毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十六章 地獄の最前線

第341話 毒弾

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「フリーデン……!」

 テーザーガンによって意識を奪ったフリッツフリーデンを人質に取る。という卑怯な手を躊躇なく使ってきたアパタイトを、モーズはマスク越しに睨み付ける。

「武器、捨てて貰っていい?」
「……っ!」

 しかしフリッツフリーデンを人質に取られた状況では、彼女に逆らえない。
 モーズはセレンとテトラミックスに命じて、各々の抽射器を手放せさせる。抽射器がなくとも無力化には至らないからか、セレンとテトラミックスの2人はさした抵抗もなくあっさりと抽射器を床に転がした。
 アパタイトもこれでウミヘビを無力化できると思っていないだろう。自分の指示にちゃんと従うか、確認したかっただけで。

「君には人質が一番効くって話、本当だったんだねぇ。面白~い」

 アパタイトはけらけら笑いながら、鷲掴んでいたフリッツフリーデンの首を持ち上げ、モーズに見せ付けるように前に突き出す。
 いつでも首をへし折れるとでも言うかのように。

「それじゃ君、ウミヘビを置いて一緒に来て貰える?」
「……私が君に従ったとして、フリーデンはどうなる。後に殺す気ならば、私は差し違えてでも君を処分するぞ」
「そんな怖いこと言わない。人質は生きているからこそ効果を発揮するんだし、殺さないよ~? 寧ろ丁寧に扱わなくっちゃ」
「疑わしい……」
「信用ないなぁ。心配しなくたって、2人ともちゃんとエスコートしてあげ」
「やっと」

 タァンッ
 銃声が鳴り響く。アパタイトの身体が揺らぐ。彼女の黒服に、右肩に、穴が空いている。
 撃ったのだ、真上から。フリッツフリーデンが自身のアイギスに持たせていた、拳銃によって。

「見付けた。本体……!」

 毒弾が撃たれた事によって、アパタイトの身体は右肩から順番に赤黒く変色し始めていく。そして肩は弱点である頭の位置に近い。このままでは死滅してしまうと判断した彼女は、直ぐに腕ごと右肩を切断パージし、フリッツフリーデンを放り捨て後ろに下がろうとする。
 だがその前に、フリッツフリーデンの右腕から飛び出してきたアイギスの触手によって、全身を絡め取られてしまい、彼女は背中から瓦礫の上に叩き付けられた。

 フリッツフリーデンが弾が無駄になろうともずっと毒弾を撃っていたのは、この時の為だ。本体を探し出した時の為。
 どこから撃てばアパタイトの索敵に入らないか、菌床内で自在に動く菌糸の邪魔を受けずに当てられるのか。そしてそれは幸いな事に、弾が尽きる前に見つかった。
 廃墟の上部、屋根の穴から降ってきたテトラミックスに、アパタイトは反応できず菌床内への侵入を許していた。ウミヘビの中でも尤も遠ざけたい対象だろう、彼を。
 故にフリッツは、うえから本体を撃つ事とした。
 後は分身と本体を見分ければいい。分身の見た目は一様にそっくりで、所作も喋りも違いはわからないものの、分身はあくまで分身。〈根〉と同じように、本体から送られる指示に従って動いている。
 だから発信源を探ればいい。電気信号を頻繁に放っているモノを。元より電気信号を用いてやりとりをしているアイギスならば、判別が可能。見付け次第、教えて貰えばいい。
 そうして探り当てた本体こそ、フリッツフリーデンをテーザーガンで直接撃ちにきた彼女であった。

 アパタイトはフリッツフリーデンの策に嵌り倒れ、仰向けになった事で、屋根がなくなった廃墟の上、青い空に浮かぶアイギスがよく見えるようになる。
 銃口が、自分の頭を狙っている事も。
 すかさずアパタイトはフリッツフリーデンを瓦礫から生やした菌糸の“毛糸”を巻き付け、ぐいと真上に持ち上げた。
 肉盾になるように。
 その際、フリッツフリーデンの着ていたシャツが上にずれ、その下に隠れていた黄色い衣服が露出する。

