毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十四章 煙草の灰

第282話 天空の城

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 夜空には相も変わらず、青洲のアイギスによって菌床が屋敷ごと浮かんている。その光景は、紫色の光に包まれた天空の城と喩えるのに相応しい。
 ニコチンと燐、パラチオンの銃撃により菌床は幾らか小さくなったが、よほど大量の養分を蓄えているのか、菌糸を撃っても撃っても増殖をし続け、枯れる気配を見せない。
 撃ち落とされた菌糸と、〈根〉に毒素が回らないよう自ら切断パージした菌糸は、天空の城の真下、庭へ落ちて積み重なり、赤い絨毯を敷いていく。

『おい! 言われた通りに動いてやったんだ、後で詳細をちゃんと説明しろよ!?』

 そこに周囲の軍の撤退と住民の避難をキューピッチで済ませたマイクの通信が、青洲の元にかかってくる。

「協力、感謝する」

 ブツン。
 全く感謝が感じられない声音で礼を告げた青洲は、マイクが二の句を継げる前に一方的に通信を切ってしまう。

「燐、ニコチン、パラチオン……。降りて来い」

 そのまま彼は天空の城の上にいるウミヘビ達へ、腕時計型電子機器の通信機能を介して指示を出した。

「菌床を、
『あ゙ぁ゙? マジかよ……!』
『えぇっ!? 本気かい旦那っ!』

 青洲の宣言にどよめくニコチンと燐。
 だがパラチオンは、戦うのに不都合のない現状で戦線離脱を命じられる意味がわからず反発した。

『今になって何故そんな事をする必要がある! このまま俺様が処分をすればそれで済むだろうっ!』
「アトロピンが、壊れた」

 しかしその理由を聞いた途端、パラチオンは静まり返った。

「お前達が毒素を生成し続け、中毒に陥っても、解毒ができない。……短期決戦で、いく」
『……壊れる? アトロピンが? 何故だ、あいつはそんな柔なウミヘビではないだろう。何故、何故そんな事に……』
『うるせぇよ。命令がきたんだ、ともかく降りるぞ』
「その前に、燐」
『あいよ』

 菌床を撃ち落とす為、次に取るべき行動をわかっている燐は具体的な指示がなくても従い、自身の得物であるペッパーボックスピストルの銃口を真上に向けると、淡青色の発光体を生成、徐々に大きくしていき、くす玉程の大きさまで成長させた後――引き金を引いた。

『かーぎや~っ! てねぇっ!!』

 パァンッ!
 大きな銃声と共に、発光体は空高く撃ちあがり、雲に届かんばかりの高さにまで真っ直ぐ一直線に突き進み、
 ヒュ~…………。ドンッ! ドドンッ!!
 夜空に、大輪の花を咲かせた。

『……これも追悼に、なるかねぇ』

 ◇

「モーズ先生ぇ。僕の側、離れないでねぇ?」
「あ、あぁ」

 淡青色の花弁が夜空に舞って少しした後、ニコチン達は迅速に地上の庭へ帰還。
 それにより、そろそろ『来る』ことを察したアセトアルデヒドはモーズをなるべく自身に近付け、不測の事態に備える。
 その時、停空していた天空の城は更に高度をあげていき、地上からますます離れていった。

「……浮かべ。もっと、高く。もっと、もっと、もっと……」

 燐が咲かせた花火の高さまで届くよう、青洲がアイギスに命じたのだ。
 雲に届かんばかりに。星に届かんばかりに。
 そして十二分の高さを稼げたと判断した瞬間、彼は叫んだ。

「来い。ヒドラジン……!」

 ◇

 富士の山の麓、日本感染病棟。そこに付属する、飛行場の滑走路。
 そのど真ん中では、ロケットランチャーの形をした抽射器を空に向け構えるヒドラジンの姿があった。
 彼の周囲及び、顔に付けた白いゴーグルの内側ではホログラム映像が投影されており、標的までの位置情報が表示されている。
 そこに、燐の放った花火が大きく映った。暗い夜を明るく照らす大輪の花。
 輝く花の光によって照らされる天空の城。それを見たヒドラジンは、標的の位置を特定。
 ロケットランチャーへ注ぐ毒素の出力を調整する。

