毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十一章 ハロウィンの翌日

番外編 ハロウィンの夜

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 西暦2307年、10月31日。
 ドイツ最大の大学、その中にある研究棟の一室。
 そこは平素とは別の世界に変わっていた。

 ジャック・オ・ランタンの提灯が天井から吊るされ、カボチャ色のリボンと黒い布地が壁を彩っている。机の上には手作りのキャンディボックスや、妙にクオリティの高いケーキやクッキーまでずらりと並んでいた。
 主犯は、今年ドイツ留学したばかりの柴三郎だ。

「ほれ、そこ! カメラに映るったい! 笑え笑え!」

 彼はカボチャの被り物をすっぽりと頭から被り、得意げに学生達を次々と携帯端末で撮影する。
 やかましいのに、妙に楽しそうで、そして誰も彼を止めようとしない。

「……なんで僕が、こんな格好……」

 隅の方で、猫耳カチューシャをつけられたパウルが唇を尖らせた。
 ふわふわした黒いマントまで着せられ、見た目だけはよく出来たケット・シーだったが、本人の不満は隠せない。

「パウル、かわいいやん」
「かわいくない! 医学生にあるまじき辱めだよっ……!」

 カボチャ頭となっているのに、その中で柴三郎がニヤついているのがわかる。
 パウルは耳まで真っ赤にし、両腕をぶんぶん振って憤りを露わにした。
 そんな彼の隣で、マントを翻したエミールだ。高い襟と銀のブローチのついた、クラシックなヴァンパイアの衣装。表情はどこか所在なさげだが、嫌がっている様子ではない。

「当方も、仮装をするのは小学生グルントシューレぶりありますな。……童心に返ったようで、少し、心が躍っている気もします」
「がっははは! そらよかった!」

 柴三郎は彼らの頭をぐしゃりと撫でたかと思うと、何やら雑なスピーチを始める。

「ゼミ生たるもの、頭ばっか使うだけやのうて、季節の行事にも精を出さんと! これも立派な教養やけん!」
「適当なこと言ってる……」

 それでも皆、笑っていた。
 誰もが思い出したように、子供だった頃のような顔をしていた。
 仮装をして、お菓子を持ち寄り、くだらないジェスチャーゲームに腹を抱えて笑った。
 研究の進捗も、論文の締切も、『珊瑚』の脅威さえも、その夜ばかりは遠く感じられた。
 酔いではなく高揚感に包まれた柴三郎は、勢いそのままパウルとエミールを巻き込んで準備室へ突撃を仕掛ける。

「トリック・オア・トリート!」

 勢いよくドアを開けた先。
 そこにはデスクに座り、明日の講義の準備に勤しむロベルトの姿があった。
 突如として突入してきた3人を前にしても、彼は落ち着いた様子でパソコンを閉じ、顔を上げると苦笑を浮かべる。

「おや。私もターゲットに含まれるのかい?」
「当然たい!」

 柴三郎が大声で笑う。
 無礼講が過ぎると、パウルは申し訳なさそうに頭を下げた。

「あの、お忙しいところ本当にすみません、ロベルト先生。僕が未熟なばっかりに、柴三郎を止められず……」

 そこでロベルトは席から立ち、デスクの引き出しからチョコの入った菓子袋を取り出すと、その中から3つほど手に取り、パウルへ手渡した。
 どうやらこうなる事も想定して、彼は事前に用意をしていたらしい。

「今日はハロウィンだからね、パウルも楽しむといいよ」
「ロベルト先生……!」
「でも皆んな、夜更かしは程々にね。講義の課題も忘れてはいけないよ?」
「了解ばい~」
「ちょっと柴三郎、返事が軽すぎるよっ! ただでさえふざけた頭しているんだから、シャッキリして!?」
「いだだだっ! 無理にしゃんむっでん引っ張らんで!?」
「パ、パウル! 落ち着くであります……っ!」

 わちゃわちゃと戯れ合う3人を見て、ふっとロベルトは笑みをこぼした。
 そしてカボチャの被り物を脱がされた柴三郎と、そわそわと目を泳がせるエミールにも、それぞれチョコを分け与える。

「さあ、仲良く食べて。折角のお祭りなんだ。喧嘩は、仮装の魔法が解けてからにしよう」

 その言葉に、3人は顔を見合わせ、どこか気恥ずかしそうに笑った。


 こうして、かけがえのない一夜が幕を閉じた。
 その後、彼らの進む道は分かれ、『珊瑚』は依然と猛威を振るい、そしてあの夜を知る者たちの何人かは、もうこの世にいない。
 だが、あの一夜――
 仮装して、笑い合って、ジャック・オ・ランタンの灯りが揺れていたあの夜は、確かにそこに存在していた。
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