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第十四章 煙草の灰
第297話 灰
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「まーる焦げっ! ひっどい有様だねぇこりゃっ!」
鹿の頭蓋骨を模したフェイスマスクで顔を覆った新人クスシ、カールは目の前の惨状に「うひゃあ」と頓狂な声をあげていた。
街のど真ん中に建てられた教会が火事で燃えた、という事前情報通り、煉瓦造りの教会は骨組みだけ僅かに残し見事に燃えてしまっていた。その火は周辺にも燃え移り、30を超える住宅やビルを消し炭にし、3桁を超える犠牲者を出してしまっている。
当然、火事の報せを受けた消防は尽力したのだが、炎の勢いが異常に強いうえになかなか消えず手間取り、完全に鎮火するまで2日もかかってしまったという。
「すすで真っ黒な上に、瓦礫ばっかでどこに何があるんだか~」
カールは黄色と黒の規制線が貼られている教会跡地の中へと入り、瓦礫を背中から生やしたアイギスの触手で雑にどかし、下を舐めるように見詰める。
そして瓦礫に埋まっていた扉を、見付け出した。
「ビンゴ」
カールは迷わず扉を触手で引き剥がして開け、隠し通路へ繋がる階段を露わにする。
中は暗いだけでなく、焼けた事によって黒くなっている。カールは浮遊型自動人形を起動し、中を照らして貰いながら階段を降り始めた。
その最中、通路を見つけた事を報告する為、浮遊型自動人形の通信機能を起動させる。
「あっ、シアン~? 聞こえる~? 隠し通路あったの教会だったわ~。出火元が当たりだったみ~たい。え? そっちダミーじゃなかったの? マジか。中どんな感じ? どんな感じ? え? 吐き気を催すから言いたくない? シアンが言うって相当だねぇっ! 想像したくないわ~」
この火事に《ウロボロス》が関わっていると読んだオフィウクス・ラボの所長は、クスシとウミヘビを複数人派遣、調査をしている最中であった。
また焼けた建物とは別に、研究所と思われる建物も見付けたので、シアンは研究員がいるかもしれないその建物の調査を優先させられ、渋々カールと別行動を取っている。
カールとしては街中の目立つ所にあったのでダミーの可能性が高い、と予想していたが、まさかそちらも使われていたとは。
「こっち~? 原型がわからないレベルで焼けちゃっているのよ~。探しモノ見っつかる~かなっ?」
燃やし尽くされたこの状態では、研究データは残っていないだろう。階段を降り切り廊下へ辿り着いたカールは、人影がいるかどうかだけに気を付け歩き回る。
地下には培養槽が設置されている研究室らしき部屋や、天井に幾何学模様が描かれた小ぶりな部屋や、寝泊まり用の部屋や物々しい鎖が残る謎の白い部屋など、色んな部屋があった。
そして廊下にも部屋にも、黒く炭化し性別も年齢も顔もわからなくなった焼死体が、何体も転がっていた。
そんな中、カールは頑丈そうな扉の中、シェルターらしき部屋の窓か、動く人影を発見した。
廊下側の扉は炎の熱に耐えられずひしゃげて溶け、ドアノブもなくなっていたのでカールはアイギスで力任せに扉を剥がした後、声をかける。
「おっ? 誰かいる~? こーんにーちわっ! 初めましてぇ、カールでっす!」
中は簡素な作りの狭い部屋で、設備が充実しているとは言い難い。それでも高温から逃れ、備え付けの酸素供給機から窒息や一酸化炭素中毒は回避できたようだ。
シェルターに入るまでに負ったと思われる、深部にまで至っているだろう火傷は、回避できなかったようだが。
「……ク、ソ」
それでも、その人影は言葉を発した。
「こんな所で終わって、たまるか、不老不死……理想郷……」
焼け爛れた身体を引きずり、恨み節を呟く人影。
「僕は、あいつらを礎に、永遠を、手に……。そして、《ウロボロス》の連中を、見返し、て……」
人影……漆黒の瞳を持つ男性、『室長』。その姿を見たカールは通信機器を作動させ通話を始める。
「あ、もしも~しフリードリヒ! 見付けたよっ! 室長こっちにいた~っ! けど彼ぇ、火傷酷くってぇ」
「……フリードリヒ」
その通話の相手の名を聞いた室長は、ケロイドまみれの顔を歪ませ、狂気に満ちた漆黒の瞳でカールを睨み付けた。
「フリードリヒ、フリードリヒ、フリードリヒっ!!」
◇
