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D-BlinK、HINA
しおりを挟むその日は、来た。
メンバー全員の都合と店休日をすり合わせ、さすがにメンバー全員で店を訪れては目立つだろうと、駅直結の会議室での顔合わせとなった。
駅直結ならば人の出入りも多く、紛れやすい。扉も二重で完全防音だ。
花楓と鷹尾が横並びに、机を挟んで向かいには隼音たちが座った。
室内には重苦しい空気が漂っていた。
……主に、隼音と大地だが。花楓も緊張の面持ちで背筋をピンと伸ばしていた。
「初めまして。私、アイドルユニットD-BlinKのリーダー、HINAと申します。隼音と大地が日頃から大変お世話になっております」
「店長の鷹尾と、当店のパティシエの花楓です。こちらこそ花楓がお世話になっております」
「本来ならもっと早くにご挨拶に伺うべきところ、申し訳ございません。こちら、心ばかりの品ですが」
「あ、わざわざありがとうございます」
鷹尾は差し出された風呂敷包みの箱を受け取る。持ち歩ける程度にずっしりとした重さ。添えられた紙袋はしっかりとした素材で、菓子類ではなく果物のようだ。
鷹尾が柑橘系好きという情報を隼音から得ていたのだろう。
「こちらも、気持ちばかりではありますが」
「お気遣いありがとうございます」
鷹尾も店の焼き菓子を詰めた箱を差し出した。こちらも花楓づてに甘い物は好きだという情報を得ている。
多忙と言うことで、移動中に摘まめるよう包装紙はなく、箱に直にリボンを掛けた。こちらも手頃なサイズの箱だ。
HINAと名乗った人物は、ハイトーンのミルクティベージュのボブに、薄桃色のぱっちりとした瞳をしていた。
ぷるんとした唇には、にっこりと可愛らしい笑みをたたえている。
169cmの、この中では小柄な身体にさらりとした生地の薄手のシャツが良く似合っていた。
周囲に花を飛ばす幻覚さえ見える柔らかな笑顔で、ペコリと頭を下げた。
「私にとっては可愛い仲間ではありますが、何分彼らはまだ年若く至らぬ点もあるかと……。ご迷惑をおかけするような事が御座いましたら、遠慮なくこちらまでご連絡くださいませ」
「はあ、ご丁寧にどうも」
両手で差し出された名刺を受け取り、鷹尾は名刺と目の前の人物を交互に見遣った。
そこで隼音が堪らずに小声で声を掛けた。
「雛、雛、堅苦しくなってる」
「え?」
「営業先じゃないから」
「え、……あっ、ごめんなさいっ」
あわわ、と慌てる姿に、隼音と大地はホッと胸を撫で下ろす。これ以上花楓たちの前で“手のかかる息子たち”扱いをされるのはさすがに少し恥ずかしかった。
年相応になった雛に、鷹尾は思わずクスリと笑った。
「まだお若いのに、随分しっかりされていますね」
大学生か、高校生か。外見からは想像出来ないしっかりとした物言いと、姿勢。
頑張って覚えたんだろうな、と鷹尾は思ったのだが。
「雛は、結成前は別のユニットのマネージャーをしてたんです。ちょっとやんちゃなユニットだったので、腰が低くて」
「マネージャー? 学生じゃないのか?」
いや、前職がマネージャーでも、義務教育を終えてすぐに就職なら年齢的にはまだ大学生でもおかしくはない。
だが、義務教育卒でマネージャーになれるものなのだろうか。鷹尾は雛をマジマジと見つめた。
「雛は、ユニット最年長です」
「…………最年長?」
大地の言葉に眉を寄せる。すると今度は雛がにっこりと笑った。
「はい。二十六歳です」
「二十、六……?」
「はい」
にっこりと笑う雛を見つめる、鷹尾のポカーンとした顔。鷹尾のこんな顔は見た事がない。
そこで、今まで緊張で固くなっていた花楓がパッと顔を輝かせた。
「あっ、俺、同い年です」
「はい、そうなんです。花楓さんのお噂はかねがね伺っております」
笑顔を返す雛に、花楓は首を傾げた。
「隼音が、花楓さんは天使みたいに優しくて可愛いと」
「え? えっ、と……」
「本当に可愛らしい方ですね」
「えっ、雛さんの方が可愛いですよっ」
「ええっ、花楓さんの方が」
可愛い可愛い言い合う二人に、鷹尾は何処か癒された顔をして、隼音と大地は複雑な顔をした。普段の身内モードの雛を知っている分。
「雛さん、同い年だし、敬語は堅苦しいかな?」
「えっ、あ、はい……うん」
雛は途端にソワソワし始める。
「あの……僕、この業界入ってから周りに同い年いなかったから、嬉しいな」
えへへ、と笑う雛に、花楓が癒された顔をした。
「花楓さん。見た目に騙されたら駄目ですよ」
「隼音、それどういう意味かなぁ?」
「そういうとこです、雛サン」
笑顔が怖い。隼音は小声で呟いた。
腰が低いのは取引先相手の話。身内には容赦がない。
裏がある訳ではない。ふわふわした雛も、しっかり者の雛も、身内限定の厳しい雛も、謂わば全て表。切り替えが見事なのだ。
今は花楓とめでたくお付き合い出来て、雛も空気を読んで黙っているが……。
一般人に恋をした、と報告した時の様子はこうだった――。
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