毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十五章 平和が終わる日

第331話 門出

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 フリッツが今後の身の振り方を決めた日の翌日。
 ルイは明方になって部屋に戻ってきて、フリッツにある物を突き付けてきた。
 それはフリッツの名が書かれた医師免許証であった。

「武器は必要だろうて」

 ルイ曰く、厚生労働省に直談判し、強引に発行を早めて貰ったのだという。医師国家試験が終わってからまだ3日しか経っていないにも関わらず、だ。
 無論、試験結果そのものの不正は一切していない。医師国家試験を突破したのはフリッツの実力だ。
 しかしだからと一個人の免許発行を早める、という例外処置など認められない。まして一介の大学教授がそれを強行する権限などない。ルイもそれは自覚していた。
 そこでルイの祖国フランスにある感染病棟の院長、『ミシェル』に連絡を取り頼ってみたところ、驚くほど迅速に話が進み、あっさりとフリッツの医師免許証が発行された。
 流石はかつて『預言者』と謳われ、持て囃され、世界で最初に感染病棟を設立しその院長となった医師。行政への影響力がとんでもない。

 尤も、当たり前だが助力を請うのに無条件という訳にはいかず、『ミシェル』は成果に対する報酬を求めてきた。
 それは、ルイ自身だ。

「お陰でフランス感染病棟に転職する事と相なったが、まぁよかろう。いずれ帰国するつもりではあったからな」

 元々、ルイは祖国フランスの為に医術を学び、身に付けていた。ドイツに居たのは修練を積むのに都合がいい、と思ったからだ。それを見越してか、断る道理なんてないだろう、と言わんばかりに『ミシェル』はルイが己の部下になる事を求めてきた。
 本音を言うともう数年ドイツに滞在していたかったが、『ミシェル』の下につけるのならばこれも悪い話ではない。

「待っていれば、いずれ手に入れられるものを、わざわざ早めるとは……」
「待っていられぬ事態なぞ、いくらでもある。さて、フリッツよ。武器は手に入れた。後は煮るなり焼くなり、好きにするといい」

 これはフリッツが災害現場となった故郷へ戻る事を止められなかった、ルイなりの贖罪でもあるのだろう。
 医師免許証を突き付けられたフリッツ本人はというと、暫くぼんやりと医師免許証を眺めた後、縋るように手を伸ばし、受け取り、胸の中へと、抱きしめた。

 ◇

 フリッツが正式に医師となって直ぐ、彼はオフィウクス・ラボの入所試験を受けた。
 結果は合格。心身が弱っているにも関わらず、筆記も面接も突破し、彼はクスシとなった。
 そのままフリッツは寮を引き払い、青洲が乗ってきた空陸両用車へ同乗。人工島アバトンへ向かう運びとなる。

 フリッツはまだどこかぼんやりとしながらも、世話になったルイや寮の管理人に頭を下げ、最低限の荷物を詰めたリュックを背負い、青洲の待つ寮の駐車場へ向かった。
 そして無事に合流し、車へ乗り込み、2年間過ごしたこの地から、離れる。

「まずは合格、おめでとう」

 車内にて。フリッツと向き合うように座席に座った青洲は、彼に祝いの言葉を贈る。
 しかしフリッツからの返事はない。少し動けるようにはなったものの、まだどこか、上の空だ。
 それでも構わず、青洲は話を続けた。

「ラボに着く前に、一つ、解消しなければならない、問題がある……。『名前』について、だ」

 オフィウクス・ラボには既に『フリッツ』というクスシがいる。本名は『フリードリヒ』なのだが、『フリードリヒ』もまたもう一人在籍している為、呼び分ける為にも『フリードリヒ』の愛称である『フリッツ』を使用しているのだ。
 だが目の前のフリッツは『フリッツ』自体が本名。そして厄介なことに、『フリッツ』にはこれといった愛称がない。混乱を避ける為にも、呼び分けを考えなくてはならない。

「君が決められないのならば、こちらで決めてしまうが、よいだろうか……? 確か君は、星に、関心があるのだったか。では星の名前でも……」
「……名前」

 ボソリと、フリッツは再び小さな声音で呟く。

「名前、なぁ。名前……」

 そのままぶつぶつと譫言のように、彼は繰り返し『名前』と口にする。どうやら、意識がはっきりする時としない時があるらしい。
 そんな彼が見詰めているのは、両手で抱えるように持つ、オフィウクス・ラボの規則に従う為に購入したフェイスマスク。
 店で見かけた際、手に取った途端フリッツは動かなくなってしまったので、青洲が「この状態で」と会計を済ませてくれた代物だ。
 そのマスクのデザインには、オリーブがあしらわれている。

