アイドルですがピュアな恋をしています。~お付き合い始めました~

雪 いつき

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自分たちのペースで

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 忙しい日々が続き、ほぼ一ヶ月ぶりになってしまった。
 午前中で大学を終えた隼音しゅんは、軽い足取りで花楓かえでの家へと向かう。隼音のオフが店休日と重なったのだ。
 今日はいっぱい話せる。
 やはりまだ少し緊張しながらも花楓の部屋に入る事、数分。


「花楓さん」
「はい」
「……」
「…………」
「なんで逃げるんですか」
「えっ、だって、その……」

 と言いながら、ソファの端に座った花楓は更に端へと逃げようとする。

「何もしませんから」
「な、何も、って?」

 更に視線も合わせてくれない。もしやこれは、抱かれるかも、という自覚が生まれて……。
 ……抱かれる側だと思ってくれてる花楓さん、今すぐ抱きたい。

 ぶわっと想像してしまい、隼音は片手で顔を覆った。
 駄目だ。想像だけで死ぬ。


「花楓さんが俺を恋人として意識してくれるのは嬉しいですけど、俺もまだ、いっぱいいっぱいなんです」
「え?」
「手を繋いだり、抱き締めたり、それだけでもまだ心臓が止まりそうです。すみません、不甲斐なくて」

 アイドルならもっとスマートにエスコートするべきなのに。自分でも出来ると思っていたのに。
 しょんぼりと肩を落とす隼音に、花楓は目を瞬かせた。そして、ふと肩の力を抜きクスリと笑った。

「俺も、だよ。俺にはこれが精一杯」

 チュッ、と頬にキスをする。この場合、可愛い年下の隼音君と思っている花楓の方が強い。
 ほんのりと頬を染める花楓を、隼音はぎゅっと抱き締めた。

「一歩ずつ、俺たちのペースで進んでいきましょう?」
「うん、そうだね」

 すり…と頬を擦り寄せてくる花楓の方が、一歩先を行っている気がする。
 更には身の危険を回避したからか、花楓は普段通りに隼音をジッと見つめた。

「隼音君、髪、切らないの?」
「え、似合わないです?」
「似合うけど……悠哉ゆうやの最期のシーンを思い出しちゃって……」

 うるっと瞳を潤ませた。
 隼音の出演分の放送が終わった日、花楓から熱烈な感想の電話が掛かってきた事を思い出す。


 悠哉というのは、ドラマで演じた役名だ。
 ヒロインに迫ったシーンの後、タイミング良く現れた主人公と大喧嘩をした。ヒロインに迫った事ではなく、自分を傷付けるような悠哉の言動に彼は怒ったのだ。
『それが本当にお前のしたい事か!?』と、彼は悠哉のために涙を流した。

 ただ、絵を描く事が好きだった。
 その絵を好きだと言ってくれる二人の事が、好きだった。

 彼は命を削り、最期に一枚の絵を描き上げた。淡く柔らかな光の射す海辺で笑い合う男女が描かれた、暖かな絵。

 それは、三人で良く訪れた海で、悠哉が眺めていた光景。彼の人生で一番幸せだった時。幸せそうな二人の姿は、悠哉の目にはこうも眩しく輝いて見えたのだ。二人は、彼にとっての幸せだった。

 主人公とヒロインの結婚式にその絵を贈り、その数日後に大切な人たちに看取られ、彼は人生を終えた。


「ううっ……悠哉、生きて幸せになって欲しかったよ……」
「そうですね……」

 隼音の事をぎゅうっと抱き締めてくれるが、悠哉宛の言葉と思うと何とも複雑だ。

「悠哉の分も、隼音君のことは俺が幸せにするからね」
「花楓さん。プロポーズみたいですね」
「…………えっ、……あ、あの……」
「でも、一旦保留にしましょう? まだ俺たちには早いです」

 チュッと目元にキスをされ、花楓はこくりと頷いた。確かにまだ早いし、そんなつもりはなかったのだ。

「もう少しだけ、待っててくださいね?」
「うん。…………うん?」
「あ、花楓さんの好きそうな紅茶買って来たんでした。地方ロケの時に見掛けて。はい、お土産です」
「あ、ありがとう……?」

 今、何か言われた気がする。花楓は首を傾げる。だが、緩くロケの土産話をする隼音に、可愛いなあと思うともう駄目で。
 楽しそうに話す隼音を、にこにこと見つめてしまうのだった。


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