「めんごめんご! いやなんかぁ、俺ちゃんいきなり襲われちゃってぇ~。えっ、殺してなんかないよっ!? 正当防衛はしたけどもっ! ただねぇ、元々虫の息だったみたいで、事切れちゃった」
いきなり掴み掛かられてきたカールは背中からアイギスを分離し、咄嗟に室長を引き離した。それだけで、彼は動かなくなってしまった。
脈も呼吸も、もうない。死んでしまっている。
「死体どうする? 運ぶ? え、国連に回収させるから放置? マァジ? りょーかいりょーかいっ! 合流地点に向かいまっす!」
当初の目的である『室長の捜索』は終わった。もう用はないのだが、室長がついさっきまで生きていたのを考えると、もしかしたらまだ生きている人間がいるかもしれない。
ここを出るのは一通り見てからにしようと、カールは軽やかな足取りで研究所を歩き回った。
そうして辿り着いたのは研究所の最奥、廊下の突き当たりにある薬品庫。毒劇や危険物が収納されている為かシェルター並みに頑丈な造りをしているその部屋の中は、火の手が入らず綺麗な状態で残っていた。
そこでカールは薬品棚の裏、壁際で小さく丸まって眠る男性を見付けた。頭から血を浴びた形跡があり、服は焦げ、破れ、ボロボロなものの、上手いこと炎をまけたのか、露出した皮膚には火傷跡一つなく綺麗である。
「おっ、他にも生存者? だ~れか、な……」
カールはその男性に迷わず近付き、顔を確認した。呼吸もある。脈も正常。
しかし彼は、染めた形跡がないにも関わらず派手な橙色の髪を持っている。整った顔立ちをしている。何より、腕の中に隠すように抱えるもう一人の小さな男性がいる。
手足を切り落とされ断面を鉄で塞がれ、物理的に、無理矢理小さくされた男性。その男性も、生きている。
カールは再び通信機器を起動した。
「フリードリヒ? ごめん、ちょ~っと合流地点変えて貰っていい? ――ウミヘビだ」
◇
『アセトアルデヒドを廃棄する? どゆこと!?』
騒がしい声が聞こえてきて、意識が浮上する。
目の前は知らない天井。背中にゃなんか、柔らかい感触。アセトか? と思ったが、体温は感じない。
真っ白い布団が敷かれた、ベッドって奴に、俺は寝かされていた。
『人を殺しすぎた? あれは火事が原因っしょ~!? アセトアルデヒドが直接どうこうした訳じゃなくなくない!?』
扉の向こうから聞こえる騒がしい声は、アセトの事について話している。
「……あせと」
意識が途切れる前の記憶では、アセトは大粒の涙をこぼしていた。今は笑ってくれているだろうか。そもそもどこにいるのだろうか。
軽く部屋を見回してみるが、ここには俺と、俺に沢山繋がる点滴か何かの管と、管を管理しているっぽい機械と、俺が横になっているベッドしかない。殺風景な部屋だ。
「あせと、あせと……」
床を這って、騒がしい声が聞こえる扉の外に行けば、アセトに会えるだろうか?
じゃら
アセトを求めて布団の中で身じろぎをしたら、金属質な音が聞こえてきた。上体を動かして掛け布団を剥いでみれば、『手錠』が付けられていて、ベッドの柵に繋がっているのがわかった。
(……手? 腕……?)
手と腕が、ある。二の腕から先が、再生している。
枯れ枝みてぇに細いが、手の平をベッドにつけて、起き上がれる。
もしかして足も、と掛け布団をベッドから落として確認をしてみると、足も生えていた。足枷が付けられ可動範囲に制限があるが、問題なく動かせる。
(手と、足、あるな……。枷は邪魔だが、これで、これでアセト、アセトと……)
また足が生えたら、また手が生えたら、また口を開けられたら、アセトと一緒に――
(……なに、したかったんだっけ)
やりたかった事があった気がするのに、俺は思い出せなかった。
毎日同じ事の繰り返しで、記憶が馬鹿になっちまったんだろうか。何も感じないよう、考えないようにしていた弊害だろうか。
アセトの笑顔を見る事だけを、笑い声を聞く事だけを、安らぎとした日々だったから。
『あまりにも危険すぎるって、あそこの研究員の管理が杜撰だったてだけじゃん! 短絡的すぎる~っ! フリードリヒも何か言ってよ~!!』
騒がしい声は相変わらず誰かに向かって抗議をしている。複数人いるっぽいが、声が聞こえるのは一人だけで、具体的に何を話しているのかわからん。
とりあえず手足ができたんだ、鎖ちぎってアセトを探してぇな。チッ。意外と固ぇ。こうなりゃ噛み砕くか?
