毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
31 / 600
第二章 初遠征、菌床処分

第31話 〈根〉

しおりを挟む
「パパー、ママー。どこ行っちゃったの~?」

 モーズの耳に、子供の声が再び聞こえてくる。
 しかしやはり声が聞こえた方を見てみても誰もいない。

「先生?」
「また子供の声が……。幻聴か?」
「子供ですか。確かに視線の先は子供部屋ですね」

 セレンがモーズの視線の先の扉を見て言った。

「どの道確かめなきゃなんだ、入ってみよう」

 フリッツに命じられ、セレンはそろりそろりと慎重に子供部屋だという扉を開けて中を覗く。そして襲ってくる感染者がいない事を確認すると手招きをしてきた。
 そうして入室した子供部屋は真っ赤な菌糸が内臓の血管のように張り巡らされていて、

「これは……」
「どうやら当たりだったみたいだね」


 ――部屋の中央には、半端に糸で繋がれたマリオネットの如く、菌糸を不安定な形で纏い天井からぶら下がる、幼い少女の姿があった。


「さてモーズくん。彼女は感染者の成れの果て。初期状態での処分を逃れた者が辿り着く、ステージ5本来の姿といっていい」

 『珊瑚』によって変質した少女の顔はフジツボに似た膿疱のうほうで覆われて素顔が見えず、身体は歪に曲がり、手足が不自然に伸び、背中には菌糸の突起が蝶の羽の翅脈しみゃくのように生えている。
 しかし蛹から孵ろうとしている蝶に見立てるにはあまりに不規則で、不自然で、アンバランスでグロテクスな菌糸の羅列。
 あれは蝶の羽でも足でも何でもない、ただの寄生菌なのだと嫌でも突き付けてくる。

「この姿を見てまだ、人として扱えるかい?」

 フリッツの問いかけに、モーズは何も言い返せなかった。

「……。早めに〈根〉を確認出来たのは僥倖だった。侵蝕を止めてから合流に向かおう」

 そう言うとフリッツは首の後ろの黒髪をかき分け、

「踊ろう、アイギス」

 頸の皮膚から、ずるりと這い出るようにアイギスを出現させる。
 全体的に黄白色の、レース状の触手を持つその優雅なアイギスは、毒を持つ『オキクラゲ』の姿に似ていた。

「……貴方のアイギスは、有毒のオキクラゲに見えるな」
「養殖アイギスは皆んな無毒だよ。でもウミヘビの毒処理を重ねたアイギスには触手に毒素を蓄積している。今回はそれを使う」

 フグやウミウシのように、生物本体は毒を生成する機能はないが食べた物に含まれる毒素を蓄える生物は他にも複数いる。
 アイギスもそれらと同じく自らは毒を造らないが余所から貰って蓄え、身を守る事に使う習性があるのだと、フリッツは言う。

「『珊瑚』の処分が出来るほどの毒性はないけれど、〈根〉を菌床から切り離す事は出来る。それで半日は侵蝕は食い止められる。つまり安全性が格段に上がる。後はニコチン達に処分を……」

 ギギギ
 アイギスの触手を向けられた〈根〉が、敵意を感じたのか菌糸を動かし始める。
 その直後、部屋全体に蔓延るそれらが四方から鋭利な切先を向けてきた――!
 が、アイギスの触手がその菌糸全てを絡め取る。そのまま触手の剣状棘を経由して毒素を注入したのだろう、死滅した菌糸が先端からボロボロと崩れて赤い塵となり床に降り積もってゆく。

【いたいっ!】

 その時、また少女の声をした幻聴がモーズの耳に届く。先程よりもはっきりと聞こえる、それどころか耳元で叫ばれたような感覚に襲われ、モーズは少しふらついてしまう。

「モーズくん?」
「あ、あぁ。すまない。先程から幻聴が酷くて……」
「先生、一度洋館の外に出ますか? 綺麗な空気を吸った方がいいのかもしれません」

 話している最中にもアイギスは触手を〈根〉に向けて伸ばしていき、それを止めようと襲ってくる菌糸を片端から死滅させてゆく。

【いたい、いたいよぉおぉおおっ! いたいぃぃいいいっ!!】

 その度に、ガンガンと耳に、いや頭に直接響いてくる声。まるで殴られているようだ。
 モーズは白衣の端を握り締め、その痛みを覚える声を堪えた。

「いや、ここで目を逸らす訳にはいかない」
「でも倒れられても困る。〈根〉は見せられたんだし、後は外で待機して貰ってもいいよ。それで、うーん、車番くんに付き添い頼もうかなぁ」
「平気だ、平気……」

 その時、ゆっくりと〈根〉に近付いていっていたアイギスが、とうとう菌床と少女を繋ぐ菌糸へ触手を伸ばして絡めて毒を注入して、少女を床へ落とした。

【パパぁああっ! ママぁあああぁっ! いたいよぉおおおぉおっ!! ねぇどこぉおおっ!?】

 途端、一際大きくなる幻聴。
 少女が、幼い少女が親を探している。迷子になってしまったのか不安げな声をあげて泣く、普通の少女が。

「……親。この子の両親は、何処だろうか?」
「先程、水銀さんが処分した個体が親ではないでしょうか? 男性と女性でしたし」

 セレンの言う通り、廊下で眠る個体が親の可能性が高いかと、納得したモーズはふらつく足で床に転がる少女に向け、足を進める。
 フリッツはそんなモーズの腕を掴み、彼の足を止めた。

「モーズくん! その子は菌床と切り離しただけで危険性は下がっていない! 下がりなさい!」
「だが、女の子だ。この子はただの、幼い少女……」

 直後、フリッツの懸念通り少女の背中の菌糸が動き出し、急激に伸びてモーズに向けて切先を向けてきた――!
 ……だが、その切先はモーズに届く前に停止した。モーズの手の甲から生えた一本の触手が菌糸を絡め取り、動きを止めたからだ。

(……!? 呼びかけなしにアイギスがひとりでに動いた? いや、そもそもモーズくんにはまだアイギスの使い方を教えていない筈なのに)
「先生、下がってください」

 菌糸を絡め取ったものの毒を含んでいないのでそれ以上何も出来ないアイギスの触手に代わり、セレンが指先で菌糸に触れて死滅させる。

「私が運びますので」

 その後も襲い掛かってくる菌糸をいなし、時には蹴り、時には指先から毒素を送って死滅させて、セレンは少女本体へと辿り着く。

「セレンくん」
「廊下に移動させるだけですよ。それに私が力持ちなの、フリッツさんも知っているでしょう?」

 そしてセレンはひょいと、菌糸にまみれて重量が増している彼女を軽々抱き上げた。抱き上げられた少女は感染者だというのに異様に大人しい。
 ……よく見ると小刻みに震えていて、痙攣しているのがわかる。恐らくセレンは抱えている今も毒を送って大人しくさせているのだろう。
 そしてその毒で、少女は間も無く命を落とすだろう。

「セレン、有難う。有難う……」

 モーズは頭の隅でそれを理解しつつ、ただセレンに頭を下げ感謝を伝えたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...