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第二章 初遠征、菌床処分
第32話 少女
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【カゼひいちゃっただけでもう学校に行けないの? 友だちに会えないのやだ~】
ガタゴトと、あまり舗装が行き届いていない道を走る車の中で、少女が不満げな声をあげている。車の窓から遠くに見える建物は、落ち着いた色合いの煉瓦作りの洋館だ。
【空気がきれいだとお星さまもキレイに見えるんだね! 知らなかった~っ】
バルコニーから夜空を見上げて少女は笑う。両側にはそんな少女を見下ろして微笑む両親の姿。
幸せで、胸いっぱいな景色だ。
【あつい、あついよぉ。体がもえてるみたい】
子供部屋の天井しか視界に映らない。その天井も歪み、激しく咳き込んだ事でせわしなく上下し、映像だけでも苦しみが伝わってくる。
【足がうごかないの。あたしもう、かけっこできないの?】
大丈夫、大丈夫だと。自然豊かな森の中で綺麗な空気を吸い新鮮な食べ物を食べて生活すれば、いつか必ず治るのだと。
皮膚が赤く変色した少女の足をさすりながら、両親が励ましている。
何の根拠も実績もない治療法を口にしながら。
【ママ、パパ。どこにいるの? なんで会えないの? どうして部屋から出られないの?】
子供部屋が菌糸に覆われ真っ赤に染まっている。しかし少女の目からでは特に不自然な光景に感じず、ただ宙ぶらりんな体勢で動けなくなってしまった事だけを疑問に思っている。
【ママ、パパ……】
やがて景色が正しく認識できなくなって、己が感染させた両親が持ち運んでくる小動物の体液をすすり養分とし、ただただ機械的に菌床を拡大させる。
そんな映像が、モーズの頭の中に駆け巡った。
気がした。
「すまない、すまない。私には、こんな事しか出来なくて」
洋館の廊下で既に息絶えている男女の感染者、その間に横たわらせてもらった少女に向け、モーズはただ無心に謝罪をする。
既に命の灯火が潰えている、少女に向けて。
(とても、とても……悔しいな)
どうかせめて、安らかに。
そしてモーズは一人静かに、祈りを捧げた。
そんな彼の姿を後ろで見ていたフリッツはマスク越しに顎に手を当てて、今までの出来事を振り返り思考を巡らせる。
(まるで感染者の声が聞こえているかのような振る舞い。もしかしてモーズくんは特異体質? 同じ珊瑚症だから何かシンパシーを感じられる?
いやしかし珊瑚症という同じ条件下の人間は幾らでもいる。ステージ3だって珍しくはない。誰かしらはっきりと感染者の声が聞こえていたら、とっくに検証して論文にもその旨を記述しているよね。モーズくんだって感染病棟に勤務していながらそんな経験はした事がなかった筈。
以前と今で、モーズくんが変わった事、それも他と類似性のない事と言えば……)
今朝、アイギスを寄生させた。
『珊瑚』という寄生菌が既に居る所に、寄生生命体を侵入させた。
その影響で、もしも幻聴でなく真に感染者の声が聞こえていたら。その事が客観的に証明できたら、今までの定説がひっくり返り学会に激震が走る。
(うーん、確認すべき事が増えてしまった。しかし今はまずペガサス教団をどうにかしなくては)
ピピピピ
ぐるぐると絶え間なく巡る思考を遮るように、フリッツの腕時計から通知音が鳴る。相手は水銀からだ。
『フリッツ! 緊急事態発生よ!』
「どうしたんだい? 誰か負傷でも?」
『いえボクは無傷なんだけど、教団の奴が捨て身技を使ってきてねぇ。……地下で水銀ガス発生しちゃったわ』
「は? え、うん。……えぇええ~っ!?」
◇
遡る事30分ほど前。
「二人とも何を手こずっているの」
地下のワインルームに到着した水銀は、二人がかりだというのに一人の感染者を捕らえられていない事に呆れていた。
「遅ぇよ。さっさと手伝え」
「意外とすばしっこくて捕まえられないんス」
「本当、使えないんだから」
カツカツとハイヒールを鳴らしながらワインルームに入室する水銀。次いで彼は顔を上げて、
天井に菌糸を突き刺し這い回る教団の男を見上げた。
「羽虫がボクを見下ろすなんて、いい度胸じゃない。ナ、マ、イ、キ」
その直後、水銀の足元から液体金属が溢れ出し、蓮の花を形作る。
一本、二本、三本、と。時が経つごとに茎が伸び咲き誇る銀の蓮。その内の一本に水銀は腰を下ろし足を組む。
それと同時に蓮は茎をぐんと茎を伸ばし水銀を天井近くまで浮かび上がらせた。
「這い蹲って跪きなさいな」
そして自身が座す蓮以外の花を操作し、天井を這う兄弟の男をハエでも潰すかのように叩き落とす。
「ガ、グ……ッ!」
石畳の床にめり込まんばかりに叩き付けられた男から、苦悶の声が聞こえた。もう意味のある言葉は聞けないかもしれない。
それでも叩けば何か喋るかもと、水銀が蓮の茎で教団の男の胴体を拘束した時、男がにぃと笑ったのが見えた。
「……堕ちろ」
パンッ! パンッ! パンッ!
