毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十四章 煙草の灰

第290話 代替品

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※この回はグロテスクな展開が続きます。ご注意ください。

 ◆

 ――地獄ってのは、人の形をしているんだな。

「何故だっ!!」

 ヒステリックな叫び声が鼓膜を貫く。若い男の声だ。

「何故うまくいかない! 理論上は完璧だというのに! 一部の隙もないというのに! どうして成功しない! フリードリヒにできて僕にできない筈がない!!」

 ガラスの中、羊水代わりの培養水越しに聞こえる声だから、まだマシではあったと思う。

「クソクソクソ! もっと被験体が必要だ! 僕は間違えない! 僕は正しい! いつだって!! それを証明する為にも人を集めなくては!!」

 何を苛立っているのか。何を焦っているのか。俺にはてんで理解できねぇし、心底どうでもいい。
 ただ、眠りを妨げて欲しくないってだけだ。

「もういい! 使えない奴は必要ない! 全部廃棄だっ!!」
「しかし室長! 廃棄するには手間がかかり過ぎます! 体力も耐性も人間とは違うのです! 毒素は勿論、純粋な力も強いのですから、抵抗されてしまえば……!」
「残らず焼いてしまえばいい!!」
「汚染に施設が耐えられません!」

 バンッ!
 ガラスを叩く大きな音が目の前で響いて、微睡の中にあった俺の意識が浮上していく。

「……お前。お前は使い道があるな。チッ! これで妥協するしかないか……! 忌々しい……! 《モルヒネ》さえ作れたら何も問題なかったと言うのに!!」

 もるひね? もるひねって何だ。もるひね、モルヒネ……。
 あぁ、確か、麻酔だかに使う毒だったか。ちゃんと知識として刷り込まれていたな。
 けどその毒は俺じゃない。俺は、

「僕が使ってやるんだ、感謝しろ――《ニコチン》」

 そうだ、《ニコチン》だ。

「来い。最初の仕事だ」

 それからガチャガチャと無機質な機械音と共に、身体が培養槽ごと揺れる感覚を覚えた。運ばれている。
 いい加減、起きなくてはいけないんだろうか。俺はまだ寝ていたいんだが。
 何せ酷く眠い。胸を中心に生成される毒素が許容量を超えている。まるで安定してない。このまま起きた所で即刻、中毒に……

 ガシャンッ
 ガラスが、培養槽が乱暴に割られて、俺は“外”に引きずり出された。
 生温かい培養液から引き離され、冷たい床へ転がされ、一体全体、何が起きたんだと目を開けようとして、
 激しい痛みが腹部から走った。
 ギュイイイイン
 甲高い機械音が耳元で聞こえる。重い瞼を開ければ、真っ青な血吹雪が噴き出していた。刃が回転する装置、チェーンソーで、腹が、抉られている。
 痛い。痛い。痛い。
 絶叫と共に床を蹴って逃げ出そうとしたら、電動ドリルで手の平やら足の甲やらを貫かれ、床に貼り付けにされた。虫の標本みたいに。
 身動きも抵抗もできない。頭を振り叫ぶしか、出来ることがない。そう言えば、人間は産まれて初めてあげた声の事を、産声と呼ぶんだったか。
 これが俺の、産声か。

 派手なオレンジ色の防護服に身を包んだ奴らは、抉った端から再生する俺の腹部に刃を当て続け、ひたすら流血を続けさせた。獣の血抜きをするかの如く、作業的に。
 青い血が白い床を染めていく。やがて機械音をかき消すような叫び声が聞こえてきた。誰かいる。そいつは、そいつらは防護服を着てない。と言うか衣服を纏っていない。そして俺と同じように負傷し、流血している。その血は、青い。
 俺の同類だ。
 10人はいるだろうか。けど俺と徹底的に違うのは再生速度の遅さと、俺の血に耐えきれず中毒に陥っている所だ。しかし鎖で床やら壁やらに繋がれたそいつらに逃げ場なんてなく、防護服の連中が救いの手を施してくれる事もなく、顔を青くし、嘔吐し、痙攣し、錯乱し、血反吐吐いてもがき苦しんで力尽きて、ばたばたと倒れていった。
 一人残らず。

 皆んな皆んな、殺された。
 いや、殺したのか。俺の血で。俺の作った真っ青な海で。
 その直後、思い出したかのように襲ってくる鋭い痛み。燃やされているのではと錯覚する程の激しい熱。真っ白になる頭ん中。全身から吹き出る汗。迫り上がってくる吐き気。そうして口内から溢れ出てきた血で、窒息しかける。息が苦しい。あぁでも、俺の身体は人間と違って、そんなに酸素は必要じゃなかったんだっけか?
 どうでもいいか。

