毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第三章 不夜城攻略編

第52話 ハッピーバースデー

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「僕はねぇ、『オニキス』。よろしくね」

 ぼりぼりぼり
 『オニキス』と名乗ったペガサス教団の少年は、痒いのか、黒く塗られた爪で腕の皮膚をひっかいている。
 外見年齢は二次性徴を終えたばかりの15、6才ぐらいだろうか。喋り方はその年齢よりも幼い印象を受けるが。

(……感染先及び栄養源たる人間が目の前にいるというのに、〈根〉が大人しい。攻撃の意思があればアイギスが自動的に反応してくれる筈だが、触手一本出していない)

 ユストゥスがマスク越しに少年を凝視しながら思考を巡らせる。
 彼がウミヘビよりも先行したのは、一刻も早く〈根〉を菌床から引き剥がしたかったのと、ある程度の間ウミヘビが居なくとも対処できる手段を持っているからだ。
 自分が知覚出来ない速さや、視界の外からでの攻撃が襲ってこようともユストゥスのアイギスは宿主の危機を敏感に察知し反射的に動いてくれる。
 しかしアイギスは今の所、少年にも〈根〉にも特別反応しない。それは現時点では危険が迫っていない証左だ。

「オニキスとやら、貴様はここで一体何をしている」
「誕生日を迎えるのを待っていたんだ」
「それは、貴様がか?」
「んーん。僕はもう迎えたから、誰かが迎えるのを待ってた」

 オニキスは座っていた感染者の山から立ち上がると、容赦なく踏み付けながら床が見える場所まで移動をする。
 下敷きにされていた感染者はピクリとも動いていないが、どの感染者も菌糸が全身から突き出たステージ5で、時たまビクンと痙攣をしていた。
 生きて、いる。

「でも誰も誕生日が来なかったね。三ヶ月も様子を見てたのに。ざぁんねん」

 ゲシッ
 そう言ったオニキスはサッカーボールでも蹴るかのように、床に転がっていた感染者の頭を蹴った。
 ボンッボンッ、……ゴロリ
 その蹴りによって首から離れた頭が、胞子と血を撒き散らしながら壁際まで転がっていく。
 首を蹴り一つで引き千切る怪力。しかしその力よりも、元はただの人間である感染者を玩具のように扱う彼の姿に、モーズとユストゥスは絶句した。

「クスシもここまで来ちゃった事だし、待っているの飽きたし……。もういいよね」

 オニキスの言葉を合図にして、初めて〈根〉が動き出す。
 だが〈根〉から生えた菌糸が狙ったのはモーズ達ではなく、床に山積みになった感染者。身体から突き出た菌糸を菌糸で突き刺し、菌糸と繋がっていた人骨ごと引き抜く。
 辺り一面、血吹雪が舞った。
 そして〈根〉はその引き抜いた他者の菌糸を身体に突き刺し、無理矢理、物理的に同化し質量を増してゆく。

【アアァアアアアッ!!】

 〈根〉の青年の、獣の咆哮のような悲鳴が屋根裏部屋に響き渡る。

「……っ!」
「モーズ!?」

 鼓膜を破かんばかりの悲痛な声に、思わず反射的に両耳を塞ぐモーズ。
 ただユストゥスには聞こえていないようだ。これも昨日の洋館と同じく、幻聴の可能性が……。

「あれ? え、嘘。そこの蛇のお面の人、聴こえるの?」

 しかしモーズが耳を押さえている事に気付いたオニキスは不貞腐れた表情から一変、パッと明るい笑みを浮かべた。

「えぇ~っ! 嘘嘘! お兄さんも感染者みたいだけど精々ステージ3くらい、だよね? わぁ~っ! 凄いっ!」
「何なんだ貴様は!」
「じゃあ、これは? これはっ?」

 〈根〉の菌糸が幾つも動き出す。
 一つは床に転がる感染者を『高い高い』をしてべちゃりと落とす。一つは感染者を野球ボールかのように放り投げて壁に叩き付ける。一つは感染者の皮を剥ぎ表皮に付いていた膿疱を引き千切って胞子の雨を降らせる。
 そうやって〈根〉が何かをする度に、オニキスはきゃっきゃっと無邪気に笑っていた。

(あの少年、〈根〉を操っている!?)

 どう見てもオニキスという少年の意図を汲んでいる〈根〉の動きに、ユストゥスはぎょっとする。
 オニキスは手ぶらで、身体に何かしらの装置を身に付けてもいない。機械で人工的に信号を送る、などという、それもそれで不可思議な事だが、まだ理解は出来る手段も取っていない。
 オニキスはその身一つで、〈根〉を操っている。

「……ヤメテ。イタイ。ゴメンナサイ。そして父だろう人の名前、母だろう人の名前、恋人だろう人の名前、近所の者や親戚の者だろう人の名前……。私はそう言った声が聞こえるのだが、君も、だろうか?」
「わぁっ! 合ってるっ! やっぱり聴こえるんだぁっ! なぁ~んだ。この村には全く見込みがなかったけど、蛇のお兄さんがそうなんだね。びっくりっ!」

 飛び跳ねてきゃっきゃっと幼子のようにはしゃぐオニキスとは反対に、モーズは怒りで指先が震えていた。
 額の血管が、切れそうだ。

「……命を」
「んー?」
「命を、弄ぶんじゃない!!」

 直後、モーズの右手首から複数の触手が姿を現し、オニキスを捉えようと空を切る。
 突然の事に反応が遅れた彼は「わっ、わっ、わっ」と慌てて感染者から生える菌糸の影に隠れようとして、しかし間に合わず触手の一本に腕を絡め取られてしまう。

「うわっ!」

 が、突然の事に反応が遅れたのはモーズも同じで、自分の意思と関係なく動き出したアイギスに引っ張られ、踏ん張りが間に合わずその場で転びかける。
 しかし床に転がる前にユストゥスが白衣の襟首を掴み、転倒を防いでくれた。

「愚か者! 宿主が引っ張られてどうする!」
「す、すまない」

 宿主であるモーズが怪我をしそうになったからか、触手はサッとオニキスを離し彼の元へ戻ってゆく。
 オニキスは「ひゃあ~」と驚いた声を出しながら、先程まで触手に掴まれていた腕を黒服越しにぼりぼり引っ掻く。

「遊んでると怒られるってのは、ここでもおんなじか~」
「先生! 大きな音がしましたがご無事ですか!?」

 その時、折よくクロロホルム、そしてニコチンが最上階へと辿り着いた。

「あ、ウミヘビも来ちゃった。か~えろっと」
「ニコチン、奴の足を撃ち抜け!!」

 ドンッ! ドンッ!
 ユストゥスの指示と同時にオニキス両足に穴が空く。そのまま彼は歩行機能を失い、どちゃりと床に無様に転がる。

「……民間人に向けて発砲したらいけないんじゃないの?」
「貴様も感染者だろう。しかも今、菌糸を操った。……『珊瑚』は寄生菌、菌は菌糸を集め一つの個として動く。単体生物であると同時に複合生物……」

 道具を使わずとも、寄生菌『珊瑚』と意思疎通を測る方法は一つだけある。
 それは同じ『珊瑚』となり、単体ではなく複合生物と化す事だ。

「つまり、『珊瑚』を操れる貴様は『珊瑚』も同然だ」
「わーお、超理論」
「……。バイオテロ組織にこんな事を聞くのは今更かもしれないが……。この村に『珊瑚』を持ち込んだのは、貴様だな?」

 ユストゥスの問いかけにオニキスは、

「うんっ!」

 と満面の笑みと共に答えたのだった。
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