毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十一章 ハロウィンの翌日

第446話 ハロウィンの思い出

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『おっ、アニリン! ひっさしぶりやなぁ! 隣んぬしもウミヘビと?』

 会議室前の廊下から、出し抜けに声が聞こえた。
 顔を見なくともわかる、柴三郎だ。

『わしは砒素じゃ』
『砒素て。またたいぎゃ強か毒が来たもんや』
『おぬしはパウル先生の同期、というやつじゃろ? 話に聞いておるわい』
『おっ、わいのこと知っとるのか!』

 柴三郎は扉の前に立つ砒素とアニリンに幾らか言葉を交わした後、部屋の中にパウルとエミールがいる事を聞き出し、当たり前のように会議室の中へ入って来た。

「エミール! パウル! ようやく見付けたぁ!」
「ちょっと、何で柴三郎まで会場抜け出しているの。もう始まったんだよ? ちゃんと参加しなよ」
「ぬしらがおらんのに? わいだけ仲間とか嫌ばい」

 呆れ声で迎えるパウルの小言を、柴三郎はいつもの調子で軽く受け流す柴三郎。
 そのまま彼はテーブルに並んだ椅子の一つを手に取り動り、パウルの隣へとずずっと引き寄せて、どかっと豪快に座り自身の腰を落ち着けた。

「公開型学会やけん、質疑応答もコメントでできるし」

 今回の特殊学会はリアルタイムで世界に配信されている、異例の形式。
 視聴者には学会用のコメント送信権が与えられており、優先度の高い意見は、壇上のユストゥスへ直接届けられる。
 補佐のフリッツやフリーデンが、世界各国から殺到するコメントをふるいにかけ、要点だけをユストゥスに共有しているとはいえ、柴三郎のような医療界の要人の投稿が無視されることは、まずない。
 よって柴三郎は会場を抜け出しても悠長に構えていられるのだ。

「会場におらんでもよか。なんなら終わった後に直接、話ば聞きぎゃ行くもよかね。パウル経由で質問攻めする手もあるったい」
「ちょっと! 僕を便利屋みたいに扱わないでよ!」
「がっはははは!」

 柴三郎の豪快な笑い声が会議室の中に響く。
 ホログラム映像の向こう側では、ユストゥスの厳格な声がステージ4治療の実施手順を冷静かつ明晰に説明している。

「懐かしかねぇ。学生時代はようこうして3人並んで講義ば受けとった」

 椅子に寄りかかりながら、柴三郎が笑みを含んで懐かしむように言った。
 それを受けるように、パウルも口を開く。

「講義どころかゼミでもそうだったじゃん。留学初日から図々しく距離詰めてきてさ。日本人は謙虚が売りなんじゃなかったの?」
「日本を飛び出すようなもんにそん法則が通用すると? 潔と佐八郎も別に謙虚じゃなかったろう?」
「うっ。それは、そうかもだけど……。でも柴三郎はあの2人と違って、可愛げがないんだよなぁ。なんか上から目線っていうか」
「上からて言うよりも年上目線て言うて欲しかね。そもそもこぎゃん大男(※180センチ越え)に可愛げば求めてどぎゃんすると?」
「……ふふっ」

 テンポのいい2人のやり取りを横で聞いていたエミールが、ふっと短く息を漏らした。
 あまりにも和やかな空気だった。

「時を経ても、ドイツから離れても、2人は変わりませぬな」

 まるで時が巻き戻されたかのように、懐かしい日々がここに再現されている。
 それに対し、エミールは感傷を覚えているようだった。

「エミールもそぎゃん変わっとらんやろう? うんにゃ、わいら世代ん誰よりも早う院長に就任しとるし、成長速度はとてつもなか思うけんど」
「当方は、成長などしていないであります。この地でずっと、停滞しているだけ」

 柴三郎の言葉を、エミールが首を横に振って否定する。
 自身を低く見積もる彼に、すかさず反論したのはパウルだ。

「なに謙遜しているの。ロベルト院長の弟子がへりくだるとか、ロベルト院長にも失礼でしょ。まぁ一番弟子は僕だけどさ」
「エミールは昔から考えすぎるきらいがあるったいね。思い詰めて塞ぎ込む前に吐き出せ、吐き出せ」
「13年前の、ハロウィンの夜を覚えておりますか?」

