触手生物に溺愛されていたら、氷の騎士様(天然)の心を掴んでしまいました?

雪 いつき

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ライム・ヴァルト

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 滞在場所として用意されたのは、王宮から遠く離れた離宮だった。
 そこまで案内してくれた男性はそそくさと帰って行き、メイドも軽食と飲み物を置いてすぐに出て行った。討伐メンバーに任命されたシグルズだけは、扉のそばに立っていた。
 俺はシグルズの前に立ち、頭半分高い位置にある顔を見据える。それでも何の反応もせず、無表情のままだ。

「今朝会ったよな?」
「いえ」
「良く似た兄弟とかいる?」
「いえ」
「良く似た親戚は?」
「おりません」

 淡々と答えるその表情は人形のようだ。でもこんなに整った顔とイケメンボイスの人間が他にいてたまるか。

「いや、絶対あんただ」
「人違いです」
「雰囲気とか全然違うけど、絶対あんただって。俺とヌメヌメになった仲だからな。覚えてるぞ」
「ふっ……どんな仲だよ」
「あ、やっぱり!」

 騙せなかったとばかりに、シグルズは肩を竦めた。


「てか、ライム・ヴァルトって?」
「私の名だ。シグルズ・フォン・ライム・ヴァルト」
「なんかめちゃくちゃカッコいいな。俺は森川 碧葉」
「今朝聞いた」
「だよな。いやー、仕事中のあんた、おっかないな。一瞬別人かと思った」

 ケラケラと笑う。シグルズはどこか困惑した顔をした気がするけど、今は普通だ。

「てかさ、王様になんかした? 国一番の騎士が役立たずの俺のおもりでドラゴン討伐とか、厄介払いなんじゃ……」

 もう一人の騎士の選考はシグルズに任せられたけど、たった二人でドラゴンを倒せるとは考えにくい。

「厄介払いは合っているな。私の力は利用したいが、常にそばに置くには居心地が悪いといったところだろう」
「あー、確かにさっきのあんたを置いてたら胃に穴が空きそう」
「ふ……そうか。君は面白いな。器が大きいのか、ただの脳天気な馬鹿なのか」
「器が大きい方ですけど? あんたは顔に似合わず口が悪いな」

 まったく。品行方正そうなお綺麗な顔で。


「でもさっきのあんたより、今のあんたの方が好きだな」
「……口説いてるのか?」
「どうしてそうなるんだよ。これだからイケメンは……」
「イケメンとは何だ?」
「そっか、異世界だった。えーっと……顔もスタイルも良くて絶対モテるだろって男のこと」
「なるほど。君には私はそう見えるのか」
「……墓穴掘った気がする」

 意地の悪い笑みを浮かべるシグルズに、頭を抱える。王様の前では無表情だったくせにこんな顔もするとかさ……。

「言っておくが、王の前では無理をして表情を消していた訳じゃない」
「は? いやいや……え?」
「つまらないから笑わないだけだ」
「ええっ……お笑い芸人の心折るやつじゃん……」

 話すと芸人と言われた心にも無駄に突き刺さった。

「あれ? でもそれって、俺といると楽しいってこと?」
「ああ」
「うええっ……イケメンこっわ……」

 薄く微笑まれながらのそれは、攻撃力が高すぎる。世界の九割は惚れる。

「……いや、うん、まぁ、ありがと」

 俺は惚れない側の一割、と心を落ち着かせ、話題を変えるためにソファに座った。


「明日には立つ」
「は?」
「この世界のことは道中で話すが、今日はこれでも読んでいろ」
「……わたしたちのせかい、初級」
「それなら読めるだろう?」
「もしかしなくても子供向け~」

 見た目は豪華なハードカバー。その中身はたっぷりの挿し絵と簡単な文章。からかわれてるのか、異世界人に対する気遣いか。
 ……多分、どちらもだ。意地の悪い顔をしてるけど、本の内容自体は分かりやすい。

「知らない文字なのにちゃんと読める。異世界変換便利だな」
「昨夜から思っていたが、戸惑いや恐怖はないのか?」
「あー、まぁ、驚きはしたけど、来ちまったもんは仕方ないし、どうせ元の世界にも帰れないんだろうし。ここで生きてく方法考える方が得策だろ?」

 ドラゴン退治が無理そうだったら死んだふりして逃げる、とは言えない。相手は一応国王の部下という立場だ。今は黙っておこう。

「……器が大きいのか?」

 本を読む俺に配慮してか、シグルズは呟きながら部屋を出て行く。でもすぐに戻ってきた。


「聖者。髪を切れと命じてくれ」
「ん? 髪?」
「この髪は、王が腰より短くするなと言うから切れない。だが、聖者の権力は強い。君が切れと言えば王命に背いたことにはならないだろう」
「王様が髪の長さまで決めんの!?」

 信じられない命令に思わず引いた。あの王様はパワハラでモラハラでセクハラ上司なのか。

「あー、じゃあ、ドラゴン討伐にその髪じゃ危ないだろうし、切ってきなよ」
「拝命した」

 シグルズは口の端を上げ、清々しい顔で部屋を出て行った。

「騎士って、ものすごくブラックなんじゃ……」

 会社は転職すればいいけど、国と王に仕える騎士は簡単には他国へ転職は出来ないだろう。そう考えると可哀想な奴だな……。
 ただ、あの綺麗な髪を切ってしまうのは、ちょっとだけ勿体ないと思ってしまった。


 静かになった部屋で、本に視線を落とす。
 ここはルーン王国。わりと大きな国だ。これから向かう東の国境付近の森には、ドラゴンなどの魔物が棲んでいる。
 その森を迂回して国境を越えるには、北回りの険しい山脈越えか、南回りの流れの速い大河を渡らなければならない。そこまでして商売に行く者はほぼなく、国交も交易もないに等しい。

「うーん……逃げるなら東の国かな」

 国交がないならそう簡単に見つかることもない。北回りなら日数をかければ行けそうだし、冬と雨期を避ければ死ぬこともなさそうだ。元の世界とは全く違う地図を眺め、溜め息をつく。

「神聖力ってのを目覚めさせて、ドラゴン退治……」

 俺がやることはそれだ。退治出来そうになければ死んだふりして逃げる。逃げるなら、そのための食料や金が必要になるけど。

「どの世界でも金欠かぁ……」

 出来れば悠々自適の異世界ライフを楽しみたかったなぁ……。テーブルの上に突っ伏して、また溜め息をついた。


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