毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十八章 序曲の不協和音

第374話 描画療法

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 水平線から日が登ったばかりの人工島アバトン。昼も夜もなく動けるウミヘビ達も自室で休息を取っている時間帯。
 人が少ないネグラを歩き、一見なんの変哲もない住居に入り、その住居の奥の部屋、書斎に地下へ続く隠し扉の先こと【檻】へ足を振り入れたのは、新しいフェイスマクスと白衣を身に付けたフリーデンだ。

「よー、塩素クロール! 元気してっか?」

 【檻】へ来たフリーデンの目的は、特殊ガラスの向こう側に入れられてしまった黄緑色の髪を持つウミヘビ、塩素クロールと会う為だ。
 フリーデンの手引きとは言え無許可で島外へ出てしまった事。民間人を巻き込んだ戦闘を、さした抵抗もなく繰り広げた事。といったクロールの規則違反は、廃棄処分も視野に入る程に重いものであったが、フリードリヒが色々と手を回し処罰を『【檻】での謹慎』に留めたのである。それもここで課されるペナルティを順当にこなせば、一週間程で外に出られる。
 尤も湧き立つ破壊衝動を不完全燃焼のまま解消できなかったクロールは意欲を抱く事などできず、ペナルティをサボり壁際で胡座をかいて座っていた。
 しかしフリーデンの姿を確認するや否やすかさず立ち上がり、彼の前まで駆け寄ると外に出る事を拒むガラスに手を当てる。

「先生、お身体の具合は……!」
「平気平気! もう走り回れるぜ? 実際、昨日も遠征行ったし、この後だって遠征だし。だからあんま時間取れなくて悪いけど、これだけは言いたくって」

 フリーデンはクロールの手と重なるよう自身もガラスへ手を当て、

「馬鹿な俺に付き合ってくれてありがとうな、クロール。お前のお陰でケジメを付けられたよ」

 衝動のままアバトンを飛び出した自分に付き合ってくれたクロールへ、感謝を述べた。

「俺はこれから『フリーデン』として生きる。そうすると、お前の望む先生じゃなくなると思うんだが……。それでも俺は、クロールとまた遠征に行きたい。お前は俺の綺麗じゃない所も全部見てくれて、飲み込んでくれるからさ。……頼りにしているんだ、本当に」

 遠征先でどれだけ情けない姿を見せようとも、クロールはフリーデンを見限ることは決してしなかった。ラボの監視の目から逃れられた時点でフリーデンを片し、自由の身になる事も出来ただろうにそれをしなかった。
 地獄の底までお供する、というクロールの宣言は決して偽りではなかったのだ。
 菌床という前線に立った時、それがどれだけ心強いか、フリーデンは知っている。

「できたら、さ。謹慎が終わるまでの間で答えを」
「行きますよ」

 クロールは即答をした。一切の迷いを見せず。

「俺は貴方の側に居られることこそ、至高なのですから」

 フリーデンとして生きると決めた所で、彼の持つ破壊の才能は依然とある。
 その才能が発揮される時を間近で見る事を、クロールは己の破壊衝動を昇華する事よりも幸福に思っているのだ。断る理由などない。
 そもそもクロールからすれば、アンモニアに対し頭に血が登っていたとはいえ、マスクをつけていないフリーデンがいる場で毒霧を使用してしまった為、見捨てられると思っていた。故にペナルティの課題も放棄し、燻っていたが……。
 再び手を伸ばしてくれるというのならば、奮起するには十分であった。

「ありがとう、クロール」

 頭を下げ、改めて礼を告げるフリーデン。

「あっ、けどアンモニアと喧嘩するなよ? 仲良くしろとは言わねぇけど、今後遠征で一緒にいること増えるだろうしな!」
「なっ!?」

 フリーデンが【檻】に来てからずっと微笑んでいたクロールの顔が、アンモニアという名を聞いた事によって歪む。
 雑魚だというのにフリーデンに付き纏う、クロールからすると不快感の塊。視界に入れたくもないウミヘビ。しかしフリーデンの頼みは断りたくないクロールは奥歯を噛み締め、葛藤をする。

「……承知、しました……!」
(すんげぇ嫌そう)

 最終的にアンモニアを避けるよりも、フリーデンの頼みを聞く方に頭の中の天秤が傾いたようで、クロールはガラスに爪も立てながらも承諾してくれたのだった。

 ◇

「おはよう、ニコチン。タリウム」
「はよっス」
「何で今日もお前ぇの顔見なくっちゃなんねぇんだよ……」

 朝方のネグラの広場にて。
 モーズはタリウムとニコチンを呼び付け、椅子に座らせていた。昨日、食堂で解散する前に約束を取り付けていたのだ。

「昨日の課題はできただろうか?」
「できましたよ。こんなんでいいんスかね?」
「ケッ。これで満足か?」

 約束は2つ。
 一つは指定の時間に広場に来ること。もう一つは、スケッチブックから切り離した紙に『木』の絵を一本、描いて貰うことである。尤もニコチンは素直に聞き入れなかったので、命令することでどうにか従わせた。
 そうして2人は今、絵を描いてくれた紙をモーズに差し出している。

「ありがとう。では早速、拝見……」

 軽く頭を下げながらモーズは紙を受け取り、じっくりと眺め始めた。

(黒い)

 一枚目――ニコチンの描いた木の絵は、ともかく黒かった。
 紙の左寄りに描かれた大きな木は枯れ木らしく、葉の一つもついていない。枝も少なく……というか存在せず、幹が左右に割れ二股になっているだけ。地面も荒々しいタッチで黒く塗り潰されており、根との境目がわからない。どこか、痛々しさを覚える絵であった。
 続いて二枚目。タリウムの描いた木は地面にしっかり根を張り、枝を伸ばし、ちゃんと葉も付いている。定規を使ったのか直線的な印象を受けるものの、ニコチンの絵を見た後だと安堵を覚えてしまうほど健全に、

(一見すると、樹木をデフォルメして描いているように見えるが……)
「モーズさん。何で俺達、木を描かされたんスか?」
「あぁ。これはバウムテストという、描画療法の一種だ。つまり深層心理を図る手段の一つ。勿論、これだけで判断する訳ではない。ウミヘビと人間とでは常識も異なる事だし」

 研究所や人工島という閉鎖空間での生活しか知らないウミヘビに、人間の心理療法がどこまで通じるのかはわからない。

「しかし少しでも君達の事を知れたら、と思ったんだ」

 絵を見終えたモーズもまた椅子へ腰を下ろし、ニコチンとタリウムの2人と向き合う。

「ちなみに絵を描く以外にも音楽や舞踏を用いる療法もある。箱庭を作る手法も有名だな」
「どうでもいいわ、そんな情報」
「まぁまぁ先輩。それで、結果としてはどんな感じでした?」
「2人とも抑鬱よくうつ的、というのが私の見解だな」

 しん。
 モーズの見解を聞いたタリウムは咄嗟に言葉を返せず、黒いマスクの下で暫し口を開閉してしまう。

「え……? 鬱病って事っスか?」
「いや。鬱病の症状の中に抑鬱もあるが、必ずしも鬱病に罹っているという訳ではない。だが精神的に健全だ、と言い切るのは少々憚られる」
「そんなに変な絵でしたか? 先輩はともかく」
「そりゃどういう意味だ」
「ではまずはタリウムの描いた樹木から触れていこうか」

 そしてモーズは2人にもよく見えるよう、紙芝居でも始めるかのように絵を掲げ、バウムテストの解説を始めたのだった。
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