毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第九章 《植物型》攻略編

第155話 最初の合流

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「ただでさえ《植物型》って面倒なのに【芽胞】生成しちゃっているし……。め、面倒臭ぁ~」

 菌糸で作られた樹洞の中に1人閉じ込められたパウルは、深紅に染まった目の前の壁を見て【芽胞】を生成していると知り、ぶつくさと文句を溢していた。

「それにしてもどうしようかな。電波障害起きちゃっているから外と連絡つかないんだよなぁ」

 狭い樹洞の中で右に行ったり左に行ったりとうろちょろ動きつつ、パウルは顔を上にあげる。
 樹洞状になった菌糸の上には穴があり、蛍光灯が付いた天井が見えていて、そこを光源とし暗闇に包まれるという事はなかった。

(一応、上に隙間はあるけど、あの狭さじゃアイギスが通らない)

 人一人がやっと通れるかどうかの隙間。
 アイギスに人間を運ばせる場合、ある程度の大きさにしないと力が足りず持ち上げられない。せめて2人分は通れる大きさでないと厳しい。

(けど壁に穴を空けるには【芽胞】が厄介すぎる。アイギスで無理に芽胞を破壊する場合、周囲に影響が出る。外の様子がわからない中で、その影響がどう働くか読めない。ロベルト院長は絶対に巻き込みたくないし……。僕は菌床が活性化しても対処できるんだし、このまま待つのも手なんだけどさ)

 待つ。
 その選択肢が頭の中に出たところで、パウルはその場に座り込んだ。

「待つ、待つ……。う~ん。ちょっと待ってみるかぁ」

 ◇

「待てん」

 一方、フランスの感染病棟院長のルイと共に樹洞の中に閉じ込められた、イギリスの感染病棟院長ジョンは、【芽胞】を生成した菌糸の壁をメスの先端で延々と切り付けていた。
 ただでさえ硬質な『珊瑚』だ。芽胞を生成すればその強度は跳ね上がり、メス程度の刃物では表面に引っ掻き傷を作るのみ。ジョンもそれはわかっている。これは苛立ちから来る、ただの八つ当たりである。

「時間の無駄だ。俺は1秒でも早くここを出るぞ」
「無意義な時を過ごしたくないのはわかるが、現状手立てはなかろうて。菌床活性化を警戒する以外、出来る事なぞないのでは?」

 爆薬なしに【芽胞】を生成した菌糸の破壊など無理だと、早々に自力での脱出は諦めたルイは、菌床活性化に伴って襲ってくるだろう菌糸にのみ注意を向けている。
 深紅に染まっている状態から、通常の赤色へ菌糸が変色した時。その時に備え最大限、警戒すればよいと。
 それにこの場にはクスシとウミヘビがいる。故にルイは慌てる必要はないと判断していた。

「軍もそうだが、会場にはクスシもウミヘビもいる。きゃつらは菌床処分のエキスパート。このまま待つのが最善……」
「……ウミヘビ? 有毒人種、ウミヘビか!」

 ぐりん。
 突然、首だけ後ろに向けてきたジョンに、ルイは驚いてぴくりと肩を揺らす。

「ルイはウミヘビを見たのか! いつ何処でだ!?」
「何処と言うか……。貴殿も見ていたであろう? クスシと同じ裏地が蛇柄の白衣を着た、マスクを付けていない、変わった髪色を持つ顔立ちの整った者達。助手として動いていたきゃつらこそウミヘビよ」

 ルイは4年前に一度だけ、ウミヘビを直に見た事がある。フリッツとユストゥスを見送った時に。
 裏地が蛇の鱗柄をした奇妙な白衣を纏い、奇妙な青い髪色をしていて、何より非常に整った顔立ちをしていたウミヘビを。
 そして今回、壇上には彼と似た特徴を持つ男が助手として動いていた。基本的にクスシは常にフェイスマスクを付けるのが規定にも関わらず、整った顔立ちを晒していた男達。
 そこから彼らはウミヘビだと、容易に察せられる。