「あ。なんで意識あるのかと思ったら、絶縁衣着てたんだね。それで狸寝入りして不意打ちとか、卑怯だなぁ」

 自分の事を棚に上げ、けらけらと笑うアパタイト。
 次いで“毛糸”をフリッツフリーデンの首に巻き付け、締め始める。アイギスをこれ以上、使役させないよう意識を落とす為に。

「そんなにあたしについて来るの嫌だった? でも君にとっても悪い話じゃないよ? だってあたしについて来れば、また故郷が見られる。だって、理想郷ユートピアが待ってるんだから」

 「本当だよ?」と小首を傾げ、彼女はファンタジックな事を言う。イギリスの菌床でモーズが遭遇したオニキスも、似たような事を口にしていた。
 恐らくこの発言は嘘ではなく、本当に理想郷ユートピアかそれに連なる何かがペガサス教団にはあるのだろう。

「そしたら死人だって生き返らせることができるんだから。君も知っているでしょう?」
「死人、か、どう……かわかんねぇけど……」

 その時、掠れた声でポツリとフリッツフリーデンが言葉を紡ぐ。

「ステージ6は、知能が……落ちてるって話、本当、だったんだなぁ」

 アパタイトを拘束するフリッツフリーデンのアイギスは、ステージ6を処分できる毒素は蓄えられない。有効打を撃つ事は不可能。
 なのでアパタイトは何を喋ろうと悪足掻きとし、フリッツフリーデンに好きにさせていたが――

「クララの頭脳には、遠く及ばない」

 タァンッ
 フリッツフリーデンは自身のアイギスに命じ、撃った。アパタイトの頭部を。
 自衛という名目で、自分の身体越しに。
 毒弾に撃ち抜かれたアパタイトの額にはヒビが入り、やがて全身に亀裂が走る。途端、フリッツフリーデンを拘束していた“毛糸”も赤黒く変色し、死滅。
 支えを失ったフリッツは瓦礫の上へと落ち、アパタイトの隣に転がった。どくどくと、腹部から流れ出る赤い血が瓦礫を伝い床へと落ち、菌床の上に広がっていく。

「……痛い、痛いよ、フリッツ。……。どうして……?」

 劣化した陶磁器人形の如くひび割れていくアパタイトが、フリッツフリーデンへすがるように左手を伸ばしてくる。
 フリッツフリーデンはその左手を、正確には薬指を眺めながら、ふっと、力なく笑った。

「……助けられなかった。ってのは、俺が一番……わかってんだ」

 彼女の手を取っていたら、指輪を渡す事も、故郷という名の理想郷ユートピアにも行けたかもしれない。
 けれどそこはもう壊れたのだ。他でもないが、壊したのだから。それもモーズの研究結果によって『ステージ5でも意識が残っている』と判明してしまった、村民全員を。その事実に目を背け、なかった事にはする事はできない。
 もしも星に願って、過去の悲劇がなくなる奇跡が起こせたとしても、犯した罪は消えない。

「俺が、俺の意思で、ったんだから……最期まで、らねぇとなぁ……」

 そこまで喋った所で、ごふりと口から血が溢れ出てきて、は咳き込む。先程撃った毒弾で内臓が損傷しているのだ。
 アパタイトを拘束していたアイギスが、慌てた様子でフリッツの頭上を飛び回る。体内に入って治癒を施そうと思っているのだろう。だがはそれを、首を横に振って拒否をした。治癒を施しても無駄だからだ。
 ステージ6の処分達成をする為に、毒弾には第三課所属のウミヘビの毒素を使用した。
 それは例え身体を貫通しても、効く。

「……あは。なぁんだ」

 アパタイトは笑う。

「君は今までずっと、好きな子の頼みを聞いていただけかぁ」

 コロシテ。と、かつて請われた願いを、どんな手を使ってでも叶えてみせたの愚直さに。

「ちょっと、いちゃう」

 パキンッ
 身体を保てなくなったアパタイトは、とうとう砕け散る。後に残ったのは黒服と、赤黒く染まった石灰のような粒子のみ。
 肉も骨も爪も、髪の毛一本さえない。

「……。クララ」

 その残骸をぼんやりと眺めながら、は涙を一つ、溢したのだった。


※宝石アパタイトの語源は「騙す」です
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