毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第九章 《植物型》攻略編

第166話 悪夢の出口

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 フルグライトが消えてからの菌床処分は早かった。
 先程までの頑丈さはどこへやら、燻蒸滅菌をしていたホールの菌糸は途端に死滅し根本から崩れ、幹も伐採を再開したペンタクロロの一振りで真っ二つとなり、大木状になっていた《植物型》は簡単にへし折れてしまった。
 各所から注がれた毒素も一気に回り、《植物型》の中に潜んでいた感染者ともども枯れ果てて、処分はあっけなく終わった。

 後の処理は軍や警察や消防や保健所に任せればいい。ウミヘビ達は屋根から地上へ降り、残る問題の解決の着手に取り掛かった。
 未だにこんこんと眠ったままのモーズの問題を。
 その為に彼らが向った先は避難所として指定された、コンベンションセンターの中央広場。そこには簡易的な医療器具があり、パウル達の帰還を待っている院長達もいる。
 そこへモーズを運び込めば、院長達は頼むまでもなく彼を診てくれた。

「起きん」

 真っ先にモーズの容態を診て、端的に事実を口にしたのはジョンだ。

「脈拍、血圧、呼吸、体温、瞳孔、どれも異常なし。だが意識レベルの確認に一切の反応がない。不可解だ。とは言え、これ以上はレントゲンや血液検査、脳波検査などで看る他ない。が、ここにそんな設備はない」
「病院に連れて行かなくてはいけないね。私の病棟に搬入しよう」
「しかしこやつ、随分と珊瑚症のステージが進んでおるな。皮膚から菌糸は突き出ていないようだが、もしやこの症状はステージ4の初期症状である意識混濁では……」
「それはない」

 ルイがモーズはステージ4に至ったのではないかと訝しんだ時、間髪入れずにジョンが否定した。

「それは、ない」

 しかも重ねて否定してきた。
 無駄を嫌うジョンが同じ事を繰り返して言うのは珍しく、それだけ確信を持っているという事で、ルイは「そ、そうか」と戸惑いながらも頷く。

「私達の中では、パウルが最もステージ4に詳しいだろう。パウル、君から見てモーズくんは……」
「すんませんロベルト院長。パウル電池切ればい」

 ビニールシートの上に横たわらせているモーズから、側に立っていた柴三郎の方へ視線を向けたロベルトが見たものは、柴三郎におんぶをされているパウルであった。
 彼もまた寝ている。熟睡している。ロベルトが名前を呼んでみても軽く肩を揺すってみても、起きる気配がない。
 念の為、天道虫が描かれたフェイスマスクを外して顔色を確認してみると、鼻背周辺にポツポツとそばかすが浮かんでいる……少し幼い顔立ちを見る事ができた。いつもと違うのは、少々青ざめている所だろう。
 アイギスの使いすぎによる貧血である。

「わいを下ろしてくれた時にふらついとったけん、声ばかけたら輸血はいらんって言いよった。パウルも医者や、そら本当やろう。ばってん、緊張ん糸が切れたんやろうね。いきなり寄りなんかかってきたかて思ったら寝とったわ」
「大事には至っていないのはよかったけれど、どうしようか。2人まとめて私の病棟に連れて行くのも……」
「おやおや皆さん、お揃いで」

 ◆

 前も後ろも真っ黒な空間を、モーズは当てもなく歩いていた。
 時折り空中に、時計や絵画がふよふよと浮かんでいるが、不規則に並んでいて、道標になるようなものではない。
 複数ある時計の針が刺す時間は全部バラバラで、今の時刻はわからない。
 額に飾られた絵画に描かれているのはフランチェスコと雪だるまを作る絵だったり、食堂で勉強会をしている絵だったりと、幼い頃の記憶を切り取っているかのようだった。

(……私は、どこに向かっているんだ?)

 モーズはそんな不可思議な空間の中で、自分は何をしていたのか、何をしようとしているのか、全く思い出せないでいた。

(彷徨っている場合では……。私は、私に、できることをしなくては……)

 目的も目標もわからないまま、ただただ、焦燥感だけが募ってゆく。
 すると視界の端に、真っ白い光が見えた。扉がある。重厚そうな木製の扉。そこから真っ白い光が漏れている。
 しかも扉の奥からは、微かに懐かしい声が聞こえてくる。

「……キコ? そっちに、いるの?」

 ふらつく足で、吸い込まれるように、モーズはその扉に向かって歩みを進める。
 会いたい。彼に会いたい。
 それだけを胸に、幼い手足を動かして、扉の向こうへ行こうとして、

「こっちですよ、こっち」

 ぐいと、後ろに向かって手を引かれた。
 大きな手。大人の手だ。幼いモーズでは振り解けない、強い力を持つ手。扉から差し込む光で見えたその大人は、まばゆい金髪をしている事がわかる。
 モーズが唖然としている内に、大人はモーズの手を引っ張って、若干引きずるのも構わず歩いてゆく。
 そうして連れて行かれたのは、真っ黒に塗られた絵画の前だった。それだけは他の絵画と違って浮いておらず、地面に落ちている。

 眩い金髪をした大人は、そこでモーズを軽々抱き上げて、黒い絵画の上に向かって落とした。
 そのまま黒い絵画の上に落ちたモーズの身体は、沼に落ちたかのように沈んでゆく。

「また困った事がありましたら、是非ご連絡ください。ずっと、お待ちしておりますので。ねぇ、モーズ先生」

 意識が遠退く中、そんな声が、聞こえた気がした。
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