「そうか、彼らがウミヘビか……。10年前に1人だけ会った事があるが、あの特異な見目こそ特性だったのか……」

 ルイの話を聞いたジョンは正面に向き直ると顎に手を当て、何やら思考を巡らせている。

「やはり早く、早く出なくては。一刻も早く」

 次いで肩を震わせて、引き攣った笑い声をマスクの下からこぼした。

「ひ、ひひひ。ウミヘビがいる。恐らく大型へ変貌した《植物型》もいる。生きたステージ6もこの場にいるかもしれない。ひひひひ。興味深い。とても興味深い。是非ともこの手で解剖バラしたいものだ……!」

 メスを構え、物凄く興奮しているジョン。
 その物騒な様を見たルイは、マスク越しに額に手を当て天を仰いだ。

(解剖マニアのスイッチが入ってしまった……)

 ◇

「セレン。なんか今、悪寒がしなかったか?」
「そうですか? 私は感じませんでしたが」

 ごりごりごり
 ホールの端にできた樹洞の中で、セレンはホルムアルデヒドの言葉を聞き流しつつ、両手で持ったチャクラムで菌糸の壁をエグっていた。
 木材をノミで彫るように着実に削れていってはいるが、壁が分厚い為、なかなか穴が空かない。

「やはり毒素なしでは時間がかかり過ぎますねぇ。芽胞は私の腕力でどうにか出来る代物じゃないですから」
(芽胞がエグれてる時点で怖ぇけどな)
「人払いが済んでいるか否か判断が付けば自由に動けるのに、不便です」

 ぷくぅと頬を膨らませ、セレンは不満げな表情を浮かべると一旦手を止め、腕時計で時間を確認した。
 現時点で菌床が発生してから10分経過している。

「あと3分経ったら、人払いが済んだと判断してよいですかね?」
「3分て。インスタント食品じゃねぇんだから、30分は待とうぜ?」

 ドカンッ!
 その時、爆音と共にセレンの真横の壁が唐突に穴が空き、その穴からグレードランチャー状の抽射器を持ったアニリンがひょっこりと顔を覗かせた。
 彼の後ろにはロベルトの姿もある。

「アニリン! それにロベルト院長! ご無事だったのですね!」

 ようやく外の様子が見られたセレンは明るく笑って、ホールには既にガスマスクを付けた軍人以外の人がほぼいない事と、菌糸の厚さを把握する。
 その上でチャクラムを構え、投げた。
 ザンッ
 直後、菌糸の壁に無数の亀裂が入り、いとも簡単に崩壊する。そして作られたドア状の穴から、セレンはホルムアルデヒドと共に樹洞の外へ出た。

「あぁよかった。場所の予想が当たっていて。アニリンくんの毒素を万が一受けてしまっても、君達なら大丈夫だから」
「いや俺は無事じゃすまないが? アニリンって俺と同じ第二課で、毒の強さも耐性も似たり寄ったりなんだが?」
「そうだったのですね! 正しい判断です! 流石はロベルト院長!」
「ガン無視……」

 手放しにロベルトを讃えるセレンに呆れるホルムアルデヒド。
 確かにアニリンの毒素を人間を受ければタダではすまない。なので彼の抽射器で菌糸を壊すにあたり、まずはウミヘビの救出を優先したロベルトの判断は間違っていない。
 が、人間程ではないにしろ、ホルムアルデヒドがアニリンの毒素を受けたらダメージが入る点は配慮して欲しかった所だ。

「パウル達が閉じ込められてしまったんだ。菌床が活性化する前に助け出さないといけない」
「あっ、俺は戦力に数えないでくれよ!? 戦闘訓練なんてここ数年は受けてないんだ!」
「日頃の行いがここに出ていますねぇ」
「でもこの状況をどうにか出来るのは君達だけだ。どうか、力を貸してください」

 ロベルトはセレンとホルムアルデヒドに向け、深々と頭を下げて懇願してくる。人間よりも立場が下のウミヘビに対して、迷いなく。
 セレンは直ぐにその場で片膝をついてロベルトよりも目線をさげると(ホルムアルデヒドも慌てて真似していた)、かつて研修医として側にいた時と同じように、優しく微笑みかける。

「ロベルト院長、顔をあげてください。私もラボも、貴方を信頼しております。何なりと、ご指示を」
「……ありがとう、セレンくん」
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