毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十六章 地獄の最前線

第342話 握手

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「……フリッツ先生?」

 ふと、目が覚める。
 目の前に広がっているのは澄み渡った青い空。背中には固い地面。ここは教会の廃墟の外である。
 それを自覚したクロールはガバリと上体を起こし、そして勢いよく動いた事によって、後頭部から鈍痛が響き頭を抱える。

「あ。お、お、起きたぁ?」

 そこでクロールの隣に座っていたアンモニアが、おずおずと言った様子で話しかけてきた。ついさっきまで殺しにかかってきたウミヘビ相手に、呑気な声で。
 その危機感のなさに苛立ちつつもクロールは周囲を見回した。アンモニアの背後にはラボの空陸両用車。100メートルほど遠くには、先ほど自分達がいた教会の廃墟。またこの場にはアンモニア以外の人影はない。他の者達は皆まだ、あそこにいる筈だ。

「フリッツ先生……っ!」

 直ぐに戻らなければとクロールは立ちあがろうとして、叶わなかった。
 痛むのだ。頭が。割れそうな程に。

「あ、あ、あ、安静にしてなきゃ、駄目だよ。頭、弱いんだから」
「アンモニアお前、悪意のある言い方を……!」
「えっ? あっ、い、い、いや、その……ご、ご、ごめん」

 語弊のある発言をしてしまった事に気付き、素直に頭を下げ謝るアンモニア。
 クロールの頭は弱い。というのは事実だ。尤もそれは知能が低いという意味ではない。かつて所属していた研究所で受けた仕打ちによって、他のウミヘビよりも頭部のダメージ回復が弱いのだ。一度、負傷すると長時間の頭痛に苦しめられる事になる。
 そしてそれは、同じ研究所出身のアンモニアも同じだ。

「……。おい、アンモニア」
「あ、え、な、な、なにかなぁ」
「何で、殺さなかった。幾らでも廃棄する隙あっただろ」

 クロールは目覚めるまで地面に転がっていた。も防備も無防備な状態。規則違反を犯したウミヘビとして廃棄するには絶好のチャンスだった。にも関わらず、廃棄していないどころか拘束さえ施していない。抽射器を没収した、という程度だ。
 クロールにとって非常に不可解な状況。
 その理由を訊かれたアンモニアはと言うと、眉を下げて酷く悲しげな表情を浮かべてしまった。

「そ、そ、そんな事、言わないでよ。あ、あ、研究所あそこで生き残ったの、ぼ、ぼ、僕とクロールだけ。なんだから……」
「傷の舐め合いをしたくてトドメを刺さなかったと? くだらねぇ」
「そ、そ、そもそも、僕の一存で、決められる事じゃないし……」

 アンモニアはそう言うと、両膝を抱え縮こまってしまう。膝を抱える彼の手は震えている。

(本当に、くだらねぇ)

 クロールは舌打ちをして、頭痛が収まり次第、フリッツフリーデンの元に戻ろうと視線をアンモニアから廃墟へ移す。
 そしてその廃墟の側に続々と人が集まっている事に気付いた。ペガサス教団の黒服を着ている者もいれば、そうでない者もいる。遠目からでは仔細はわからないものの、その人々は民間人に見える。

「何だ、あの雑魚ども」
「え、あ、な、な、なんだろうね。せ、せ、折角、避難、させたのに……」
「フリッツ先生の邪魔をする気か? なら俺が、……ぐっ!」
「だ、だ、駄目。クロール。ま、ま、まだ寝てなきゃ」
「黙れ、俺に構うな……っ!」
「ふぁ~あ」

 その時、クロールとアンモニアの背後、いつの間にかドアが開けられた空陸両用車から、妖艶な声が聞こえた。

「何だか賑やか、ね」

 ◇

「フリーデンっ!!」

 瓦礫の上に倒れ込んだフリッツフリーデンを見たモーズは絶呼する。
 しかし彼の元に行くには、周囲を囲む『傀儡』が邪魔だ。故にモーズはすかさず指示をくだす。

「セレン! 道を切り開いてくれっ!」
「はい、モーズ先生!」

 その指示を聞いたセレンは床に転がしていたチャクラムを浮き上がらせ、手を一切使わずに操り、フリッツフリーデンの周囲に彷徨いている傀儡を輪切りにしていく。
 操作をしていただろうアパタイトがいなくとも、傀儡はある程度、自律できるようで、怠慢な動きながら逃げ回ったり、背中から棘状菌糸を生やして応戦してきたりと、不規則に動いている。
 しかし統制の取れていない傀儡など、セレンにとってもテトラミックスにとっても敵ではない。

「おおー、ハリネズミみたい。パラスで見た感染者とおんなじだねー」

 道を作るのは遠距離攻撃ができるセレンに任せ、テトラミックスは拾い直したハンマーを振るって傀儡を壊していく。
 モーズの行く手を邪魔されないよう、殿を守る形で。
 彼らの奮闘により、モーズは直ぐにフリッツフリーデンの元へ辿り着く事ができた。すかさず瓦礫をよじ登って上に乗り、フリッツフリーデンのシャツを捲り患部を確認するモーズ。
 フリッツフリーデンの腹部は毒弾によって穴が空き、絶え間なく流血している。彼の頭上を飛ぶ2匹のアイギスは、肩の穴と同じように塞ごうと触手を伸ばすが、流れ出る血にも強い毒性を覚えるようで躊躇していた。

「フリーデン! フリーデン! しっかりしろ!」

 青白い顔をしているフリッツフリーデンの頬を叩き、意識の覚醒を促すモーズ。

「救急を手配した! 直に来る! それまでの辛抱だ、フリーデン!」

 するとフリッツフリーデンは瞳孔が開いた碧い目をモーズに向け、

「……ほっとけ」

 消え入りそうな小さな声で、突き放してきた。

「嫌だっ!!」

 だがモーズはそれを拒絶する。
 駄々を捏ねる幼子のような口振りで。

「も、たすから、ねぇよ」
「そんな事はない! そんな事は……っ!」
「……俺、たくさん、ころし、たんだ。たくさん、たくさん……。だ、から、このまま、俺も……死なせ……」
「君がっ!」

 フリッツフリーデンのか細い声を遮り、モーズは震える声で叫ぶ。

「あの日あの時あの場所で! 君が! 他でもない君が手を差し伸べてくれたから! はここにいるんだっ!!」

 パラスの拘置所の正門脇で、モーズへ手を差し出してくれた
 冤罪をかけられ味方がいない中で、その手を握れた事がどれだけ嬉しかったか。救われたのか。
 きっと彼は知らない。

「だから諦めない! 絶対に!!」

 ズルリ
 モーズの叫びに呼応するように、モーズの右手首からアイギスの触手が伸びてきた。
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