毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十四章 煙草の灰

第283話 急患

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『天空の城が突如爆発しました! 現在、周囲への被害を確認して……っ!』

 オフィウクス・ラボの共同研究室。
 そこの中心に大きく投影されたホログラム映像が、日本の街中で巻き起こった菌床騒動のニュースを流している。
 突如として屋敷の屋根を突き破って現れた無数の“手”状菌糸に、青洲のアイギスによって浮かび上がり『天空の城』と化した菌床。
 その最後はロケット弾の着弾によって爆発した、という内容だ。

 騒動の一部始終をニュースを介して知ったクスシ達は作業の手を止め、唖然とする他なかった。

「なぁにこれ」
「ロケット弾使ったとか嘘だろ!? 所長の許可は!?」
「いやどー考えても取ってないっしょ~。あ、今所長からびっくりスタンプ送られてきたわ」

 手を震わせ戦慄くパウルに、携帯端末の画面を見て無許可発射を悟るカール。

「ま、街中でロケット弾を使用するなど正気か……!? 僅かでも着弾地点を誤れば街が消し飛ぶだけでなく、大気汚染、落下物の墜落、その他後始末を何も考えていない愚行! あの男はそれ程の愚か者だったのか……!?」
「どうだろうねぇ」

 ユストゥスは青洲の取った強攻策を「信じられない」と嘆いたが、フリッツは否定し切れない様子で自身の携帯端末の画面を眺めていた。

「今モーズくんから連絡が来たけれど、アトロピンが、【壊れた】って」

 そして携帯端末の画面に綴られたモーズからの電子メールを読み上げ、共同研究室に静寂を与える。

「それだけ、追い詰められていたのかもしれないね」

 室内に流れる重苦しい空気。ウミヘビが【壊れた】のは久々の事で、フリーデンに至っては経験がない。しかも【壊れた】のは古参の方であるアトロピン。異常事態であり、非常事態である事を伝えるには十分であった。
 しかし重い空気が苦手なフリーデンは(黙っていても仕方ないし)と、ひとまず流れを変える為、違う話題を口に出す。

「そっ、それにしても菌床を持ち上げるとか初めて見ましたけど、アイギス使いの先輩方も出来るんですよね? いやぁ、俺もいつか生で見てみてぇなぁ」
「無茶言うな。小規模でもキツいわ」
「無理無理無理できないできない。あんな事したら失血死するって!」

 『天空の城』の再現なんて不可能、と首を横に振るパウルに両手をクロスさせ全力で否定するカール。
 しかし青洲は、やってのけている。

「え、失血死って……。じゃあ青洲さん……」
「だいーぶヤバい状態でしょうよ。生きて帰って来れるのか、怪しいよ?」

 ◇

「青洲さん、大丈夫ですか青洲さん!」

 庭に倒れ込んでしまった青洲に、モーズが必死に声をかける。
 顔が死人のように青白い。体温も下がってきていて冷たい。また瞳孔は開き、脈は乱れている。非常に危険な状態だ。

(失血だけでなく、中毒に陥っている! 早く処置をしないと……!)

 今はアトロピンの遺体から距離を置いた場所に移動させているが、青洲は倒れ込むその時までアトロピンの側に居た。
 青い血溜まりの中に居た影響で、毒素に身体が蝕まれている。
 しかしここは街中、民家の敷地内。治療設備はない。軍も民間人も避難し側にいない。車という足もない。一刻も早く医療施設へ連れて行かなければならないのに、とモーズが焦っていると、ふと自身の上に影がかかった。
 見上げれば、特殊救急車スーパーアンビュランスタイプの空陸両用車が頭上を飛んでいる。
 その救急車は庭の開けた場所へ着陸、停止すると勢いよく運転席のドアを開けた。

「はいはーい! 只今現着でっす!」
「お迎えにあっがりました~っ!」

 中から現れたのは猿面を付けたきよしと、狸面を付けた佐八郎さはちろうである。
 彼らは倒れ込んでいる青洲を見ると直ぐに状況を察し、後部ドアを開くと担架を取り出した。

「おっと佐八郎、急患急患!」
「おっと潔、輸血準備輸血準備!」

 目視だけで的確な診断を下しつつ、2人はテキパキと青洲を救急車の中へ運び込む。緊急事態に慣れているのか、手際が非常にいい。

「他に負傷者おりますか~?」
「誠心誠意対応させて貰いま~すっ!」

 話しながらも2人は車内で必要な威力器具を用意、瀕死の青洲に施していく。

「負傷者、は……」

 モーズは視線をアトロピンに向け、言葉を飲み込む。
 負傷者ではなく、遺体を。

「規則的にも放置できないからねぇ。【器】はアッシが回収しておくよ」
「血痕の処理は国連軍に押し付けとくか」

 石のように冷たくなってしまったアトロピンを抱き上げたのは、燐である。ニコチンは庭に残った青い血痕の対処について冷静に話をしている。
 ただパラチオンだけが、アトロピンが壊れたという事実を受け止められず、紅い目を泳がせていた。

「おい、何故そんな、平静でいられるのだ。異常事態が起きているのだぞ。……アトロピンが、ウミヘビが、壊れて……」
「初めてじゃ、ないからさァ」
はよくあったんだ。珍しくもねぇ」

 燐はどこか寂しげに目を伏せ、ニコチンはいっそ冷淡な程いつも通りの態度でいる。
 珍しくもない。その言葉が、モーズの胸を締め付けた。

「おいモーズ。何ぼうっとしてンだ、さっさと行くぞ」
「……あぁ」

 ニコチンに催促されたモーズは、最後に庭に残された青い血溜まりを一瞥した後、ウミヘビ達と共に、救急車へと乗り込んだ。




※補足
今回使用したロケットランチャーとロケット弾そのものは一般的な兵器と同じ作りなので、ウミヘビに限らず誰でも撃てます。
ただヒドラジンが扱う場合、彼の毒素コントロールが付与できる仕組みになっていて、標的を確実に狙い撃てるようになっています。
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