毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十三章 朝顔の種編

第268話 存在価値

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 風呂にも入れて貰って、シミ一つない真っ白な寝衣しんいを提供して貰って、身なりを整えた姿となった朝顔の姿を見た母上は「素敵っ! まるで時代劇の俳優さんね!」と大層興奮していた。
 黄色い声をあげる母上に青洲は呆れながらも「明日も早いんですから」と彼女を自室へ追いやり、就寝するよう言い付ける。そこで朝顔が部屋の掛け時計を確認してみると、長針と短針が上を向いていて、日付けが変わる時間だとわかった。どうやら夜中だったらしい。

「この時間だ。一泊だけ許してやるが、明日には出ていくように。それから、今晩は小生が見張っている。勝手な事はできないと思え」
「……あの」

 徹夜で朝顔と過ごすつもり(そもそも朝顔のいるこの部屋は青洲の部屋らしい)の青洲を前に、朝顔は居住まいを正すと畳の上に手をつけて、深々と頭をさげる。

「寝床の提供までして頂き、有難う御座います」
「礼ならば母上に、言うといい」
「しかしまずは、わたくしを拾ってくださったという貴方様に御礼を伝えなければ。確か『青洲』と、呼ばれておりましたね」
「……そうだ」
「改めまして、青洲殿」

 そこで朝顔は顔を上げると寝衣の帯を解き、前をくつろげる。

は済ませておきました。どうぞ、ご随意に」

 いきなり白い肌を晒してきた朝顔に、青洲はぎょっとした。

「何を……っ!」
「あぁ、もしや任される方がお好きでしたか? わたくしはどちらでも。精一杯、奉仕をさせて……」
「何をふざけた事を言っている!」

 早合点して伸ばしてきた朝顔の手を、青洲は叩き落とす。
 拒絶された意味がわからず困惑する朝顔。だが青洲が明らかに怒っている。それを見て更に混乱した。

「その、わたくしはただ、お礼を……。わた、わたくしには他に、他に何も、差し上げられるモノが、ないのです」

 どもりながらも、朝顔は必死に、ただ純粋に感謝を伝えたかった事を伝える。研究所あそこから着の身着のまま逃げてきて、所持品は何一つない。対価として差し出せるモノがない。あるのはこの身体だけ。故に順当な行為だと思っていたのだ、と。
 そう伝えても青洲が険しい表情のままだったので、朝顔は目を泳がせながら頭を下げ、精一杯の謝罪をした。

「不快にさせてしまい、申し訳ありませんでした。……直ぐに、ここを出ます。御母堂に、よろしくお伝えください」
「待て」

 ふと、身体を引き摺るように部屋の出口に向かおうとした朝顔を、青洲が止める。

「お前は肌を晒す事が、どうして礼になると思った?」
「……求められて、きたからです。身体だけが、それだけが、わたくしの価値であるから、と」

 研究所あそこでは毒を宿す血を求められる事もあれば、肉欲を満たす器として求められる事もあった。だがどちらにせよ朝顔の人間性というべき部分は見向きもされず、喋る事も考える事も不必要と言い聞かされてきた。
 ただ搾取される肉塊としてあればいい、と。
 それに耐えられなくなって、職員の隙を付いて逃げてきたのだ。なるべく遠くへ行って、誰の目にも止まらない場所で命を落とせば、もう苦しい思いをしなくていいから。
 詳細は語れないので、ぼかしながらになってしまうが、なるべく嘘偽りなく伝える朝顔。しかし青洲の顔は依然と険しいままだ。

「出て行かなくて、いい」

 なのに滞在の許可を出してくれた事に、朝顔は戸惑う。

「よ、よいのですか?」
「ただし、二度と身体を売るような真似はするな」
「売る……?」
「……!? お前まさか、一方的に……っ」

 何故かより一層、青洲が怒っている。朝顔は焦った。

「あ、あの、青洲殿。わたくしはまた何か、おかしな事を言ってしまったでしょうか?」
「……いい。眠れ。疲れているだろう。小生もなかなか、疲れた」
「は、はい。わかり、ました」

 結局よくわからないまま、朝顔は布団に寝かされてしまい、青洲と一夜を過ごす事となる。

 ◇

 翌朝。
 母上に朝食までご馳走になった朝顔が「何かお礼を」と昨晩の反省を踏まえ訊ねた所、朝顔が過ごしていた二階から一階へ案内され、

「ま~っ! と~っても似合うわ朝顔ちゃん!」

 そこで衣紋にかけられていた袴を着させられた。一階は彼女の経営する呉服屋の店舗だったらしい。

「御母堂。着物とは日本人の身体に合わせあつらえた物で、異国の者が着ても似合わないのでは……」
「そんな事ないわよ朝顔ちゃん! 着物は誰が着なくちゃいけないとかないわ! だって所詮は服ですもの、服! 尤も朝顔ちゃんは綺麗でスタイルもいいから、何を着ても似合うでしょうけど」

 母上は袴を着せただけで満足せず、桐箪笥から続々と男物の着物を取り出しては朝顔に服の上から合わせ、「これも似合う! あれも似合う!」と大はしゃぎしている。

「ねぇ、朝顔ちゃん。行く宛がないんでしょう? よかったら私のお店で働かない?」
「はい……。はい……!?」

 適当に相槌を打っていたらまさかの提案をされ、朝顔は大いに戸惑った。
 何せ朝顔は喋るという意思疎通は問題なくできるが、文字が書けないし読めないのだ。何なら算術もできない。
 必要ないとされていたから。

「その、わたくしは文字の読み書きや算術も覚束ない、無能でございます。ご迷惑をかけてしまうのでは……」
「そんなの今から覚えていけばいいわ! 当分は看板娘ならぬ看板息子をしてくれたらいいから!」
「あ、え、その……。わ、わかりました」
「本当!? ありがとう朝顔ちゃん!」

 母上の勢いに押されてしまい、また本当に行く宛がなかったのもあり、朝顔はつい承諾してしまった。
 その一部始終を店の端でずっと見ていた青洲が、呆れた視線を母上に送っている。

「母上……」
「何よ~っ! 働かざるもの食うべからず、って常々言っているのは青洲ちゃんでしょう?」
「客寄せしたいだけでしょう……」
「それが何よ~っ! そこにいるだけでお客さんを呼べるって凄い事よ!? 接客業ではと~っても重宝するんだからっ!」

 所謂、身体(顔)目当てというやつである。
 しかし研究所あそこでの扱いとは随分と違う。

「身元のわからない記憶喪失者を雇うなんて、本気ですか?」
「本気も本気よっ! 今まで沢山の人を接客してきたもの、良い人と悪い人の区別くらいつくわっ! それより初日は何を着せようかしら? 新作もいいけれど古典柄も……。きゃ~っ! とっても似合いそう!」

 興奮した様子の母上の手によって、畳の上に着物が積み上がっていく。その着物全てが朝顔に着せる候補のものらしい。
 そんな活発な母上を朝顔が呆然と眺めていると、青洲がにじり寄ってきて昨晩のように険しい顔を向けてきた。

「……朝顔」
「は、はい。粗相のないよう、精一杯勤めます」
「いや、それもそうなのだが……。母上の店には一人、学生の従業員がいる。その、女性なのだが、ええと、彼女に……」
「はい」

 昨晩と打って変わって歯切れ悪く喋る青洲。それでも朝顔はじっと彼の言葉を待っていると、最終的に何故か顔をそらされてしまった。

「……い、いや、何でもない。迷惑は、かけないように」
「はい? わかりました」

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