毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第八章 特殊学会編

第146話 タイル・コースター

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「こんにちは、モーズ先生。それにロベルト院長に、セレンも」

 何の前触れなく中央広場に現れたルチルは、人当たりのいい笑みを浮かべながらモーズらの前へと歩み寄る。
 彼には感染病棟で生物災害バイオハザードを誘発した疑惑があり、仮にそれとは無関係だとしても、モーズ達が利用したホテルで連れを引き連れて発砲をしてきたのは事実。
 なのに公共の場であまりに堂々と振る舞うルチルの姿に、セレンは露骨に軽蔑の目を向けた。

「えっ、何しに来たんですか貴方」
「何って、学会へ参加しにですが?」

 ルチルはさらりと答えながら、自分の後ろ、東に建てられた展示場を指差す。

「と言ってもワタクシが参加するのは、展示場で行われる【ポスター発表】ですけどね。残念ながらワタクシは特殊学会への招待を受けられるような立場も実績もないので、会議場には入れません」

 ポスター発表。
 学会の一種であり、名の通り研究内容を記載したポスターを用いて発表をするイベントである。モーズがこれから行う特殊学会の口頭発表形式とは異なり、複数人の発表者が同じ会場で掲示板スタンドなどに付けたポスターを並べ、見学者に対面で発表をする。
 見学者は会場の移動が自由で、発表者との距離が近く聴取コミュニケーションを取りやすいメリットがある。ただし見学者に自分のポスターの前で足を止めてもらえるよう、工夫をしなくては発表を聞いて貰えないというデメリットもある。
 参加者が厳選される特殊学会にしては白衣姿の人が妙に多い、とモーズは思っていたが、どうやら他の学会も同日開催していたのが理由だったようだ。

「ただ開場時間前に彷徨いていたら先生方にお会いできるかなぁ、と思って外にいたのですが……。いやぁ、予想が当たってよかったです」

 爽やかに笑うルチルに、セレンは警戒をした目を向けつつモーズの側にさっと寄った。モーズにルチルを近寄らせたくないのだ。
 そんなセレンなど気にせず、ルチルはロベルト院長にも挨拶を交わす。

「本日はフェイスマスクを付けているのですね、ロベルト院長。息災でしたか?」
「うん。ルチルくんも、元気にしていたかい?」
「ええ! とても! 慌ただしい転勤をしてしまい、ロベルト院長にはご迷惑をおかけ致しましたね。改めて謝罪をさせてください。あ、これつまらない物ですがお詫びの品です。差し入れも兼ねて、モーズ先生もどうぞ」

 頭を下げて礼儀正しく謝罪をした後に、ルチルは肩にかけていた鞄から手の平サイズの小さな板をロベルト院長とモーズへ配った。
 その板はタイルで作られたコースターで、ペガサス座をモチーフにした絵が描かれている。

「ではお邪魔いたしました。研究発表頑張ってくださいね、モーズ先生」

 コースターを渡し終えたルチルは、満足した様子でその場から颯爽と去っていった。
 ルチルが背中を向けた所で、セレンはモーズの手からコースターをさっと取り上げると無言で目視での検品を始める。しかしただの市販品で、おかしな所はなさそうだ。
 その上で「捨ててきましょうか?」と容赦なく言うセレンに、モーズは「捨てるとしても自分でするから」とひとまず返して貰った。

「……未だにルチルさんが堂々としていても逮捕されない理由って、何でしょうかねぇ?」
「いや、まぁ、非常に怪しい動きはしているものの、証拠は何もないからな……」

 ルチルがもしも治療を放置している感染者ならば、ペガサス教団の信徒か否かに関わらず、国連警察からの拘束または監視がつく可能性はある。
 しかしそれだけだ。
 信仰の自由が掲げられた現在の法律では、ペガサス教団の信徒というだけでは罪に問われない。と言うより、下手に信仰の自由を規制すると、本当に信徒であるか否かに関わらず『異端審問』や『魔女狩り』が横行してしまうのでできない、と言った方が正しい。
 またペガサス教団は実質バイオテロ集団、と目されてはいるものの、教団は国家転覆、犯罪促進、テロ行為といった危険思考を広めている訳ではない。
 教団の教えはあくまで信仰対象である寄生菌『珊瑚』に寄り添い、病の不安から逃れること。心の拠り所としての活動が主で、暴力性はないのだ。
 ――建前上は。
 なので信徒が何らかの問題を起こしても、ペガサス教団が犯罪を犯すよう明確に指示を下した証拠が見付からない限り、それは個人の問題とされ教団全体の責任として問われる事はない。

 ちなみにホテルでの発砲の件も証拠は残っておらず、仮に何らかの証拠が残っていたとして、フリーデンは『ニコチンを流血させてしまった』という管理不届を誤魔化す為、深入りしない姿勢を決め込んでいるそうだ。
 よって現状、モーズ側からルチルを追及する事はできないのだった。

「うひゃあ! ちょっとトイレに行っとった間にロベルト院長がすごか美人に囲まれとる!」

 その時、ルチルと入れ違いに現れた1人の男が、快活な声と共にモーズ達の元へやってきた。
 白虎をモチーフとしたフェイスマスクを顔に付けた、黒髪のアジア人。しかし彼はモーズよりも背が高く、アジア人にしては大柄だ。

「おっ! そけおっとはパウルか! なんだぁ、こん美人達はぬしがナンパしたんか?」
「違うわ! こいつらはラボから連れて来た付き添い! 助手! 関係者!」
「ほぉ~。たいぎゃ目ん保養になる連中と研究しとるんか。羨ましか」
「心にもないこと言うな。
「がっはははは! そらそうだ!」

 そのアジア人は訛りの強い言葉で、パウルと親しげに話している。どうも2人は知り合いらしい。

「ええと、こちらの方は……」
「モーズくんは初対面だったね。ほら、挨拶をしなさい」
「おぉ、こらすみまっせんロベルト院長」

 ロベルト院長に促され、アジア人はモーズと向き合い軽く会釈をし、こう名乗った。

「日本の感染病棟から参った、『柴三郎しばさぶろう』て申します。以後、お見知りおきば」
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