毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第八章 特殊学会編

第154話 菌床脱出、開始

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 会議場のコンベンションホールは騒然としていた。
 壇上を中心とし、地下から突如として生えてきた深紅の蔦状菌糸。それが束となって聴講席の中央最前列含め押し上げて、何人かの医師を取り込んでしまった。しかも菌糸が生えてきたのはそこだけでなく、会議場のそこかしこに、蔦を伸ばすように生えている。
 ここは最早、菌床だ。
 無事だった聴講者達は出入り口が塞がれない内にと警備の指示を無視し、続々とホールから逃げ出してゆく。菌糸は【芽胞】を形成して今は大人しいが、いつ襲ってきて感染させられるかわからないのだ、無理もない。
 そんな混乱と恐怖と驚嘆で阿鼻叫喚となってしまっているホールの聴講席で、ロベルトは今にも泣きそうな顔をしたアニリンの頭を撫でていた。

「大丈夫、きっと無事だよ。あの子は強い子だから。それは君の方が知っているんじゃないかい?」

 優しく言い聞かせてくれるロベルトに対して、アニリンはこくんと小さく頷く。

(ここには軍の方々もクスシもウミヘビもいるんだ。何も心配する事はない。パニックだけは避けなくては。しかしクスシとなって日の浅いモーズくんは心配だな。あと菌床が発生する直前、ジョン院長と柴三郎が席を移動していたみたいだけど、その2人の姿がない。ルイ院長も見当たらない)

 ロベルトは《植物型》に取り込まれた者が誰か、冷静に推測しつつ、黒山羊のマスクを付け不可解な言動をしていた『フルグライト』と名乗るの姿も探した。
 しかしその者の姿は既にない。混乱に紛れて、聴講席後方の扉から退室してしまったのかもしれない。だがモーズに強い関心を抱いていたその者が、簡単にいなくなる気はしなかった。

(一体、どこに行ってしまったのか)

 きゅっ。
 その時、ロベルトは白衣が引っ張られている事に気付いた。アニリンが控えめにロベルトの白衣を掴んで、蔦状菌糸を指差している。パウルを探し出したいのだろう。
 人見知りだという彼が精一杯の意思表示をしてきた事に、ロベルトは無碍にせず聴講席から立ち上がる。

「わかった。ここは私が君のお目付け役として、一緒に皆んなを探し出そう」

 ◇

「こん鞘に納むると毒液ば添加できるったい。あ、逆さにしても漏れんようなっとるけん、そこは安心して? そんで軍刀は抜刀中、その効果を維持できるよう作られとる。時間と量に限りはあるけんど、ウミヘビん抽射器っぽい効果がでると」
「今の軍事兵器はそのようになっているのか、勉強になるな」

 その頃、壇上ごと取り込まれたでは、座り込んだモーズが同じく座り込んだ柴三郎から特殊軍刀の解説を受けていた。

「欧州の外、それも極東に当たる日本はウミヘビやクスシを簡単には呼び出せん。やけん独自に自衛ばする手段が増えとるたい」
「クスシが対応できるのは基本的にヨーロッパ圏という話だからな。ウミヘビの貸し借りも手間が多いだろうし……。ううむ、オフィウクス・ラボもWHOのように支部があれば……。人手が足りないのだろうか?」
「人手っちゅうか、ラボは災害ん為に作られた施設じゃなかと。こっちの都合に合わす気はないんやろ」
「……。え?」
「あ、もしかして知らん?」

 なかなか衝撃的な事を口にした柴三郎。彼はそのまま更に衝撃的な情報をモーズに伝えてきた。

「オフィウクス・ラボは『珊瑚』ん研究が主目的やけど、ウミヘビば一箇所に集むる為ん組織でもある。そんで災害対処はおまけっちゅう話やて聞いたばい」
「お、おまけ……!?」
「ウミヘビの手ば借らんで鎮圧できるに越した事はなか、とラボん所長は話よったなぁ。あくまで聞いた話やけん、内情はわからんが」