「……。フリーデン」

 このオリーブに込められた意味。象徴。
 亡き人が残してくれた文面に綴られた言葉。

「俺は、平和フリーデンだよ」

 その日から、彼は平和フリーデンとなった。

 ◆

『これが、彼がクスシとなった経緯だ……』

 大西洋の上を飛ぶ車内の中。
 青洲の話が終わったとわかった後も、モーズは何も言葉を返せなかった。
 故郷を、家族を、愛した人を、自らの手で下し、悲劇を終わらせた。それもまだ、学生の時分で。
 その苦痛はいかほどのものか、モーズは想像もできない。

『青洲さん。それじゃあ、フリーデンくんの教育をユストゥスに任せたのって……』
『小生は、人にモノを教える性分ではない、というのもあるが……。小生が接してしまえば、思い出して、しまうだろう?』

 フリーデンの学生時代に交流をしていた青洲は、彼の精神安定を考慮し距離を置く事とした。ユストゥスもルイから何か言われていたらしく、教育を引き受けるのに嫌な顔はしなかった。
 ラボに来た当初、フリーデンは心ここに在らずな時とそうでない時の落差が激しかったが、ユストゥスの厳しい指導――昔を思い出す暇もない程の作業を強いる事で、徐々に改善。今では魂が抜けたような状態に陥る事はなくなった。
 だが精神状態が改善する前、フリーデンは『休む』、つまり考える隙を作るのが苦痛だったようで、ユストゥスの指導がない日は製作所にこもり、ひたすらある作業に没頭した。
 その作業によって生み出されたのが、オフィウクス・ラボの奥の手となる殺戮兵器ロケット弾。
 彼が忘れられなかった苦痛を詰め込んだ、過去の残滓。

「早く、追い付かなければ」

 その上で、モーズは決意を固める。
 車で移動する最中、フリーデンの自室に残っていた検索履歴を改めて精査した所、彼はギリシャで演説を繰り返すペガサス教団の女性信徒に並々ならぬ思いを抱いていると推測できた。加えて11年前に亡くなった筈のショールについての記録も、執拗なまでに調べていた。
 恐らく女性信徒は、フリーデンの知る女性なのだろう。それも、既に死んだ筈の女性。

(フリーデンの目的はわからないが、嫌な予感がする。何が何でも止めたい。どうか、間に合ってくれ……!)
「ふぁ~あ」

 その時、車内に漂う緊迫した空気を壊す、緩い声が後部座席から聞こえてきた。

「あら、あら、あら。ぼく、に、乗っちゃったの、ね」

 暗がりの中、もそもそと動き、むくりと起き上がる人影。
 それは黒い毛布の中に包まって眠っていたウミヘビ、モルヒネであった。彼は眠気眼をこすりながら、夜空と海が見える車窓の外の景色を楽しそうに眺めている。

「……は? モルヒネ……?」

 モーズが彼を乗車させた記憶はない。テトラミックスも同じくないようで、「えっ、いつから居たの?」という声が運転席から聞こえてきた。
 どうもモーズ達が駐車場に来る前から、勝手に車中泊をしていたらしい。
 直後、見計らったかのようにモーズの携帯端末がけたたましい音を立てて鳴り響く。着信相手など、画面を見なくてもわかる。
 モルヒネに傾倒しているクスシ、フリードリヒだ。

『えっ? モルヒネくんがいるのかい? あ、あ~……』
『……。ご愁傷様、というべきか……』

 現状を把握し切れず混乱する中、モーズはホログラム画面越しに合掌を送られてしまった。



  ▼△▼

 次章より『地獄の最前線』、開幕。

 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
 『平和が終わる日』これにて完結です。ようやくフリーデンの過去編をお届けできました! 長かった! ちまちま撒いていた伏線達をやっと回収できました!!
 ちなみにフリーデンが五章に登場したクリスさんを前に挙動不審になっていたのは、クララを思い出してしまったからです。その後モーズと話をする内に落ち着けたので、いつも通りになりました。
 二章で「昔馴染みがいない」と発言していたのも、「皆んな死んじゃったから“もういない”」、という意味でした。

 次章では、久々にウミヘビVSウミヘビやクソデカ感情のぶつかり合いが展開される予定です! 果たしてモーズはフリーデンを連れ戻すことができるのか!?
 待て次章!

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