いつの間に回収していたのか、男は隠し持っていた銃で辺り一帯を射撃した。尤もウミヘビ達にはかすりもせず、外れたかのように思える。
だが彼の狙いはウミヘビではなく、ワインルームにそこかしこに仕舞われた酒瓶であった。その狙いは見事に当たり、割れた酒瓶から中身が溢れ床を浸す。それによって兄弟の男自身も酒にぐっしょりと濡れてしまった。
「最後の抵抗のつもり? 酒浸しにしかなってないけれど」
怪訝な顔で男を見下ろす水銀。しかし次に教団の男が懐から出した代物に、銀の瞳を見開いた。
それは、何の変哲もないライター。
彼はそのライターを酒浸しになった自分自身に着火をし、瞬く間に燃え上がる。そのまま酒浸しになっていた床にも延焼してゆき、ワインルームを瞬く間に炎へ包み込んでしまう――!
「嘘でしょ!?」
すると急激に上がった室温によって、銀の蓮の花が形を崩して床へ銀色の雨を降らせてゆく。水銀自身も蓮に乗っていられなくなり、床に片膝を付く体勢で着地をした。
《水銀(Hg)》は世界で唯一の、常温での液体金属。
ただし液体金属でいられる温度は20度まで。それ以上の温度に晒されると、まして炎で燃やされてしまえば沸騰してしまい、激しく揮発し液体金属ではいられなくなる。
――それと同時に気体となった水銀は急速に室内の有害濃度を上げ、空気を汚染していく。
ガタゴトと、あまり舗装が行き届いていない道を走る車の中で、少女が不満げな声をあげている。車の窓から遠くに見える建物は、落ち着いた色合いの煉瓦作りの洋館だ。
【空気がきれいだとお星さまもキレイに見えるんだね! 知らなかった~っ】
バルコニーから夜空を見上げて少女は笑う。両側にはそんな少女を見下ろして微笑む両親の姿。
幸せで、胸いっぱいな景色だ。
【あつい、あついよぉ。体がもえてるみたい】
子供部屋の天井しか視界に映らない。その天井も歪み、激しく咳き込んだ事でせわしなく上下し、映像だけでも苦しみが伝わってくる。
【足がうごかないの。あたしもう、かけっこできないの?】
大丈夫、大丈夫だと。自然豊かな森の中で綺麗な空気を吸い新鮮な食べ物を食べて生活すれば、いつか必ず治るのだと。
皮膚が赤く変色した少女の足をさすりながら、両親が励ましている。
何の根拠も実績もない治療法を口にしながら。
【ママ、パパ。どこにいるの? なんで会えないの? どうして部屋から出られないの?】
子供部屋が菌糸に覆われ真っ赤に染まっている。しかし少女の目からでは特に不自然な光景に感じず、ただ宙ぶらりんな体勢で動けなくなってしまった事だけを疑問に思っている。
【ママ、パパ……】
やがて景色が正しく認識できなくなって、己が感染させた両親が持ち運んでくる小動物の体液をすすり養分とし、ただただ機械的に菌床を拡大させる。
そんな映像が、モーズの頭の中に駆け巡った。
気がした。
「すまない、すまない。私には、こんな事しか出来なくて」
洋館の廊下で既に息絶えている男女の感染者、その間に横たわらせてもらった少女に向け、モーズはただ無心に謝罪をする。
既に命の灯火が潰えている、少女に向けて。
(とても、とても……悔しいな)
どうかせめて、安らかに。
そしてモーズは一人静かに、祈りを捧げた。
そんな彼の姿を後ろで見ていたフリッツはマスク越しに顎に手を当てて、今までの出来事を振り返り思考を巡らせる。
(まるで感染者の声が聞こえているかのような振る舞い。もしかしてモーズくんは特異体質? 同じ珊瑚症だから何かシンパシーを感じられる?