「こんにちは。ニコチンですね」
俺がガチャガチャと枷の鎖をいじっている所に、知らない男が部屋に入ってきた。
妙に輝いているプラチナブロンドに、鮮血かってぐらい鮮やかな赤色の瞳を持つ、若い男だ。
「私の名前は『アダムス』。国連所属のしがない公務員です。今日は使いっぱしりで参りました。末端なもので」
鹿の頭蓋骨を模したフェイスマスクで顔を覆った新人クスシ、カールは目の前の惨状に「うひゃあ」と頓狂な声をあげていた。
街のど真ん中に建てられた教会が火事で燃えた、という事前情報通り、煉瓦造りの教会は骨組みだけ僅かに残し見事に燃えてしまっていた。その火は周辺にも燃え移り、30を超える住宅やビルを消し炭にし、3桁を超える犠牲者を出してしまっている。
当然、火事の報せを受けた消防は尽力したのだが、炎の勢いが異常に強いうえになかなか消えず手間取り、完全に鎮火するまで2日もかかってしまったという。
「すすで真っ黒な上に、瓦礫ばっかでどこに何があるんだか~」
カールは黄色と黒の規制線が貼られている教会跡地の中へと入り、瓦礫を背中から生やしたアイギスの触手で雑にどかし、下を舐めるように見詰める。
そして瓦礫に埋まっていた扉を、見付け出した。
「ビンゴ」
カールは迷わず扉を触手で引き剥がして開け、隠し通路へ繋がる階段を露わにする。
中は暗いだけでなく、焼けた事によって黒くなっている。カールは浮遊型自動人形を起動し、中を照らして貰いながら階段を降り始めた。
その最中、通路を見つけた事を報告する為、浮遊型自動人形の通信機能を起動させる。
「あっ、シアン~? 聞こえる~? 隠し通路あったの教会だったわ~。出火元が当たりだったみ~たい。え? そっちダミーじゃなかったの? マジか。中どんな感じ? どんな感じ? え? 吐き気を催すから言いたくない? シアンが言うって相当だねぇっ! 想像したくないわ~」
この火事に《ウロボロス》が関わっていると読んだオフィウクス・ラボの所長は、クスシとウミヘビを複数人派遣、調査をしている最中であった。
また焼けた建物とは別に、研究所と思われる建物も見付けたので、シアンは研究員がいるかもしれないその建物の調査を優先させられ、渋々カールと別行動を取っている。
カールとしては街中の目立つ所にあったのでダミーの可能性が高い、と予想していたが、まさかそちらも使われていたとは。
「こっち~? 原型がわからないレベルで焼けちゃっているのよ~。探しモノ見っつかる~かなっ?」
燃やし尽くされたこの状態では、研究データは残っていないだろう。階段を降り切り廊下へ辿り着いたカールは、人影がいるかどうかだけに気を付け歩き回る。
地下には培養槽が設置されている研究室らしき部屋や、天井に幾何学模様が描かれた小ぶりな部屋や、寝泊まり用の部屋や物々しい鎖が残る謎の白い部屋など、色んな部屋があった。
そして廊下にも部屋にも、黒く炭化し性別も年齢も顔もわからなくなった焼死体が、何体も転がっていた。
そんな中、カールは頑丈そうな扉の中、シェルターらしき部屋の窓か、動く人影を発見した。
廊下側の扉は炎の熱に耐えられずひしゃげて溶け、ドアノブもなくなっていたのでカールはアイギスで力任せに扉を剥がした後、声をかける。
「おっ? 誰かいる~? こーんにーちわっ! 初めましてぇ、カールでっす!」
中は簡素な作りの狭い部屋で、設備が充実しているとは言い難い。それでも高温から逃れ、備え付けの酸素供給機から窒息や一酸化炭素中毒は回避できたようだ。
シェルターに入るまでに負ったと思われる、深部にまで至っているだろう火傷は、回避できなかったようだが。
「……ク、ソ」
それでも、その人影は言葉を発した。
「こんな所で終わって、たまるか、不老不死……理想郷……」
焼け爛れた身体を引きずり、恨み節を呟く人影。
「僕は、あいつらを礎に、永遠を、手に……。そして、《ウロボロス》の連中を、見返し、て……」
人影……漆黒の瞳を持つ男性、『室長』。その姿を見たカールは通信機器を作動させ通話を始める。
「あ、もしも~しフリードリヒ! 見付けたよっ! 室長こっちにいた~っ! けど彼ぇ、火傷酷くってぇ」
「……フリードリヒ」
その通話の相手の名を聞いた室長は、ケロイドまみれの顔を歪ませ、狂気に満ちた漆黒の瞳でカールを睨み付けた。
「フリードリヒ、フリードリヒ、フリードリヒっ!!」
◇
「めんごめんご! いやなんかぁ、俺ちゃんいきなり襲われちゃってぇ~。えっ、殺してなんかないよっ!? 正当防衛はしたけどもっ! ただねぇ、元々虫の息だったみたいで、事切れちゃった」
