毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十六章 地獄の最前線

第343話 毒抜き

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(出血は多いが、幸か不幸かそれによって毒もある程度、流れ出ているようだ! 後は体内に残っている毒を抜けば……っ!)

 急速に弱っていくの呼吸と脈拍。それと比例するように紫色に変色していく肌。このままでは救急隊が到着するまで保たない。
 一刻を争う中でモーズは思考する。の身体を蝕む毒を消し去る方法を。だがが何の毒を使用したのか、わからない。ステージ6にも効果がある強力な毒である事しか。成分がわからなくては解毒に着手できない。モーズに焦りが募る。
 その時、モーズは自身の右手首から生えるアイギスの触手が目に付いた。電撃のダメージから無事に回復したようだ。
 モーズを宿主とするハブクラゲ型のアイギス。その触手は、非常に強力な毒素でも蓄えられる特性がある。
 第三課に所属するパラチオンの青い血を、蓄えられるように。

「アイギス、アイギス! お願いだ……!」

 モーズは必死に縋る。
 今まで試みた事はない。そのような発想を思い浮かべた事さえない。しかし理論上は可能な筈だ。
 他者に触手を突き刺し、血液ごと毒素を抜く事は。

「どうかフリーデンを、助けてくれ……っ!」

 の毒抜きをした所でアイギスにメリットはなく、宿主モーズの防衛には何の関係もない。成功するかもわからない手段に、わざわざ挑む必要性はない。
 けれどもその上で、アイギスは触手を伸ばしの患部に触れた。そしてそのまま傷口の中へ潜り込み、寄生、つまり血管へ融合し、吸血――毒抜きを、開始する。
 それによってアイギスの触手は紫色に変色。代わりにフリーデンの皮膚の変色は止まった。あれだけ短期間で広がっていたのに、数分経とうが変化しない。

(全身に回り切る前に、毒を、抜けた?)

 そう判断できるかどうか、モーズが逡巡していると、フリーデンの頭上で飛んでいた2匹のアイギスが急降下してきて、の腕から体内へ戻った。
 そして直ぐに穴の空いた腹部を内側から触手で塞ぎ、止血を開始する。その際、まだ患部に居座っていたモーズのアイギスはぺいっと弾き出されてしまった。
 から追い出されたアイギスは暫し左右に揺れた後、するすると、モーズの中に戻っていく。

「フリーデン、フリーデン!」

 フリーデンから流れ出た血に触れる事や、彼の体内へ入る事を戸惑っていたアイギスが戻ってきた。これは毒抜きが成功したと見ていいだろう。
 またアイギスが戻ってきた事により、血は止まった。応急処置は叶った。
 しかし未だ彼の顔は青白く、呼吸も脈も弱い。意識もなくしてしまっている。予断を許さない状況には変わりない。

(輸血や、人工呼吸器が必要だ。触診では判別に限界があるが、多臓器不全の可能性も。早く、早く病院での治療を施さなければ)

 ぐらり
 再び目眩を覚える。モーズもアイギスを使役したのだ、血を消費してしまっていた。
 ここで意識を失ってはいけない。モーズはどうにか気を強く保とうとした時、

「人殺し!」

 穴が空いた壁の向こう側から、甲高い声が聞こえてきた。
 そこには避難させた筈の信徒が元の人数よりも数を増やし、大勢で押し寄せていて、その内の一人がモーズを指差し、声高に叫んでいる。

「あの人です! 私はしかと見ました! 聖女様を殺した所を!!」
「やはり悪魔はいたのだな!」
「ここで野放しにしてはいけない!」
「神の裁きを!」
「鉄槌を!」

 好き勝手に喋り、憶測や妄想、願望から生じた出来事を事実と認識し、一方的に凶弾してくる信徒達。
 彼らは拳銃やバール、バッドといった武器を片手にぞろぞろと行進をしてくる。装備を整え徒党を組んで、聖女ことアパタイトに『悪魔』と称されたモーズらを退治する為に。
 彼らは自分の正義を信じ、勇気を抱いて戻ってきたのだ。
 そんな烏合の衆を眺めながら、テトラミックスはとてとてと緊張感のない足取りでモーズの元まで歩いて来る。ただしハンマーは握ったままで。

「モーズ先生、どうするー? っちゃう?」
「だ、めだ。彼らはただの、民間人……」
「けれどこのままでは私刑が下されそうですよ、私達」

 テトラミックスに続き、モーズの側に来てくれたセレンが現状を冷静に分析してくれるが、モーズはそれでも首を横に振った。

「っ。セレン、テトラミックス。先にフリーデン、を、救急の元に……」

 そして回らない頭でどうにか指示を出し、モーズは立ちあがろうとするが、足に力が入らずそれは叶わない。
 それを見たテトラミックスは「あらー」と気の抜けた声を出しながら、上を見上げる。壊れた天井より高く飛べば出られるが、いかんせん距離がある。流石のテトラミックスでも、モーズ達を抱えては厳しい。
 空中を浮遊できるアイギスの助力があれば脱出は容易。しかし宿主の血が足りていない状態ではそれも難しい。

「天井の穴、遠くて飛べないねー。車呼ぶにしてもちょっと狭い。壁に穴空けて逃げるー?」
「これ以上、壁に穴を空けてしまえばここは崩落します。幾人か死人が出ますね。しかし今ある穴は群衆が邪魔で通れないので、『セレン』を奪って動きを止めるか、それとも突っ切るか……」
「あら、あら、あら」

 テトラミックスとセレンが強行策を話し合い始めたその時、群衆の一番後ろから、知った声が聞こえてきた。

「人が沢山で、楽しそう、ね」

 ぺたぺたぺた。
 と、裸足で地面を歩き、風の吹くまま紫がかった薄桃色の髪を靡かせ、紫がかった赤色の瞳を細め、妖艶に笑う……退廃的な美しさを持つ男、モルヒネ。
 朽ちかけた廃墟がよく似合う彼の登場に、殺意と憎悪をモーズらに向けていた信徒達は一斉に振り返る。
 そして、一様に硬直した。
 この世のものとは思えない程の美貌に、圧倒されて。
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