毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
288 / 600
第十三章 朝顔の種編

第281話 朝顔の種

しおりを挟む
(……走馬灯、というものでしょうか)

 意識が霞みがかっていく中、今日までの出来事が頭を駆け巡ったアトロピンは、そんな事を思っていた。

「朝顔、朝顔っ! しっかりしろ!」
(あぁ、そうです。わたくしは、『朝顔』。御母堂が名付けてくださった、素敵な名前。決して、偽名などではなく……)

 “手”の菌糸を防ぎきれなかったのか、青州のフェイスマスクの留め具は外れて、顔から落ち庭に転がっている。
 よってあの夏の日、『朝顔』に心からの感謝を述べてくれた時と、何ら変わらない素顔を見る事ができた。
 異なるのは、狐色の瞳を見開いて、必死の形相をしている所か。

「青州先生……」

 どうか、笑って。
 加恵殿と、御母堂と、暮らしていた時と同じように。
 そう伝えたかったけれど、もう声は出ない。それでも青州が自分をまた『朝顔』と呼んでくれた事が無性に嬉しくって、『朝顔』は穏やかに微笑み、そのまま目を瞑った。

 その『朝顔』に喩えられた瞳が再び開く事は、なかった。
 二度と。

「青州さんっ!」

 何の反応も示さなくなってしまったを前に、青州が呆然としていると、菌床から遠ざけていたモーズが駆け付けてきた。
 彼に続き、アセトアルデヒドも青州も元へやってくる。

「モーズ先生ぇ、近づいたら危ないってぇ。中毒になっちゃうよぉ」
「しかし、アトロピンが深手を……っ! 再生が追い付いていない! 治療をすべきだろう!」
「……いや、これは、もう……」

 アトロピンの出血は依然と止まっておらず、再生も発動していない。
 この【器】は壊れたと、判断するには十分であった。アセトアルデヒドは無言で首を振る。

「そんな、アトロピン……」
【殺セタ? 殺セタ? 《御使い》モナシ得ナカッタウミヘビ殺シヲ?】

 その時、モーズの頭の中に直接響くように〈根〉の声が届いた。

【ギャハハハハ! ヤッタァ! ヤッタゾォ! コレデ教祖様モオ喜ビニィッッ!!】
「っ! 何故笑う! 何故喜ぶ! 人の命を奪っておいて、笑う事など……っ!」
「……笑う?」

 〈根〉の声に怒りが募り、〈根〉が喋った事をつい口に出してしまったモーズだったが、それに青州が反応した事により、彼の前で言うべきではなかったと慌てて取り繕おうとする。

「あっ、いえ、青州さん」
「笑ったと、言うのか。彼の事を」
「ええと」
「モーズ」

 何とか誤魔化そうとしたが、青州に鋭い眼光を向けられ、その圧に負けてしまったモーズは正直に答える他なくなってしまう。

「……はい」

 肯定した直後、ピリリと空気が張り詰める。
 怒っている。殺意を抱いている。それを肌で感じる。

「……小生は、何も成せなかった、救えなかった。だが、だが……」

 ゆらりと、青州は立ち上がった。そして天空に浮かぶ菌床を睨み付ける。

「貴様を、事ぐらいならば、できる」

 彼が宣言した丁度その時、国連軍が現場に到着したようで、武装した軍人達が続々と敷地の中へと突入してきた。

「おいクスシ共! 何だこの状況は!?」

 そして真っ先にモーズ達の元へやってきたのは、有事の際は指揮官も務める国際連盟秘密警察組織アメリカ支部、かつて人工島アバトンへ視察にやってきた事もある『マイク』であった。

「マ、マイクさん!? どうしてここに……っ。ここはアメリカではなく、日本だろう……っ!?」
「日本には米軍基地がある事ぐらい把握しておけ! 私もまさか、合同演習中に駆り出されるとは思っていなかったが……っ! それよりも! 一体全体どうすれば菌床が浮遊するなどという異常事態が起きるのか、という説明をだな……!」
「知り合い、か。ならば、話が早い」

 常識の範疇を超えている光景を前に状況説明を求めるマイクに対し、じとりと、青州が視線を向ける。

「軍を含め、人を全て、撤退をさせろ。具体的には、屋敷を中心に、半径一キロ程か……」
「は? む、無茶を言うな! お前の勝手な一存で、そんな訳のわからない指示が通るとでも……っ!」
「従わないのならば、死ぬだけだ」

 そう語る青州の目は据わっている。本気だ。
 有無を言わせない圧に、マイクでさえたじろいでしまう。

「20分、待つ。迅速に頼む」
「はぁっ!? そんな短時間で避難誘導をしろと!?」
「……残り、19分か……」
「……っ! クスシは変人しかいないのか!?」
(正直、否定はできない……)

 モーズは心の中でそっと肯定をした。
 いくら理由のわからない無茶苦茶な指示でも、民間人含めた人命を脅しに使われてしまえば、国連警察であるマイクは動く他ない。彼はぶつくさ文句を呟きつつ、民間人の避難と配置についた部隊の撤退を指示。言われた通り屋敷から去っていった。
 指揮官を任されるだけあり、とても手際がいい。
 軍人達がいなくなった所で、青州は今度はアセトアルデヒドに指示を出す。

「……すまない、アセトアルデヒド。を、頼めるか」
「うん、いいよぉ」

 指示を受けたアセトアルデヒドは目覚めない眠りについたアトロピンの元に歩み寄り、穴だらけとなった身体へ手を伸ばし――胸の中心を、貫いた。
 突然遺体の損壊を始めた彼に、モーズはぎょっと目を見開く。

「アセトアルデヒド……っ!?」
「モーズ、静かに……。……《卵》の回収を、頼んだんだ」
「たっ、《卵》とは……?」
「人間で言う、心臓に当たるもの……。ウミヘビの間では、《卵》と呼ばれる」

 やがてアトロピンの胸から手を引き抜いたアセトアルデヒドの手の中には、海を卵の形に固めたような、楕円状の青い球体が握られていた。

「ウミヘビの毒素の、源だ……」

 ウミヘビが有毒人種ウミヘビである為に、必要不可欠な毒素。
 それを生成している物こそ、今アセトアルデヒドの手に握られている《卵》なのだと、青州は語る。

「尤も、『朝顔』にとっては……《種》と呼ぶ方が、似合っているだろうな」

 そこでふっと、青州は切なげに眉を下げ、自嘲をしたのであった。



 ▼△▼

 次章より『煙草の灰編』、開幕。

 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
 『朝顔の種編』これにて完結です。いつになく長い章になってしまった。しかしたっぷり青洲とアトロピン(朝顔)の過去話が書けて筆者は満足です……。
 あと彼らが初登場した四章から、貯めに貯めた伏線を回収しまくれて気持ちいいっ! となっておりました。回収まで長かった……。(※ここで五章の第81話『植物園視察』を読み返してみよう! ネフェリンがいかにアトロピンの地雷を踏んだかわかるよっ)

 次章では、ニコチンとアセトアルデヒドの過去が語られます。
 ズレ込みにズレ込んでしまったが、いよいよです! お楽しみに!

 もしも面白いと思ってくださいましたらフォローや応援、コメントよろしくお願いします。
 励みになります。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

処理中です...