいけないのは、『モーズくんの研究テーマをラボで取り扱うのは難しい』という点だ」

 しかしフリッツがリモコンを操作すると画面が引きになり、全体像を映す。

「難点は3つある。1つ目はコスト」

 それによって個室扉が三階どころではないと、縦にも横にも何十と並んでいるのだとわかった。
 まるで遺体安置棚の倉庫だ。それが壁一面に敷き詰められている。

「この映像は地下にあるコールドスリープ患者が眠る冷安室・・・なんだけど、今見えている部屋は全て既に人が入っている」
「全て……!?」

 モーズは驚愕した。何せ扉は見えている範囲だけでも百二百どころではない、何千とあるのだから。
 その数だけ、部屋の中で人間が中で眠っている事になる。

「現在の収納人数は、ざっと1500万人。感染対策の確立と薬の改良で年々収納者は減ってきているけど、当分は増え続ける見越しだ」

 フリッツは淡々と話を続ける。

「モーズくんが求めているのはコールドスリープの対象範囲拡大だろう? 見ての通り、コールドスリープをするには場所も電力も人手も必要でコストがかかる。
 国連加盟国かつ自国で冷安室を管理する余力がない小国から、ステージ4患者のうち希望者のみを対象にしている現在でも、かなりのコストを要している。例え意識レベルの証明が出来たとしても、拡張は厳しいかもしれない」

 余力のある大国は自前で冷安室施設を所持していて、各国で管理をしている。
 その上で、オフィウクス・ラボだけでこの数なのだから、世界では途方もない数の人間が眠っている事だろう。

「2つ目は、シンプルにステージ5感染者が制御出来ないって点」

 次いで壁に映された映像は、ニュースメディア映像であった。
 都会に立つ高層ビルの一つを、たった一人の珊瑚症感染者が胞子を撒き散らしながら倒壊に追い込む映像。津波や台風や竜巻や地震、それらと同じ災厄をもたらす様。

「ステージ5の感染者はステージ4まで効果があった鎮静剤が使えなくなるし、生きたままの保護ないし捕獲は困難を極めるだろう。とても現実的とは言えない。実際、今までも試みはあったみたいだけど、成功した例がない」

 だからこそ、生物災害バイオハザードとして扱われている。
 国連の軍事組織がかつて、感染者保護を目指した時のニュース映像もフリッツは見せてくれた。だがどの作戦も失敗をしていた。
 多数の犠牲者が出てしまったうえで。

「最後の3つ目は、そもそも感染者の意識が人か寄生菌か見極められるのか、だね」

 そう言ってフリッツがホログラムに表示したのは、頭からキノコが生えた芋虫と、ツノが肥大化し変色したカタツムリの画像であった。

「『珊瑚』の仲間とされる冬虫夏草は、宿主の脳を乗っ取り行動を操る。カタツムリを乗っ取る寄生虫ロイコクロリディウムもそれは同じ。だから僕の見解では寧ろステージ4の時点で人は『珊瑚』に乗っ取られているんじゃないか、と考えているよ。証明は出来ていないし、出来るのかもわからないけれど」

 体を支配された宿主は本来ならば決して行わない、天敵に見付かる見晴らしのいい高所に移動をする。そこで胞子を散布したり、新たな宿主を求め敢えて現在の宿主ごと食べられるのだ。
 それは元の宿主の意思とは、隔絶している。完全に、乗っ取られている。そう告げるフリッツに、モーズは膝の上で拳を強く握り締め、反駁はんばくする。

「しかし私が調べた患者たちは自分の名前や、家族の名前に反応をしていた! つい先日看取ったステージ5の患者に至っては、母の事を口にしていた! だから『珊瑚』に意識全てが奪われているとは思えないっ!」
「モーズくん、『珊瑚』は脳にも寄生をするんだ。宿主の記憶を読み取って、それを元に振る舞っている可能性は?」

 トントンと、フリッツは落ち着いた様子で自分のこめかみを指で突いた。

「身体を乗っ取り記憶も模倣できるとすれば、果たしてそれは寄生菌なのか人なのか、誰にも見分けがつかなくなるのでは? だから君の研究は徒労と見なされ、ラボでは取り扱えないだろうね」

 ギリと、モーズはマスクの下で奥歯を噛み締める。フリッツの言い分は理路整然としていて至極真っ当だ。
 感染者は人なのか『珊瑚』なのか。境界線が曖昧な意識レベルの調査よりも、ワクチンや特効薬、災害対策の研究に尽力した方がよほど有意義で合理的。
 理屈ではわかっている。わかっているが、

(“彼”が既に、ステージ5になっていたら?)

 救う手立てが、無くなってしまう。

「でもすご~く、面白い」

 その時、唐突にフリッツが椅子から立ち上がる。

「さっきも話した通り、僕は逆に人がどの段階で『珊瑚』に乗っ取られているのか興味があってね。とことん研究したい所なんだけど、治療に直接関わる研究じゃないから後回しにされているんだ。悲しい。……そこでだ、モーズくん」

 そのまま彼はモーズへずいと距離を詰め、右手を差し出した。

「僕と共同研究をしないかい?」
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