「湿度、風向き、空気抵抗、距離……。……経度と緯度の誤差、100メートル……。50メートル……。25メートル……。1メートル……。50センチ……。30センチ……。……10センチ……」

 ヒドラジンが照準を合わせると同時に、ぶわりと巻き上がる風。同時にたなびく、ヒドラジンの白髪。
 ロケット弾に纏わせる為に放出した彼の毒素が、渦を巻いているのだ。
 このロケット弾はオフィウクス・ラボが製造した、対【大型】感染者及び菌床を根こそぎ死滅させるのを目的とする、火薬と毒薬がたっぷりブレンドされた破壊兵器である。
 ヒドラジンはその兵器を標的に確実に届ける為、上乗せした毒素によるコントロールを続ける。

「ファイブ……、フォー……、スリー……、ツー……、ワン」

 次いで告げられる、カウントダウン。

「――ゼロ」

 それが終わると同時に引き金を引き、

「発射」

 白煙と共に、ロケット弾が空高く撃ち上げられる。
 雲に届かんばかりに、星に届かんばかりに撃ち上げられたロケット弾。しかしそれは重量に従い、やがて放射線を描いて堕ちていく。
 その着弾地点は、天空の城だ。

 ――ドカンッ!!

 ホログラム映像越しに届く真っ白な閃光。響く轟音。波紋のように広がる衝撃波。
 だがロケット弾が当たったのは天空の城、そこに巣喰う菌床のみ。
 この一撃を受けた菌床は、熱と衝撃と炎と毒素で〈根〉ごと死滅。屋敷は原型がなくなる程に木っ端微塵となり、火の手があがり、残骸は墜落。
 崩壊を、始めた。

「命中、ってワケ」
「県跨いで命中させる奴があるかい」

 ヒドラジンの横から歩いてきた柴三郎が思わず突っ込む。
 彼のロケット発射の監視を青洲から頼まれ、ずっと見守っていたのだ。

「あ、柴さん。場所提供感謝感謝」

 肩に乗せていたロケットランチャーを下ろし、軽い口調で感謝を告げるヒドラジン。

「あとちょっと、俺の回収、よろ……」

 次いでふらついたかと思えば、彼は正面に倒れ込んできた。

「おおっと!?」

 慌ててヒドラジンに駆け寄り受け止める柴三郎。一体どうしたのかと思えば、寝ている。爆睡している。
 どうやらかなり負担のかかる攻撃だったらしい。しかしそのデメリットを考慮しても、遥か遠くから発射したロケット弾を標的に当てる手腕は現実離れし過ぎている上に、ニコチン達が3人がかりでも手こずっていた菌床を一撃で死滅させてしまった威力はあまりにも過剰だ。
 どう考えても、いち研究所が持っていていい武力の範疇を超えている。

(オフィウクス・ラボ怖)

 そんな事を考えながら、柴三郎はヒドラジンをおんぶすると感染病棟へと足を向けた。

 ◇

 今回の同行者ヒドラジンが請け負う、オフィウクス・ラボの奥の手たるロケット弾。周囲の被害を度外視した強攻策。
 それは無事に達成され、天空の城は撃ち落とされた。
 それに伴い、爆撃から生き残ったアイギスが天空の城から離れ、ゆっくりと降下していく。

「アイギス、ご苦労。酷使して、すまなかった。後は、好きに……」

 城を空高く浮かべる。攻撃に巻き込む。といった無茶を課してしまったアイギスに向け、青洲は右手を伸ばし身を捧げる事を示す。
 しかしアイギスは青洲の血を吸い尽くすと言った事はせず、風に流されて各々何処かへ飛んでいってしまった。野生で生きる事を選択したようだ。
 一匹を除き。
 その一匹のアイギスは青洲の手の平の上に乗り、いつも通り、彼の中へ還っていく。

「還る、のか。こんな、小生の元に……。……。わかった」

 戻ってきてくれたアイギスに青洲は力無く微笑む。
 その直後、彼は糸が切れたかのように、庭へ倒れ込んだ。
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