 そこで柴三郎は特殊軍刀を鞘に納める。キンと硬質な金属音が樹洞の中に静かに響いた。
 柴三郎はパウルの兄弟弟子とはいえ部外者な筈なのに、クスシのモーズよりもラボに精通している節がある。

「あ、貴方は随分と情報通なのだな。所長と話した事もあるとは……。私は面接の時に話しただけだが」
「わいも話したんは面接だけと。そん時に聞いた話。だから、わいは入所ば蹴った」

 それはつまり、柴三郎も入所試験を受けた事があるという事だ。
 しかも最終面接までいったという事は、筆記試験とウミヘビとの面接を通過したという事。その時点で合格も同然だったにも関わらず、柴三郎は入所を辞退したのだ。
 ラボ入所を身を削る思いで目指していたモーズにとって、入所辞退は少し信じ難い事だが、それもまた立派な選択。
 このまま自分とは違う道を選んだ者としての話をじっくり聞きたい所だが、樹洞に取り込まれてから5分は経過している。気持ちを落ち着ける為に、とあらかじめ定めていた休憩時間が終わる頃合いだ。

「さて。アイスブレイクはこん辺にして、そろそろ脱出方法ば探るか」
「そうだな。通信機器は電波障害で全滅。《植物型》は芽胞によって傷も毒素も効果が薄い。芽胞を形成している間は襲われる危険性はないものの、このまま衰弱するまで放置されるのも、養分を蓄え再度活性化するまでの時間を稼がれてもマズい。早急に菌糸を打破しなくては」

 状況を整理しつつ、2人は立ち上がる。

「モーズはアイギスばどんぐらい扱ゆると?」
「アイギスは手首から触手を伸ばし操る、毒素を注ぐという基本的な動きはできるが……。恥ずかしながら未だ分離ができない」
「いやそっが普通やろう。パウルなんて3ヶ月かかっとったと話しよったばい。ばってん基本的な事ができるんなら……」
「あとアイギスを介して電気信号を用い、〈根〉と交信ができる」

 そのモーズの言葉を聞いた柴三郎は、たっぷり1分間硬直した。

「……すみまっせん。もう一回言うて貰うてよか?」
「アイギスを介して電気信号を用い、〈根〉と交信ができる」
「ぶふぉっ!」

 懇切丁寧に同じ台詞を繰り返してくれたモーズに、柴三郎のマスクの下から堪えきれなかった笑い声が漏れる。
 次いで彼はモーズにずいと詰め寄って、捲し立てるように喋り出した。

「なしてそら研究発表せんの!? いや今日ん発表もよかったけんど、そっちもそっちで気になりすぎる!」
「交信が出来るのは今のところ私しかいない上に、成功したのは一度のみ。また必須条件だと思われるアイギスの寄生はクスシしか許可されていないからな。再現性がない」
「そらそうかもしれんけれど……っ! 『珊瑚』と交信ができるなんて大発見すぎるやろ!?」
「いや私が交信できるのは感染者の〈根〉だけなのだが」
「細かかねぇ! どっちにしたっちゃ前代未聞たい!」

 柴三郎は興奮冷めやらぬ様子で「電波障害が直ったら連絡先交換しろ」という約束をモーズに取り付けてきた。
 モーズは戸惑いながらもそれを承諾すると、彼はようやく落ち着きを取り戻す。

「こらまた大型新人がきたもんや。そっが本当なら、結構簡単に脱出できるかもしれん」
「えっ。ほ、本当か?」

 そこで柴三郎はスラリと、鞘から軍刀を引き抜いた。

「そんじゃ、こん堅牢。こじ開けてみよか」




 ▼△▼

 次章より『《植物型》攻略編』、開幕。

 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
 『特殊学会編』これにて完結です。筆者は学会に参加した事がないので全て想像で書いたのですが、何だか発表会を控えた文化部の部活ものみたいな味になりましたね。

 皆んなの協力を得て無事に学会の発表はこなせましたが、パウルやウミヘビと離れ離れになるトラブル発生と相成りました。
 次章ではウミヘビの手が借りられない中、院長達との協力の元、脱出を頑張るお話となります。
 お楽しみに!

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