毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第八章 特殊学会編

第153話 分断

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「俺の作品んんんっ!!」
「モーズ先生! モーズ先生は何処いずこですか!?」

 一方その頃、ホルムアルデヒドとセレンは壇上の真下から生えてきた菌糸によってホールの隅に追いやられた上に菌糸の壁に囲われてしまい、クスシと離れ離れになってしまう事態に陥っていた。
 菌糸が無遠慮に突き出てきた事によって、壇上諸共収納ケースは損壊。当然、中身の標本も壊れてしまい、ホルムアルデヒドは無惨な姿となってしまった己の作品を前に、両膝を床について絶望した。
 セレンはと言えば姿の見えなくなってしまったモーズの事で頭がいっぱいで、障害となった菌糸の壁をぶち破ろうと白衣の下に仕舞っていたチャクラムを取り出す。そして躊躇なく構える。

「邪魔ですねこの菌糸。輪切りにしましょうか」
「ストップ! ストップ!」

 しかしそれを慌てて止めたのはホルムアルデヒドだ。
 今にもチャクラムを投擲しようとするセレンを後ろから羽交締めにし、全力で止めるよう説得する。

「クスシの監視も許可もなく抽射器使っちゃ駄目だろ!」
「では毒霧を」
「それもっと駄目だろ!? 何で第一課って皆んな好戦的なんだよぉっ!」

 ここで毒性の強いセレンに暴れられたら、連帯責任でホルムアルデヒドにも罰則がくだる。下手をすれば廃棄となってしまう。それだけは避けなくてはならない。

「しかし事態が悪化し傷を負い、《青い血》を撒き散らす事態こそ最も避けなくてはいけませんよ? 抽射器を振り回すぐらい許されるでしょうよ」
「通信! まずは通信で許可を取ろうぜ!? クスシの指示を直接受ければ確実だ! 罰則も避けられ……!」

 セレンがひとまず落ち着いてくれた所で、ホルムアルデヒドは携帯端末を白衣のポケットから取り出し起動をする。これでクスシと連絡を取れれば万事解決、と画面に表記させた通話ボタンを押したが、反応がない。
 携帯端末からはツー、ツー、と無機質な電子音が聞こえるのみ。
 携帯端末の故障……ではない。よく見たら画面の右上、電波の接続の良し悪しを表す箇所に『圏外』を示すアイコンが表記されている。だがここは森の奥でも山の上でもない街中。それも来国者が不便しないようにと、国際無線電波が張り巡らされたコンベンションセンターの内部。電波が届いていないなんて事は、あり得ない。
 つまり――

「電波障害ですねぇ」
「何でだぁああああっ!?」

 本日二度目の絶望が、ホルムアルデヒドに襲いかかったのだった。

 ◇

「誠に遺憾である」

 ルイは天井を眺めながら、静かに怒りを露わにする。
 ルイは先程まで聴講席に座っていた。座っていたのに、今は横になっている。何故ならば後ろに倒れ込んだからだ。真下から生えてきた菌糸によって椅子ごと上昇し、上昇した先で椅子が壊れ、大木のと似た形態となった空間の上に転がり、距離が近くなった天井を眺めるハメになってしまった。しかも周囲は菌糸の壁に囲われていて、降りる事も叶わない。
 そこでガバリと、ルイは腹筋を駆使して上体を起こす。

「パラス国の警備はどうなっているのだ! これみよがしに彷徨いていた軍人共は飾りか!? そもそも何故いきなり菌床が展開した!? 全体の規模はわからぬが、これほどの成長は普通、半年の歳月が必要では!?」

 突如として菌床が発生した事と、その中に取り込まれてしまった事に、ルイは不満の限りを叫ぶ。

「ステージ6の仕業、か?」

 するとルイの直ぐ側に立っていた男性医師が、ポツリと己の見解を述べた。
 白と黒のチェッカー柄フェイスマスクを付けた男性医師。彼はイギリスの感染病棟現院長『ジョン』である。

「ジョン院長。……何故に最前列があった場所におるのだ?」
「真っ先に訊く事がそれか?」
「貴殿は後方の席だったではないか。吾輩の側にいるのはどう考えてもおかしかろう」
「細かい事を……。俺はステージ6だという遺体が見たかっただけだ。あの助手め、さっさとケースに仕舞いやがって」

 質疑応答の時間だったにも関わらず、せっかちなジョンはステージ6の標本を間近で見ようと席を立ち、壇上に向かっていた。
 そして最前列に来た辺りで菌糸に押し上げられ、ルイと同じ場所に閉じ込められてしまったのだという。

「電灯の光源があるのと、立っていられるだけの足場があるのは幸いだったが、それだけだな。また菌糸が動く前に菌床から出なくては」
「しかしここは天井近くの不安定な場所よ。無理に動く方が危険では? 会場の警備には軍もあたっているのだ、菌糸と胞子にさえ気を付けていれば、いずれ救助される」
「そう順当にゆくとは限らんぞ」

 するとジョンは白衣の下からメスを取り出すと、菌糸の表面を極薄く削る。そして菌糸の一欠片を指先で摘むと、今度はメスをライターへ持ち替え、炙った。
 しかし炙られたら灰となる筈の菌糸が、いつまでも固形を保っている。ライターを消してその菌糸の一欠片を観察してみれば、表面こそ黒ずんでいるが、中は焼けていない。
 これは、【芽胞】。過酷な環境を生き抜く耐久細胞。仮死状態ともされる、セレウス菌やボツリヌス菌も持つ生存戦略。
 芽胞を形成している間、菌は増殖はしないものの、火に限らず、煮沸、冷凍、乾燥、消毒その他全てに耐性を持つ、非常に厄介な形態だ。

「通常の『珊瑚』よりも色が濃いだからもしやと思っていたが、やはりこの《植物型》、どういう訳か火災経験を積んでいるようだ。処分の常套手段である火は、効かん」

 通常の『珊瑚』は、芽胞を形成しない。
 なので軍が菌床や感染者を処分する場合は焼却が主体となっているのだが、この焼却処分を経験しながらも死滅を免れ学習をした『珊瑚』は、【芽胞】形成に行き着く。
 ステージとはまた違う、『珊瑚』の進化だ。

「……。実に不可解である!」

 ルイは苛つきながら、座っていられない状況下である事を悟り、その場から立ち上がる。
 ただでさえ処分手順が特殊な《植物型》だというのに、これでは救助までどれだけ時間がかかるか計れない。菌床が活発化した場合を考え、備えなくてはならなくなった。

「不可解といえば、様子のおかしかったWHO会長だが……。俺の記憶が正しければ会長の名が異なる。それ以前に『フルグライト』という名なぞ、公式名簿のどこにも記載されていなかったはず」

 不気味な黒山羊マスク。
 その下を、ジョンは訝しんでいた。

「――あいつは、誰だ?」
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