いやしかし珊瑚症という同じ条件下の人間は幾らでもいる。ステージ3だって珍しくはない。誰かしらはっきりと感染者の声が聞こえていたら、とっくに検証して論文にもその旨を記述しているよね。モーズくんだって感染病棟に勤務していながらそんな経験はした事がなかった筈。
以前と今で、モーズくんが変わった事、それも他と類似性のない事と言えば……)
今朝、アイギスを寄生させた。
『珊瑚』という寄生菌が既に居る所に、寄生生命体を侵入させた。
その影響で、もしも幻聴でなく真に感染者の声が聞こえていたら。その事が客観的に証明できたら、今までの定説がひっくり返り学会に激震が走る。
(うーん、確認すべき事が増えてしまった。しかし今はまずペガサス教団をどうにかしなくては)
ピピピピ
ぐるぐると絶え間なく巡る思考を遮るように、フリッツの腕時計から通知音が鳴る。相手は水銀からだ。
『フリッツ! 緊急事態発生よ!』
「どうしたんだい? 誰か負傷でも?」
『いえボクは無傷なんだけど、教団の奴が捨て身技を使ってきてねぇ。……地下で水銀ガス発生しちゃったわ』
「は? え、うん。……えぇええ~っ!?」
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遡る事30分ほど前。
「二人とも何を手こずっているの」
地下のワインルームに到着した水銀は、二人がかりだというのに一人の感染者を捕らえられていない事に呆れていた。
「遅ぇよ。さっさと手伝え」
「意外とすばしっこくて捕まえられないんス」
「本当、使えないんだから」
カツカツとハイヒールを鳴らしながらワインルームに入室する水銀。次いで彼は顔を上げて、
天井に菌糸を突き刺し這い回る教団の男を見上げた。
「羽虫がボクを見下ろすなんて、いい度胸じゃない。ナ、マ、イ、キ」
その直後、水銀の足元から液体金属が溢れ出し、蓮の花を形作る。
一本、二本、三本、と。時が経つごとに茎が伸び咲き誇る銀の蓮。その内の一本に水銀は腰を下ろし足を組む。
それと同時に蓮は茎をぐんと茎を伸ばし水銀を天井近くまで浮かび上がらせた。
「這い蹲って跪きなさいな」
そして自身が座す蓮以外の花を操作し、天井を這う兄弟の男をハエでも潰すかのように叩き落とす。
「ガ、グ……ッ!」
石畳の床にめり込まんばかりに叩き付けられた男から、苦悶の声が聞こえた。もう意味のある言葉は聞けないかもしれない。
それでも叩けば何か喋るかもと、水銀が蓮の茎で教団の男の胴体を拘束した時、男がにぃと笑ったのが見えた。
「……堕ちろ」
パンッ! パンッ! パンッ!
いつの間に回収していたのか、男は隠し持っていた銃で辺り一帯を射撃した。尤もウミヘビ達にはかすりもせず、外れたかのように思える。
だが彼の狙いはウミヘビではなく、ワインルームにそこかしこに仕舞われた酒瓶であった。その狙いは見事に当たり、割れた酒瓶から中身が溢れ床を浸す。それによって兄弟の男自身も酒にぐっしょりと濡れてしまった。
「最後の抵抗のつもり? 酒浸しにしかなってないけれど」
怪訝な顔で男を見下ろす水銀。しかし次に教団の男が懐から出した代物に、銀の瞳を見開いた。
それは、何の変哲もないライター。
彼はそのライターを酒浸しになった自分自身に着火をし、瞬く間に燃え上がる。そのまま酒浸しになっていた床にも延焼してゆき、ワインルームを瞬く間に炎へ包み込んでしまう――!
「嘘でしょ!?」
すると急激に上がった室温によって、銀の蓮の花が形を崩して床へ銀色の雨を降らせてゆく。水銀自身も蓮に乗っていられなくなり、床に片膝を付く体勢で着地をした。
《水銀(Hg)》は世界で唯一の、常温での液体金属。
ただし液体金属でいられる温度は20度まで。それ以上の温度に晒されると、まして炎で燃やされてしまえば沸騰してしまい、激しく揮発し液体金属ではいられなくなる。
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私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。
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