いきなり掴み掛かられてきたカールは背中からアイギスを分離し、咄嗟に室長を引き離した。それだけで、彼は動かなくなってしまった。
脈も呼吸も、もうない。死んでしまっている。
「死体どうする? 運ぶ? え、国連に回収させるから放置? マァジ? りょーかいりょーかいっ! 合流地点に向かいまっす!」
当初の目的である『室長の捜索』は終わった。もう用はないのだが、室長がついさっきまで生きていたのを考えると、もしかしたらまだ生きている人間がいるかもしれない。
ここを出るのは一通り見てからにしようと、カールは軽やかな足取りで研究所を歩き回った。
そうして辿り着いたのは研究所の最奥、廊下の突き当たりにある薬品庫。毒劇や危険物が収納されている為かシェルター並みに頑丈な造りをしているその部屋の中は、火の手が入らず綺麗な状態で残っていた。
そこでカールは薬品棚の裏、壁際で小さく丸まって眠る男性を見付けた。頭から血を浴びた形跡があり、服は焦げ、破れ、ボロボロなものの、上手いこと炎をまけたのか、露出した皮膚には火傷跡一つなく綺麗である。
「おっ、他にも生存者? だ~れか、な……」
カールはその男性に迷わず近付き、顔を確認した。呼吸もある。脈も正常。
しかし彼は、染めた形跡がないにも関わらず派手な橙色の髪を持っている。整った顔立ちをしている。何より、腕の中に隠すように抱えるもう一人の小さな男性がいる。
手足を切り落とされ断面を鉄で塞がれ、物理的に、無理矢理小さくされた男性。その男性も、生きている。
カールは再び通信機器を起動した。
「フリードリヒ? ごめん、ちょ~っと合流地点変えて貰っていい? ――ウミヘビだ」
◇
『アセトアルデヒドを廃棄する? どゆこと!?』
騒がしい声が聞こえてきて、意識が浮上する。
目の前は知らない天井。背中にゃなんか、柔らかい感触。アセトか? と思ったが、体温は感じない。
真っ白い布団が敷かれた、ベッドって奴に、俺は寝かされていた。
『人を殺しすぎた? あれは火事が原因っしょ~!? アセトアルデヒドが直接どうこうした訳じゃなくなくない!?』
扉の向こうから聞こえる騒がしい声は、アセトの事について話している。
「……あせと」
意識が途切れる前の記憶では、アセトは大粒の涙をこぼしていた。今は笑ってくれているだろうか。そもそもどこにいるのだろうか。
軽く部屋を見回してみるが、ここには俺と、俺に沢山繋がる点滴か何かの管と、管を管理しているっぽい機械と、俺が横になっているベッドしかない。殺風景な部屋だ。
「あせと、あせと……」
床を這って、騒がしい声が聞こえる扉の外に行けば、アセトに会えるだろうか?
じゃら
アセトを求めて布団の中で身じろぎをしたら、金属質な音が聞こえてきた。上体を動かして掛け布団を剥いでみれば、『手錠』が付けられていて、ベッドの柵に繋がっているのがわかった。
(……手? 腕……?)
手と腕が、ある。二の腕から先が、再生している。
枯れ枝みてぇに細いが、手の平をベッドにつけて、起き上がれる。
もしかして足も、と掛け布団をベッドから落として確認をしてみると、足も生えていた。足枷が付けられ可動範囲に制限があるが、問題なく動かせる。
(手と、足、あるな……。枷は邪魔だが、これで、これでアセト、アセトと……)
また足が生えたら、また手が生えたら、また口を開けられたら、アセトと一緒に――
(……なに、したかったんだっけ)
やりたかった事があった気がするのに、俺は思い出せなかった。
毎日同じ事の繰り返しで、記憶が馬鹿になっちまったんだろうか。何も感じないよう、考えないようにしていた弊害だろうか。
アセトの笑顔を見る事だけを、笑い声を聞く事だけを、安らぎとした日々だったから。
『あまりにも危険すぎるって、あそこの研究員の管理が杜撰だったてだけじゃん! 短絡的すぎる~っ! フリードリヒも何か言ってよ~!!』
騒がしい声は相変わらず誰かに向かって抗議をしている。複数人いるっぽいが、声が聞こえるのは一人だけで、具体的に何を話しているのかわからん。
とりあえず手足ができたんだ、鎖ちぎってアセトを探してぇな。チッ。意外と固ぇ。こうなりゃ噛み砕くか?
「こんにちは。ニコチンですね」
俺がガチャガチャと枷の鎖をいじっている所に、知らない男が部屋に入ってきた。
妙に輝いているプラチナブロンドに、鮮血かってぐらい鮮やかな赤色の瞳を持つ、若い男だ。
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