毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十二章 日本旅行編

第236話 日の出る国

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『遅いっ! ようやく出たか!! 本題だが、《燐》というウミヘビが飛行機に乗り込んでいないか!?』

 モーズが意を決して着信に出てみれば、予想通りユストゥスの怒声が携帯端末を通して飛行機内に鳴り響いた。

「お察しの通りだ、ユストゥス」
『今すぐアバトンに引き返して港に捨ててこいっ!』
「いやそれが、青洲さんはこのまま向かうと……」
『はぁ!? 何故だ! 一体どんな了見で同行を許可したというんだっ!!』
「ええと、時間と燃料の浪費を懸念して、との事だ」
『そのぐらいの事で同行を許可するんじゃないっ! ええい、貴様じゃ埒があかない! 青洲に代われ、青洲にっ!!』
「青洲さん、ユストゥスが話をしたいと」

 ユストゥスに言われた通り、モーズはユストゥスに繋がる携帯端末を正面の席に座る差し出す。
 が、青洲は微動だにしない。端末を受け取る事もなければ声さえ出さず、石像のように静止したままだ。
 無言不動で、拒否を表している。

(……もしや、私に対応を押し付けてきた……?)
『モーズ! 聞いているのかモーズ! モーズっ!! 青洲に代われと言っているだろう!! 始末書ものの不祥事だぞ、これはっ!!』
「し、始末書っ!?」

 規程違反を犯した事などないモーズは、縁のない『始末書』という言葉に思わず動揺してしまう。しかし青洲は頑なにユストゥスと話す事を拒否してきたうえに、始末書にも一切の反応を示さない。無反応を貫く青洲に、ユストゥスはますます苛立ちを募らせていく。
 結局、モーズは長時間ユストゥスを宥める作業に追われる事となり、その疲労によって快適な空の旅を味わう事なく終わってしまった。
 ちなみに密航した燐本人は、ユストゥスの命で嫌々反省文を書かされていた。

 ◇

 ミーンミンミン……。ミーンミンミン……。

「わぁ~っ! ここが日本かぁ。ネグラと全く雰囲気が違うねぇ」
「ネグラの外観はギリシャがモデルだからな。異国情緒を味わえるだろうよ」

 人工島アバトンを経ってから半日後。
 モーズ達が乗った飛行機は無事に日本へと到着し、富士の山がよく見える土地に作られた飛行場の滑走路へ危なげなく着陸をしていた。
 現在の季節は8月の真夏。
 飛行機の外へ出てみれば、朝方だというのにカンカンと照り付けてくる太陽光の日差しは殺人的で、それでいて湿度も高いので汗をかきにくく、ほてった体温を逃さない。
 滑走路の上に降りたモーズは既に重い足取りで、心配したアトロピンが声をかけてくれた。

「モーズ殿、大丈夫でしょうか。夏の日本は非常に暑いですので、体調が優れない時はいつでもおっしゃってください」
「確かに暑さも辛いが、未だに精神的疲労が残っていてな……」

 半日間のフライトはユストゥスを宥める作業と始末書の作成、燐の反省文の指示に添削に提出と、何故か精神を磨耗して終わってしまった。途中、仮眠も取ったのに気疲れが全く癒えていない。
 なおモーズの隣に立つ青洲は一切悪びれた様子もなく「ご苦労……」と言葉だけで労わってくれた。
 この人、実は面倒臭がりでは。モーズは嫌な気配を感じ取った。

「かーっ! 来た来た来たァッ! 唸るような暑さ! 虫の鳴き声! デカい雲にサンサンと輝く太陽! これぞニッポンよ!! VR空間じゃ砂漠だろうと南極だろうと不快指数が低くなるよう調整されているからねぇ! 現地に来てようやっと肌で感じられるってもんでぃ!」

 密航してまで日本に来たかった燐は、滑走路まで降りるや否や大はしゃぎをしている。日差しの強さも熱さも意に返さず、その場でぴょんと飛び跳ねたり、くるくる回って周囲を見回したりと活発に動き回っている。
 そんな燐の後に降りてきたパラチオンは滑走路の脇、青々と生えた芝生へ視線を向けていた。

「む、虫……。これが、虫……」

 正確には芝生の上に仰向けになって転がる、蝉に視線を奪われていた。
 どうも虫自体、初めて見るらしい。大きな身体を屈ませ、まじまじと蝉を観察しようとして……突如として蝉が「ジジジジッ!」と鳴き始めたのに驚き、アトロピンの側まで一気に後退りをした。そして自分よりも細身で小柄な彼の後ろに身を隠した。

「アトロピン、アトロピン……!」
「落ち着いてくださいパラチオン。虫は殺虫剤である貴方に一切の害を働けませんから」
「だが不可解な動きをしているぞ……!?」
「反射でああいった動きをしているだけです。お気になさらず」

 殺虫効果のある毒素を持っているというのに、理解の及ばない蝉に怯えている。水銀が「パラチオンの実年齢は5歳で、中身もそれに引っ張られている」と言っていたが、本当に幼い子供のようだ。
 するとパラチオンが距離を取ったその蝉の前に今度はアセトアルデヒドが近付き、しゃがみ込んで興味深そうに見詰め始めた。

「へぇ~。これが『蝉』って生き物なんだねぇ。ニコチンは見た事あるぅ?」
「あるぞ。種類は違うだろうが、ヨーロッパにもそこそこいる。けどアバトンだと虫は植物園以外じゃ滅多に拝めねぇからなァ。折角だ、今の内に触っとけ」
「そうだねぇ。えい」

 ニコチンに促されたアセトアルデヒドは素直にちょんと、仰向けの蝉を指先でつつく。
 途端、蝉は「ジジジジジッ!!」と更に大きな鳴き声を響かせたと同時に羽を激しく動かし、縦横無尽かつ規則性のない動きでその場を飛び回り始める。
 それを見たパラチオンはアトロピンの肩を掴んですくみ上がった。何だか毛を逆立てた猫に似ている。

「アトロピン……!」
「平常心を保ってください」

 虫1匹でこの騒ぎ。果たして監視し切れるのか、とモーズは不安を抱きつつ隣の青洲に声をかける。

「それで青洲さん、まず我々はどこに向かう予定なのでしょうか? ……できれば涼しい所に行きたい……」
「少し、耐えてくれ……。そろそろ来る手筈だ……」

 日差しを遮る物がない滑走路にいつまでも居たら、干上がってしまう。
 可能ならば今すぐ移動したいが、青洲は何かを待っているようで待機を命じてきた。一体いつまで、と思った丁度その時、

「あ。誰か来たよ」

 最後に飛行機から降りていたヒドラジンが、目敏く人影を見付ける。
 滑走路の奥、航空機格納庫の方。そこから人影が現れて、モーズ達の方へ歩いてきていたのだ。

「おーっ! 無事に着いたんやなぁ! よかよか!」

 その人影は白虎のフェイスマスクで顔を覆い、白衣を身に纏った日本人男性。

「ひっさしぶりやなぁ、モーズ!」

 モーズが以前、特殊学会で出会った日本の感染病棟院長『柴三郎しばさぶろう』であった。
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