毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二章 初遠征、菌床処分

第27話 ダイナミック入館

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 災害現場である洋館に辿り着いた一向は、ひとまずその館の駐車場に車を停め下車をした。
 菌糸が洋館の全面に侵食し、元は茶色い煉瓦造りという落ち着いた外観だっただろう洋館は禍々しいまでに赤く染まり、所々で『珊瑚』の突起が薔薇の棘のように突き出ている。

(これが、『珊瑚』の菌床)

 初めて間近に見る菌床を前に、モーズは身体を強張らせる。中にはステージ5の感染者が、生物災害バイオハザード跋扈ばっこしていると思うと、動揺するなという方が無茶だろう。
 洋館を凝視しているモーズを他所に、フリッツは運転席の車番を除く全員が車から下車したのを確認すると、

「はい、先駆け勤めたい人~」

 開口一番、立候補形式で陣形の配置決めを始めた。
 するとそれを聞いたニコチンが、然りげ無くサッと後方に身を引く。

「ニコチンは露払いなさいな」
「あ゙ぁ゙?」

 しかし水銀に即刻見付かり、襟首を掴まれ前に突き出された。

「アンタの抽射器は飛び道具なんだから、先頭で活用するのが最善でしょう?」
「一番疲れるポジションじゃねーか、普通に嫌だわ」
「まぁまぁ。でも実は言うと、僕も先駆けはニコチンくんにお願いしたい。安全に開錠するのに、君の抽射器が最も向いているからね」
「フリッツまで俺に貧乏くじ引かせる気かよ」
「うーん、そうだなぁ。それじゃ、頑張ってくれたら報酬を弾むよ。プレミアム・ブラック20本入り1ダースでどうかな?」
「……。2ダース」
「わかった、2ダースにしよう」

 高級タバコを条件に渋々先駆けを承諾したニコチンは、気怠げな様子で拳銃型抽射器を腰のホルダーから取り出す。
 タバコと言えば、そういえば今日のニコチンは一度もタバコを吸った姿を見せていない。ヘビースモーカーであるニコチンが。もしや休肝日ならぬ休肺日でも作っているのだろうか。

「タリウムくんはニコチンくんの後ろで援護してね。ここで活躍したら再教育も終わりになると思うし、頑張って」
「は~、了解ス」

 続いてタリウムも腰のホルダーからダガーナイフを取り出して、ニコチンの斜め後ろに待機をした。
 セレンはモーズの側に、水銀は一番後ろで両腕を組んで尊大に構えている。水銀はウミヘビの中でも最強格と聞いていたが、モーズ視点では覇気がないというか、あまり強そうに見えず、今はまだ信じられなかった。

「それじゃニコチンくん、合図と同時に開錠お願いするよ」
「へいへい」
「皆んなは下がっていてね。いくよ~。ドライツヴァイアインス……イェッット!」

 ドカンッ!!
 フリッツの合図と同時にニコチンの拳銃から大きな白い弾が発射され、真っ赤な菌糸に覆われ固く閉ざされていた洋館の扉をぶち抜いた。

(……これは開錠ではなく、単なる破壊では?)

 フリッツは手斧をマスターキーと言うタイプなのかもしれない、とモーズは心中で思ってしまう。
 ニコチンによって風穴が空けられた扉の周囲は土煙が舞い上がり、よく見えない。だが土煙が風に流れて少し視界がよくなったかと思うと――風穴から赤い突起が生えた羽虫が群れをなして飛び出してきた!

「うおっ!?」
「先生、私の後ろにっ!」

 ドドドドドドドッ!
 セレンがモーズの前に立つ間にも、ニコチンは風穴から噴出するように現れる羽虫を無心で撃ち落とし続けている。彼の銃は機関銃の如く連射しても弾が途切れず、それでいて小さな羽虫に対しても的確に当てている。
 しかし羽虫に紛れて現れた黒い影、羽虫と同じく赤い突起を生やした鼠が洋館から這い出て来て、群れの塊とは別に、散り散りとなって走り出す。

「チッ、タリウム!」
「わかってますって!」

 すかさずタリウムが、低い低い姿勢、ニコチンの射線に入らない体勢で彼の前に出ると、ダガーナイフを……黒い靄で覆い刃先を数メートルまで伸ばしたナイフを横一線に振るって、その一太刀で地を這っていた鼠全てを二つに分けてしまった。

「第一陣はこれで対処できたかな?」

 羽虫も鼠も風穴から出てこなくなった辺りでフリッツが言う。
 ニコチンの発砲で派手に穴を空けたのは洋館の中に潜む小動物を驚かせ、幾らか炙り出す役割もあったようだ。

「結構な歓迎なこった。半年放置されてただけあるな、こりゃ」
「他にも細かいのうじゃうじゃ居そうで嫌っスね~……」
「さて、これからが本番だ。わかっているだろうけど、中ではニコチンくんもタリウムくんも出力を落としてね? 洋館が倒壊してしまったら〈根〉探しがすごーく大変になるから」
「あ~……、面倒臭ぇ」
「手早く見付けて建物ごと片したいスよねぇ」
(解体業者のようなことを言っている……)

 その時、ダガーナイフをホルダーに仕舞ったタリウムが顔を、新緑の葉をモチーフにしたピアスが付いた左耳を地面に付けた。
 どうやら地面から伝わってくる音を聞いている。

「……。『大型』の足音は聞こえないス。中規模菌床の中でもまだ安全な方じゃないスかね」
「確認ありがとうタリウムくん。それじゃ、お邪魔しようか」

 ◇

 薄暗い地下室の一室で、鼠の死骸に突き刺した蝋燭の火が、複数揺れている。

「ハッピバースデートゥーユー。ハッピバースデートゥーユー。ハッピバースデーディア……名前、何だっけなぁ。ま、いっか」

 その蝋燭の前で上機嫌に歌う黒服の男は、蝋燭を挟んだ先に置かれた鏡を覗き込んで、不気味に笑う。

「新しい神の御使、俺直々に名付けてあげてもいいか。あぁ、待ち遠おしいな。早く出て来て欲しいよ」

 そして愛おしそうに自身の胸元を撫でる。
 真っ赤な珊瑚に似た菌糸が、シャツを突き破り枝のように突起を伸ばしている胸元を。

「可愛い可愛い、我らが同胞……」

 ドカンッ!!
 だがその時、轟音が鳴り響き地下室が揺れる。それに伴い蝋燭も倒れてしまった。

「侵入者? 軍も手出ししなかったと言うのに今更、となると……。《ウミヘビ》か」

 そして何が起きたのか察した黒服の男は、澄んだ海に似た水色の瞳を冷ややかに細め。

「背徳者どもめ。しかし俺は慈悲深い。……ここに、奴らの墓標を建ててしんぜよう」
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