 どうせもう、死ぬのだから。

 ◇

 結論から言うと、俺は死ななかった。より正確にいえば生かされた。
 《モルヒネ》の代替品として、使い道があるからと。
 腕に足に首に鎖を付けられ、白い床に縫い止められ、日がなされることと言えば『血抜き』だ。といっても俺の皮膚は頑丈なものだから、注射の針なんて簡単には通らない。
 だから工具で穴を空け、そこから血を搾取する。作業が終わり機材が離れたら塞がるから、翌日にはまた穴を空けられる。
 毎日。毎日。毎日。毎日。毎日。
 時計がなく常に明かりが付けられた、朝も昼も夜もわからない閉鎖的な部屋だから、具体的にどれだけの時間が経ったのか何て知る由もないが、数えるのが馬鹿らしくなるぐらいの回数、血が流れたのは間違いない。
 血を何に使っているのか何て知らない。知る気もない。

 そんで残念な事に、俺の身体は舌を噛み切っても致命傷にならない。
 自分じゃ、終われない。
 それでも与えられる一方的な痛みをどうにかしたくて、けど口でどれだけ訴えても雑音として処理され、何の意味をなさないから、最終的に、俺は防護服の連中を殺す事にした。
 腕に繋がる鎖を巻き付け首を絞めた。俺に餌をやろうと髪を掴んできた奴の喉笛を、防護服越しに噛みちぎった。不自由な足を使って転倒させ、低い位置に落ちてきた頭をそのまま腕で床に叩き付け、潰した。

 反抗的な態度を示す度、鎖越しに電流が流され、全身に激痛が走る。内臓が焼かれる。口内から焦げた臭いが漂ってくる。
 それでもまだ、生きている。
 早く殺せばいいのに、加減される。痛みに縛り付けられている。
 訴えが足りなかったんだろうか。ならもっと殺せば伝わるだろうか。
 どうすれば、コレは、終わるんだろうか。

『室長! また職員が殺されました!』
『はぁ!?』

 白い扉の向こうが騒がしい。ついさっき、防護服ごと腹を足で貫いた奴の事で、揉めているみたいだ。

『あんな小物一人に何を手こずっている!』
『しかし……! どれだけ拘束をしても暴れて手が付けられませんて……!』
『その程度で怯むな! また気絶するまで電撃を浴びさせたらいいだろう!』
『しかしここ最近、気絶するまでの間隔が長くなってきましたし、目覚めるのも早い! だからとこれ以上、出力をあげると生命の危険が……!』
『《人造人間ホムンクルス》相手に何を躊躇しているんだ! もういい、僕が直接行く!』

 扉が開いた。荒い足音を立てて誰かが入ってくる。恐らく『室長』とやらだ。
 他の奴らと同じく派手なオレンジ色の防護服を着ているが、透明なゴーグルの奥に見える漆黒の目は特徴的で、区別がつきやすい。

「まさに獣だな。所詮は人のガワだけ被った《人造人間ホムンクルス》か」

 吐き捨てるように言うがよ、お前ぇらそもそも俺を人扱いしてねぇだろが。

「チェーンソーに火炎放射器。釘や鉄、ハンマーがいるな。持ってこい」
「室長、何をするおつもりで……」
「必要のない箇所を切り落として、塞ぐ」

 そう言って室長は俺の髪を鷲掴み、ぐいと引っ張り上げた。重い鎖がぶつかり合って、ジャラジャラとうるさい音を立てる。

「単に斬っても直ぐ雑草みたく生えてくるからな。それを防ぐ為には、蓋をするのが手っ取り早い」

 間もなくして部屋に運び込まれた機材の刃が、俺に向けられる。

「痛いか? 自業自得だな。大人しくしていれば切り刻まれる事もなかったのに、救いようのない馬鹿だ」

 鋭い痛み。激しい熱。
 初めて目を開けた日に与えられた痛みと同じ、いやそれ以上の痛み。

「お前は何も考えず、ただ僕に血を寄越せばいいんだよ」

 けど悲しいかな。
 気を失う程の痛みを味わい続けていた所為か、肉を断つ痛みも骨を断つ痛みも耐えられてしまって、意識を飛ばす事が出来なかった俺は、ぼんやりと室長を見上げた。

「何だ、その目は……。生意気な目……。……そんな目で、僕を見るな! 見るな!!」

 直後、思い切り顔を蹴られた。腹を踏み付けられた。
 ただ見ていただけだってのに、理不尽な奴だ。

「はぁー……っ! はぁー……っ!」

 それでも興奮が収まらない様子の室長は、関節人形みてぇに手足を外された俺をゴーグル越しに睨み付けてきた。

「……目には目を、歯には歯を、だったか……」
「室長?」
「おいお前、メスを用意しろ。電動メスだ」

 室長は、今度は俺の首に繋がる鎖を掴んで、乱暴に持ち上げる。

「こいつには目も歯も要らない……。全部、削ぐ」
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