 唐突の話題の切り替え。
 パウルと柴三郎は一瞬、思考を停止してしまったが、じわじわとエミールの言葉を理解していき、やがて会話を再開した。

「ハロウィン? 昨日やってたハロウィンで合ってる?」
「あっているであります」
「13年前とはまた半端な年ったい。ええと13、13……。わいが留学した年か!」
「あぁ~。ドイツ、って言うかヨーロッパでのハロウィンは初体験だからとかで、柴三郎がゼミ生かき集めて仮装大会したあれ? 徹夜させられた記憶しかないんだけど?」
「パウルもまともにハロウィン祝うた事なかったけん、丁度よかったろう?」
「そう。柴三郎が『パウルは猫又もといケット・シーが似合う』と主張し、どこで購入したのやら、猫耳を付けさせていたでありますな」
「わーっ! 忘れようとしていた記憶掘り返さないでよっ!」
「そうやった、そうやった! エミールにはマント付けさせてヴァンパイアさせて、わいはカボチャ被っとったわ! それからロベルト院長ん所まで百鬼夜行して、お菓子たかってなぁ!」
「申し訳ない気持ちも蘇ってきた……!」

 頭を抱えて嘆くパウル。
 柴三郎がドイツ留学をしたその年、「親睦会を兼ねて~」ともっともらしい理由を付け、ロベルトの受け持つゼミ生を集め研究室の一室を仮装パーティーの会場に仕立て上げたのだ。
 20年前の感染爆発パンデミック以降、世間はイベント行事を何年も自粛していた事に加えて、パウルはただひたすら医師を目指して勉学に打ち込むばかり。当時まだ15歳だったにも関わらず、年相応の行事とはほぼ無縁の少年だった。
 それをロベルトから聞きつけた柴三郎が、「そりゃいかん」とばかりに張り切って企画を立てたのだ。
 仮装も飾り付けも、すべて自費。酒の力も借りず、学生達は夜更けまでどんちゃん騒ぎをした。

 柴三郎はそのまま、クリスマスや新年会など、季節の行事にも積極的に取り組んだ。
 そして毎度、同学年だったパウルとエミールを巻き込み、豪快に笑って、場を明るくし続けたのだ。

「そんで、わいが企画した記念すべき第一回仮装大会がどうしたと?」
「その頃はまだ、潔と佐八郎はおりませんでしたが……。あの夜が、研究も勉学も……。『珊瑚』の脅威さえ忘れ、遊び、楽しみ、明け方まで笑い声が絶えなかったあの夜が、愛おしく思うのであります」

 エミールは顔を伏せ、

「もう二度と、来ない」

 絞り出すように、そう言った。
 会議室に静寂が訪れる。
 ホログラム越しに映る壇上では、ユストゥスが新たなスライドを開き、治療法の臨床成績を示し始めていた。しかしこの場にいる3人の誰も、その内容には耳を傾けていなかった。

「エミール? どぎゃんした?」

 ただならぬ気配に柴三郎が戸惑いながら訊ねてみると、エミールは小さく、震えるように口を開いた。

「柴三郎とパウルがドイツを去って、それぞれの道を歩み始めて……。当方もこのままではいけないと、『珊瑚』の知見を深める為、臨時で軍医を勤める事もありました」
「柴三郎も従軍してた事あるよね。2人とも医者なのにそんな危ない橋渡らなくっても……」
「菌床ん中突っ込んでくクスシになったパウルに言われたくなか」
「ぼ、僕はいいんだよっ! 僕には『珊瑚』を処分する手段があるし、菌床で実際に戦ってくれるのはアニリン達だし……!」
「菌床で学ぶ事は多いでありますからね。当方も、学びを期待し、身を投じました。しかし、しかし……」

 エミールの脳裏に浮かぶのは、4年前。
 ドイツ感染病棟の東棟で、生物災害バイオハザードが起きた日の記憶。

 入院していた大学の卒業生がステージ5となり、見舞いに来ていたかつてのゼミ生を殺め――今、壇上で補佐を務めているフリッツを瀕死に追い込んだ、凄惨な事件。
 エミールは当時、副院長で、
 その際、違和感を覚えた。そして、一つの仮説に行き着いた。

 【敵】は外ではなく、内側にいるのでは? と。
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