毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十九章 狂信者のカタリ

第406話 天使の日

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『お望みのモノの提供をできた所で、ラリマーを借りさせて貰うヨ~』
「えぇ、お好きにどうぞ」
「お前達……」

 相変わらず勝手に話を進める鶏血とルチルを前に、呆れたような溜息混じりの声を漏らすラリマー。
 だがそれ以上の拒絶はない。

「鶏血、お前がアレキサンドライトの所在確認を成し遂げた功績を讃え、特別に従ってやるが……。無茶難題を請け負う気はないからな? それと従うのは一度だけだ。わかったか?」
『了解ヨ、了解』

 生返事に思える声音を返しつつ、鶏血は赤い扇子を広げる。

『実はラリマーの使い道はもう考えているのヨ』
「使い道と言う表現はどうなんだ」
『教団の『本部』まで付き添って欲しいのヨ!』

 その名を聞いた途端、空気が少し張り詰めた。
 次いでラリマーは片眉を上げ、画面越しの鶏血へ鋭い視線を向ける。

「お前もとうとう教祖様に呼ばれたのか?」
『そうなのヨ。けど初めての場所は怖い、怖いヨ……。教祖様の前に立つのも畏れ多くっテ、がっちがちに固まってしまうに決まっているネ……!』
「ふむ、付き添いか。しかし俺は本部に呼ばれていない以上、精々、道案内をする程度しかできない。それでも構わないか?」
『充分ヨ! 助かるネ!』

 ラリマーの承諾を得た鶏血の声が一段と明るくなった。まるで小さな勝利を得た子供のようだ。
 鶏血とラリマーの話がまとまった所で、ルチルが口を開き違う話題を振る。

「ところで。これでワタクシの目的は達成できた訳ですが、ガーネットは今後もアレキサンドライトに扮する活動は継続するつもりなのですか?」
『そのつもりヨ。波に乗っているようだかラ、例え止めても続けるだろうネ』
「続けるのならば、ウミヘビへの圧力をもっとかける脚本を書け。ラボの無反応っぷりの所為か、世間の反応も乏しいぞ」
『そう急かさなくても考えてあるヨ。ガーネットからリクエストも来ていたのだシ』

 そこで鶏血は扇子を閉じ、手の平にパンッと叩き付け乾いた音を鳴らした。

『アタシの情報網に引っかかったのはアレキサンドライトの事だけじゃないヨ? なんト! ウミヘビのも掴めたのヨ! それを活用してセンセーショナルな絵を作るのヨ! そしたら世間の目も変わるだろうネ!』

 そのまま彼は仮面の下で、くつくつと喉を鳴らしている。

「そのような美味しいネタを掴んでいたとはな。それで、具体的な内容は?」
『ネフェリンがアメリカで作った超規模菌床は覚えているネ? ラリマーも付き添ったアレよ、アレ』
「あぁ、覚えているとも」

 世間では《暁の悲劇》と呼ばれ広く認知されている、アメリカでの超規模菌床。
 その記憶を思い起こしたラリマーら、渋い顔をして左腕をさする。アメリカの超規模菌床に赴いた際、ウミヘビの毒牙にかかり斬り落とした左腕。今は修復されているが、その時の記憶は彼の中に深く刻まれていた。

『未成熟子の中にはネフェリンの部下で、ラリマーが遠隔操作しようとした女がいただろウ? そいつの実家の場所がわかったのヨ!』
「未成熟子の実家? それがわかってどうなるというんだ」
『わからないカ? その未成熟子はウミヘビに殺されたのヨ?』

 一瞬、沈黙が落ちた。ルチルとラリマーが視線を交わす。
 鶏血は得意気な声音で話を続けた。

『しかもそいつの遺体は実家に戻り、身内の前で火葬されたそうじゃないカ! ――感情を煽るには、打って付けな相手だろウ?』

 ◇

 オフィウクス・ラボ、共同研究室。
 キュキュ、キュー。
 その部屋の中で、カールはホワイトボードに水性ペンで大きく、ボードいっぱいにある文字列を書いていた。

 ――9月29日。

 ジョンの臨床試験を実施する日である。
 これはカールがいい加減に決めた日にちではなく、クスシ達のコンディション、薬品や手術道具の過不足、メディアの手配、シミュレーションを幾度も繰り返し、準備を万全に整えられる時こそ9月29日と読んで、皆で定めた日にちである。
 またこの日はキリスト教のカトリックを中心に『聖ミカエル祭』として祝日となっており、ミカエルの他にもガブリエルやラファエルを含んだ天使の日とされている。
 竜の姿をした悪魔サタンを撃ち倒す、大天使ミカエル。
 『珊瑚』を打ち負かす日とするには打って付けである。

「天使様に験担ぎなんて、カール先輩ぽくないですね~」

 水性ペンを片手に日程を最終決定したカールに向け、フリーデンが不思議そうに言う。

「何言ってるのぉっ、フリーデンちゃん! 今回はメディア対決でもあるんだから、象徴的な日があったらそこに合わせるに決まっているっしょ~?」
「それに祝日の方が衆目を集め易いからね。一部マスキング処理はするけど、リアルタイムで公開試験をするんだから、暇な人間が多い日がいいっていうのは僕も賛成かな」
「暇な人間……。そ、そうですか~」

 パウルの補足も聞き、フリーデンは乾いた笑い声をこぼした。
 彼らに神や天使の威光、奇跡など眼中にない。あくまで此方の都合と大衆を意識し、擦り合わせた結果がこの日程なのだ。
 その日程を、数字の羅列を、ホワイトボードの端に立つユストゥスはじっと凝視していた。
 臨床試験の主担任は、ユストゥス。この日に今までの研究と準備と――医師としてクスシとして培ってきた、己の実力が問われる。
 そう考えると、無意識に拳に力がこもった。

「不安かい? ユストゥス」

 ユストゥスの隣に立つフリッツが、身体が強張っている彼の様子を見て声をかける。
 ユストゥスは反射的に「大丈夫だ」と答えようとしたものの、声は掠れて出なかった。柄になく緊張している。それを否応なく自覚させられた。

「公開での臨床試験なんてまずないと言うか、初めてだものね。僕も緊張しているよ、ユストゥス」
「……情けない。『珊瑚』を撲滅への大きな一歩だというのに、私は……」
「無理をしないで、ユストゥス。裏方になるけれど、僕も全力で支えるから……。一緒に、挑もう」

 フリッツの言葉を聞いたユストゥスは、再び拳を握り締める。
 今度は緊張からではなく、決意の表明として。

「あぁ。共に必ず、成功させよう」
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