毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十六章 地獄の最前線

第339話 挑発

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「フリーデン! フリーデン!」

 白煙が薄くなり、視界が開けてきた菌床内で、モーズはフリッツフリーデンの名を呼び続ける。
 行く手を阻んでいたフリッツフリーデンのアイギスの姿はない。フリッツフリーデンの姿もまた、見当たらない。
 あるのは真っ赤な菌糸の壁。
 学会の時と同じように、菌糸で形成した樹洞の中に閉じ込められている。
 モーズは直ぐに自身のアイギスを側に呼び寄せると、菌糸の壁を壊すよう頼み込む。

(セレンには民間人の避難を優先して貰った以上、自力で対処しなくては……!)

 幸い、学会の時と異なり菌糸は芽胞を展開していない。また脱出後が厄介な高所に移動させられている、といった不都合もない。アイギスの触手から毒素を注いで貰い、人一人が出られる分の穴を作ればそれで済む。
 そうしてフリーデンの安否を一刻も早く確認したいモーズだったが、側に来てくれたアイギスが触手を伸ばす前に
 バチンッ!
 背後からテーザーガンを撃たれて、アイギスはその衝撃から床へ落ちてしまった。

「……!? アイギス、アイギス!」

 浮遊力を失ったアイギスを拾い上げ、必死に呼びかけるモーズ。呼びかけに応える為か、アイギスは触手の先を少し動かしてくれたが、その後はくたりと動かなくなってしまった。
 モーズは直ぐにアイギスを手の平から体内へ戻し、回復を促す。

「っ、アパタイト……!」

 そしてアイギスに向けテーザーガンを撃った犯人、背後にいつの間にか現れたアパタイトへ向き合い、マスク越しに睨み付けた。

「君がここに来てくれて嬉しいな~。だって大本命だからね」

 アパタイト本人はテーザーガンを片手にけらけらと笑っている。アイギスを傷付けた事に何の感情も抱いていない。
 モーズは険しい顔をし、警戒を強めた。

「あは。怖い顔している」

 人間ならばマスク越しで見えないモーズの表情が、アパタイトにはわかるようだ。
 瞬間移動としか思えない事をしてきた所含め、やはり彼女は人ではない。
 アパタイトはモーズにずいと顔を近付け、こんな事を言い出す。

「ねぇ。このまま本部に来てくれるなら、皆んな見逃してあげるよ。フリッツも信徒もウミヘビも、殺さないであげる」
「本部……。そこは一体、どこにあるんだ。そして君は、君達は私に、何を期待しているんだ」
「それは君が知る必要ないよ」
「ならば私が応える必要もない」

 アイギスという守りがない状態だろうと、モーズは毅然と答えた。
 それが面白くないのか、アパタイトはむっとした表情を浮かべる。

「わからないなぁ。どうして教祖様はこんなお馬鹿さんが欲しいんだろう。あたしのほうがよっぽど頭がいいのにね」

 彼女が不満を言うと同時に、モーズの背後の壁の表面が、毛糸のような菌糸がモーズの身体を絡め取り、引き寄せ、壁に拘束してしまった。
 加えて毛糸状菌糸の一本はモーズの首にかかり、ぎちりと、気道を狭めてくる。

「自分が狙われている立場だって知っているのに、策もなしに衝動的にやってきてさ。行き当たりばったりだね」
「そう、だな。私は、効率的に動く事が、下手、だ」

 酸素が制限される中で、ふっとモーズは自嘲する。

「ここに、来れたのも、運が良かっただけ。フリーデンは、君の今までの傾向から、君が出没する場所を読んで、来れたようだが……私は直感に、頼っただけだ。『珊瑚』が蔓延って、いそうな場所に、当たりをつけた、だけ……」

 それはつまり、アパタイトというステージ6、『珊瑚』がいる場所を感じ取れたという事。
 モーズは知る由もないが、それは《適合者》の資質が高い証拠である。アパタイトはその事実にまた不満げに眉を潜めた。
 タァンッ
 その時、壁の向こう側から発砲音が聞こえてきた。

「あーあ。フリッツも無駄撃ちばっかりで、お馬鹿さんだね。相手はただの分身なのに」

 アパタイトが呆れたように言う。壁の向こう側ではフリッツフリーデンが銃撃をしているのだという。
 平和を好む彼に、ステージ6とはいえ人の形をしたモノを攻撃させてしまっている事に、モーズは奥歯を噛み締める。そして、そうせざるを得ない状況を作ったアパタイトを凝視した。

「フリーデン……。……彼を、侮辱するな」

 ぐぐっ
 直後、首にかかった“毛糸”の締め付けがキツくなる。モーズは目を見開いた。

「苦しい? 言うこと聞いてくれるならやめたげる」

 手も足も出ないのに、口煩いのが癪に触ったのかもしれない。ここでアパタイトの提案に乗り、彼女の手を取ればこの責苦は終わる。解放される。フリッツフリーデン達も見逃してくれる。
 真菌カビの言う事が真実ならば、の話だが。
 尤もモーズはさして悩む事なく、答えを伝える。
 マスク越しでも顔が認識できるのをいい事に、舌を出し小馬鹿にする、という形で。
 途端、アパタイトの瞳が氷のように冷ややかになる。

「……君を運ぶのって大変だから、自分で動いて欲しかったんだけど……。仕方ないや」

 そのままゴリとテーザーガンの銃口をモーズの腹部に当て、引き金に指を添える。

「早く気絶して」
「こーんにちは」

 その時、緊迫した空気を壊すような呑気な声が響く。
 真上から。
 アパタイトは弾けるようにハッと顔を上げると、黒衣を纏った赤毛の青年が樹洞の上から落ちてくるのが見え、慌てて後ろに下がる。
 そしてアパタイトがついさっきまで立っていた場所に赤毛の青年、テトラミックスが、華麗に着地をした。

「真打ち登場。って所かなー? 避難誘導終わったって事で、やーっと戦闘許可降りたよー」

 マイペースに喋りながら、彼は右手に持っていた小振りなハンマーをくるくる回転させた後、モーズの顔の真横へ向け振り下ろし、菌糸の壁に打ち付ける。
 ただ一撃。それだけを喰らった結果、菌糸の壁には大きな亀裂が蜘蛛の巣状に走り、ガラス窓のように脆く砕け散り、大穴を作ると同時に、モーズを拘束していた“毛糸”も端から千切ってしまった。

「ぅ、げほ……っ!」
「あらー。大丈夫? モーズ先生」
「へ、平気、だ」

 ようやくまともな呼吸が叶ったモーズは咳き込んでしまったものの、直ぐに呼吸を整え体勢を立て直す。

「……アパタイト。私は行き当たりばったり、ではあるが……。無策で来た訳では、ないぞ」

 第三課所属、テトラミックス。
 菌糸が芽胞を展開しようと、ステージ6が相手だろうと死滅させられる、最強の手札カードを用意したのだから。

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