毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十六章 地獄の最前線

第340話 心配性

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 ◆

『テトラミックスくんの戦闘許可を取りたい?』

 ギリシャへ向け空陸両用車を飛ばす最中。
 モーズの発言を復唱したフリッツは、そのまま「うぅん」と悩ましい声をあげた。

「フリーデンはステージ6かもしれないアパタイトの元へ向かった、と推測できる。ならば対抗策として第三課所属である彼も戦力に迎えたい」
『理屈はすごーくわかるのだけれど、でもテトラミックスくんかぁー……。う~ん、あ~……』
「何か問題が?」
「俺は大丈夫だけどねー。抽射器ちゃんと持ってるしー」

 車の運転席に座るテトラミックス本人は、通信画面越しのフリッツに向けて緩いやる気を伝えている。
 モーズが『英雄』という分不相応な称号を付けられるに至った、パラス国での菌床処分でテトラミックスは非常に鮮やかかつ無駄のない動きで戦闘をこなしていた。毒素の強さを除いても心強いウミヘビだ。

『ちょっ、と……。所長の許可がないと難しいんだよねぇ、テトラミックスくんは』
「所長の? そこまで厳重に制限しなければならないほど危険なのか? しかし車番という、実質単独行動が許されているほど信用があるというのに、何だかチグハグだな。パラス国での毒素の扱いも見事なものだったぞ? 町中や人混みの中でなければ、周囲を巻き込む心配もないと思うのだが」
『人格や戦闘技術に問題がある訳じゃないから、不思議に思っちゃうよね。これは一重に、所長の心配性の面が出ているからって所が大きいのだけれど』
「心配性……?」

 国連直轄組織《ウロボロス》を個人で解体に追い込んだ所長の、心配事。
 それが何を意味するのか全くわからないモーズは、頭上に疑問符を浮かべるばかりであった。

『けどモーズくんの言う通り、ステージ6と交戦になった場合、テトラミックスくんがいるかいないかで状況が一変する。……よし、モーズくん。ギリシャへの到着まであと9時間ある。所長へ直談判、してみようか』

 そうしてモーズはフリッツ経由で所長へ通話を繋げて貰い、直接交渉へ乗り出す。
 偶然にも都合がよかったのか、それとも気紛れか、所長は通話の呼び出しに応えてくれた。ホログラム画面に白蛇のアバターが映り込む。
 白蛇は言った。

『問いかける』

 最終面接の時と同じように、人工的に作られた電子音で。

『汝、テトラミックスに何を求める?』
「有り体に言えば、力ですね。障害を片してくれる為の力」
『汝、その先で何を得たい』
「帰還」

 モーズは間髪入れずに、食い気味に答える。

「フリーデンを、友人を、連れ帰る。どんな邪魔が入ろうとも。――それが今の私が得たいものです、所長」

 ◆

「ステージ6かー。初めて相手にするなぁ。よろしく、ね」

 テトラミックスは小振りなハンマーを構えながら、青と黄色という、左右異なる色をした瞳にアパタイトを映す。
 彼の扱うハンマーをよく見ると、車に閉じ込められた際、フロントガラスやドアガラスを壊すのに使う緊急脱出用ハンマーと同じデザインだとわかる。小さく軽く、リーチは短く、鋭利さも低い。
 しかし、しゃがみ込んだテトラミックスがひとたび振り下ろせば、菌糸が張り巡る大理石でさえ簡単にヒビが入り、真っ赤だった床を赤黒く変色させる……つまり、菌糸を死滅させてしまう。
 それによってアパタイトは“毛糸”を出す場所を制限されてしまい、後退を余儀なくされる。が、下がり切る前に、床を蹴り上げ正面から突っ込んできたテトラミックスのハンマーを頭に叩き付けられ、彼女は飴細工のように砕け散った。

「ありゃ。分身だったかー」

 その手応えのなさと、依然として展開し続けている菌床を見て、テトラミックスは“外れ”だと悟る。
 そんな彼を串刺しにせんと、壁や床から針状状菌糸が生え、多方面から一気に襲いかかってきた――!

「当たりはどーこかな?」

 尤もテトラミックスからすればさした脅威にならないようで、羽虫でも振り払うような動きで四方八方から向けられた矛先、全てを捌いてしまう。
 リーチがないハンマーでそれを成してしまう辺り、元々の戦闘力が異常に高い事がわかる。

(流石は第三課、と言うべきなのか?)

 側から見れば戦闘をしている、というよりもハンマーを振り回しているだけに見えてしまう。それほど緊迫感がないまま処分をこなしてしまうテトラミックスの姿を、モーズはただ眺めるしか出来なかった。
 彼と同じ第三課のパラチオンも戦闘センスが高いウミヘビだが、いかんせん幼さと経験の浅さから隙が多い。
 だがテトラミックスには一切の隙がない。洗練されている。今まで彼の年齢や戦闘歴を気にした事はなかったが、もしかしたらニコチン並みに長いのかもしれない。

(ますます戦闘が制限されている理由がわからないな。しかしいま考えるべきはそこではない)

 菌糸の壁がなくなり、分身とはいえアパタイトがいなくなった今、モーズがすべき事はフリッツフリーデンの安否の確認である。
 彼は出血をしていた。アイギスを扱っていた。血が足りなくなっているかもしれない。そんな不安を抱きながらモーズはフリッツフリーデンの姿を探す。しかし軽く辺りを見回した、ただそれだけで、モーズの視界はぐらりと揺れ、身体がふらついた。

(目眩? アイギスが回復の為、吸血しているのだろうか? ここで、貧血に陥る訳、には)
「モーズ先生、大丈夫ですか?」

 その時、モーズの不調に気付いたセレンが駆け寄ってくる。

「少し、眩暈がしただけだ。大事はない。それよりも、セレン。フリーデンを見付けて……」

 バチンッ!

「はい、ちゅうも~く」

 甲高い音……テーザーガンの放電音が聞こえたと同時に、アパタイトの緊張感のない声が、モーズらの周囲を囲う虚な目をした信徒達、つまり菌糸の『傀儡』達の向こう側から発せられる。

「よっと」

 そして視界を遮る傀儡越しでも見えるようにか、アパタイトは瓦礫の上にぴょんと飛び移った。
 固く目を瞑り、力が抜けたフリッツフリーデンを引きずって。

「死なせたくなかったら、動かないで欲しいな」
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