毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第九章 《植物型》攻略編

第168話 由々しき事態

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「由々しき事態だ」

 モーズ達が空陸両用車で人工島アバトンに向け空を走っているまさにその頃、人工島アバトンのラボ、共同研究室の中ではユストゥスが深刻な声を発していた。
 彼の目の前には、パラス国で起きた《植物型》の発生から処分までを撮影したホログラム映像が映っている。これは電波障害を免れていた駐車場にいた、テトラミックスがリアルタイムで撮影し送ってくれていた映像だ。
 何の前触れもなく急成長した《植物型》。何人かの医師を菌糸の内部に閉じ込めた上で会議場を瞬く間に菌床とし、人々を混乱と恐怖に陥れた《植物型》。

 その《植物型》の樹洞に立つ、黒山羊マスクの男。
 感染者のステージの進行を促進している節があり、毒の耐性が強く、菌糸を自在に操り、菌糸の殻に籠ったかと思うと消えてしまった男。『フルグライト』と名乗るパラスWHO会長に擬態していた男。
 恐らく、ステージ6。
 今まで遭遇したステージ6との類似点の多さからして、間違いないだろう。しかし今は黒山羊マスクの男が何者なのかよりも、懸念すべき事があった。

 彼は何故か、モーズを何処かに連れて行こうとしていたから。

「これ、明確にモーズくんが狙われているね。どうしたものか」

 ユストゥスの隣で一緒にホログラム映像を見ていたフリッツも、両腕を組んで頭を悩ませている。

「何で誘拐しようとしたか不明ですけど、やっぱアバトンから出さないのが堅実じゃないですか?」

 その案を出したのはフリーデンだ。数多の認識阻害装置で姿を消しているこの人工島アバトンに籠城すれば、誘拐も何もない。平和的に解決する、と。
 しかしその堅実な案に対して、フリッツは静かに首を横に振った。

「アバトンから出さないでいても、このあいだの国連警察みたく、ここまで乗り込んでくる危険は無視できない。詳細はわからないけどWHOの会長にも擬態していたんだ、ステージ6はどこに潜んでいるかわからないよ」

 国連に関わる立場を得てセキュリティを突破してきてしまえば、籠城は意味をなくす。
 実際、国連警察も断りなく侵入してきた。安全地帯と言える場所はないだろう。
 
「だが、これはチャンスでもある。何せステージ6の方から接近してくれるのだからな。待っているだけで被験体サンプルを手に入れられる可能性がある」
「でもユストゥス、今回は何とか無事だったけれど次はどうなるかわからないよ? 僕はモーズくんを餌として、わざわざ危険に晒すのは反対だ」
「わかっている。私も奴を悪戯に危険に晒すつもりは毛頭ない。しかしどんな形であれステージ6との接触は避けらないと仮定した場合、迎え撃つのが最適解となるはず」

 ユストゥスは実験台の上に手を置いて、指先でトントンと叩く。思考を巡らせる。
 安全地帯がない。ステージ6は他人に擬態して動く可能性がある。護衛としてモーズの側に常にウミヘビを配置したとしても、今回のように感染者と菌糸を用いて分断されてしまえば意味をなさなくなる。
 最終的には、自分の身は自分で守る必要が出る。

「こうなれば、モーズにアイギスを早急に使いこなさせる他あるまい」

 故にユストゥスは、そう結論付けた。

「え~。でもどうやって? アイギスって時間をかけてはぐくむのが定石じゃないですか」
「……1ヶ月で、アイギスを使いこなした奴がいるだろう」

 苦々しげに言うユストゥス。
 僅か1ヶ月でアイギスを使いこなしたクスシはただ1人。〈好奇心の塊〉と称される、彼らの先輩だ。

「えっ! とうとうに話すんですか!」
「可能ならば一生、出会わせたくなかったが……。背に腹は変えられない」
「一生て」
「ユストゥスはあの子、苦手だものね」
「モーズの事を話せば恐らく、あいつは共同研究室に入り浸る事だろう。フリーデンも覚悟しておけ」
「うぇ~い」

 ◇

「由々しき事態ですねぇ」

 パラス国のオフィス街。コンベンションセンターから離れた、入り組んだ路地裏にて。
 ルチルはそこでビルの壁に背中を預け、深刻な声を発していた。

『学会で発表された研究内容についてか?』

 すると頭の中に直接響くように、ラリマーの声が聞こえた。この場に彼の姿はない。だがルチルは構わず声に応える。

「違います。モーズ先生との食事の機会がなくなってしまった事についてです。フルグライトが騒動を起こしてくれたお陰で、先生が次にラボから出てくる日がいつになるか、わからなくなりました。下手をすればそのままステージ4になり、一生、出てこないかも。これ以上、悲しい事がありますか?」
『お前な……』
「学会が終わった後、お誘いしようと思っていましたのに……。前回、恩を売っていますから、モーズ先生なら必ず応えてくれたでしょうし……」
『本当にブレないな……』

 ラリマーの声は呆れ返っている。

『それよりルチル。どうして?』

 ルチルの心情はスルーする事に決めたラリマーは、彼がコンベンションセンターの広場でモーズを起こした理由を訊ねた。ルチルが手を貸さなければ起きる事はなかっただろうに、と。
 その問いに対して、ルチルは簡潔に答える。

「あのままじゃ、【脳死】の可能性がありましたから」

 放っておけばモーズは死んでいた可能性があったから、と。

『フルグライトの見立てでは、《適合率》が非常に高いという見解なのだろう? ならば脳死となる可能性は低い』
「それでも危ないのには違いないでしょう? そもそもワタクシはスカウトをしたいのであって、【洗脳】や【収穫】は望むところではありません。《植物型》もワタクシがあそこまで育てたのに、ウミヘビ狩りの用途以外に了承もなく勝手に、それも未熟な内に使用して……。あぁ、嫌だ嫌だ」
『まぁ確かに、フルグライトは人の話を聞かない、自己判断で全て事を進める奴だが……』
「ワタクシ、暫くあの方の顔を見たくないです」

 そこでラリマーの苦笑する声がルチルの頭の中に響く。

『もう変わっているだろうがな、顔』
「そういう話じゃありません」

 ラリマーの返答にむすりとヘソを曲げるルチル。
 ラリマーは『わかった、わかった』と話題を変える事とした。

『報告によると、もう1人めぼしい《適合者》がいたそうだ。アバトンに篭っているクスシへの手出しは難しいが、そっちは直ぐに手を回せる』
「ワタクシは行きませんからね? 事後処理で疲れました。誰かさんが騒動を起こすだけ起こして消えてくれたお陰でね」
『拗ねるな。あと教祖様が指名したのはお前じゃないから安心しろ。
 ――今オニキスらが、イギリスに向かっている』
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