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ということがありました
しおりを挟む事の経緯をかなりかいつまんで話す隼音と、それを何とも言えない顔で聞いている雛。大地は苦笑した。
「最初は、何がなんでも反対するつもりだったよ。でも、隼音が本気になる人なんてこの先現れるかも分からないし、僕だって隼音には幸せになって欲しいと思ってるもの」
反対、と言う言葉に花楓がピクリと反応する。
雛は子供っぽく拗ねた顔を一変させ、にっこりと笑みを浮かべた。
「花楓さん」
「えっ、はいっ」
「隼音の為に、別れる気はありませんか?」
「え?」
「雛!」
「隼音は黙ってて」
威圧的に言われ、隼音は口を噤む。ここで花楓を庇っても雛は納得しない。
己の力不足に唇を噛む隼音に、花楓は戸惑いに揺れていた瞳を、そっと緩ませた。
「ごめんなさい。ありません」
花楓は雛へと、きっぱりと言い放った。
「俺が致命的なリスクになることは理解しています。その上で、隼音君は俺を好きだと言ってくれて、俺のことを本当に大切にしてくれるんです。俺は、そんな隼音君の優しさに応えたい。隼音君のことを幸せにしたいんです」
そう言って隼音を見つめる。
「隼音君のことが、好きなんです。だから、絶対に守ってみせます」
「花楓さん……」
自然と見つめ合う二人。
雛は、大きな瞳を瞬かせた。
「……隼音より男前だね?」
「時々男らしくなる花楓さんも大好きです」
「隼音と同じくらい愛が重いね……?」
「だと嬉しいです」
雛への返答なのか、惚気なのか、隼音は花楓を見つめたままで答える。花楓も隼音を見つめ優しく微笑んでいた。
「……」
「雛。気持ちは分かる。店長さんも、なんかすみません」
一番の被害者……いや、一番傍で見守っていた大が、雛と鷹尾に声を掛けた。
そこで雛は、コホンと咳払いをする。
花楓の返答次第では、一度認めた交際を改めて反対しようと思っていた。どうやって守るのかと問い詰める事も出来るが、ここまで隼音の事を想ってくれる人もこの先現れるかどうか。
隼音に幸せになって欲しい気持ちは、本当なのだ。
「花楓さん。ユニットリーダーとしては、この先も花楓さんの事を厳しい目で見なくてはならないのですが……、隼音の事、よろしくお願いします」
「はい。幸せにします」
「それと……」
「?、はい」
「……同い年、だし……今度はただの雛として、お店にお邪魔してもいい、かな……?」
口調を崩し、眉を下げ、何処か悲しそうな顔で笑った。
リーダーとして難しい立場にいる雛は、ただの雛として話せる相手があまりいなかったのかもしれない。同い年なのに、沢山のものを背負っている。
そんな雛が、花楓には愛しく思えた。
「うん。待ってるね」
ふわりと笑うと、雛はパッと顔を輝かせた。
「せっかくだから、雛さんの好きな物を作りたいな」
「好きな物……」
「うん。お菓子にはなるけど、何が好きかな?」
「あの……、…………プリンが、好き……」
可愛い……!
上目遣いで恥ずかしそうに言う雛に、花楓は口元を押さえた。
隼音は悟った。
ライバルは格好良い枠の鷹尾や大地ではなく、可愛い雛だ。花楓は可愛い子好きなのだ。
だが、友情を育もうとする二人の邪魔は出来ない。それはあまりに非情というもの。
「いろんな種類のプリン作って待ってるね」
「ありがとう、花楓さんっ」
周りに花が飛んでる……。
隼音たちは同じ事を思った。
その光景を見守る視線に気付き、雛はハッとして姿勢を正し、咳払いをした。
ほんのりと赤くなった頬。花楓は微笑ましそうに見つめた。
「雛さん」
「はい?」
鷹尾の声に、雛は背筋を伸ばす。しっかり者の雛スイッチが入ったようだ。
「あなたの教育がなければ、彼が花楓に近付く事を許していませんでした」
「そう仰っていただけて光栄です。でも隼音たち自身の元からの性格の良さがあってこそです」
しっかり二人を立てる雛に、鷹尾はそうですねと同意した。
「花楓は、パティシエとしては一流ですが少々世間知らずなところがありまして。……俺が過保護にし過ぎた所為でもありますが」
「大切だからこそ、ですよね。お察しします」
「お互い苦労しますね」
「そうですね」
だんだんママ友の会話みたいになってきた。
そこで雛のスマホのアラームが鳴る。雛はこの後、幾つか打ち合わせが入っていた。
「慌ただしくてすみません。そろそろお暇しますね」
「あ、そこまで送ります」
「ありがとうございます」
鷹尾が自然な動作で立ち上がり、扉を開ける。
執事みたいだな。
隼音と大地は同じ事を思った。
一緒に立ち上がる隼音たちに雛は、大丈夫、と笑顔を向けた。
会議室は一時間で取っている。せっかくだから、時間いっぱいお話してね。そう言って鷹尾と共に部屋を出て行った。
エレベーターホールへと向かう途中、雛は周囲を見回し声を低めた。
「鷹尾さん」
「はい」
「あなたの人柄を見込んで、お話しておきたい事があります」
神妙な顔の雛に、鷹尾は小声で話せる距離まで、開いていた距離を詰める。
「もしもの事がありましたら、あなた方に出来得る限りの支援と補償をしますが……その結果、もしくは過程で、ユニットリーダーとして隼音を守る事を優先する可能性もあります」
雛は目を反らずに、真っ直ぐに鷹尾を見据えた。
守るべきもののある強い瞳。
鷹尾は、そっと目を細めた。
「それで構いません。俺も、何を犠牲にしても花楓を守りますから」
雛と同じ。鷹尾にとっては花楓が一番大切なのだから。
その答えに、雛はにっこりと笑った。
「話が早い方は好きです」
「俺もですよ」
「今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。ああ、今度は是非家の方にもいらしてください。お茶でも飲みながらゆっくり話しましょう」
「ありがとうございます。私も、もう少しあなたとお話してみたいです」
お互いに笑顔を返し、雛はエレベーターに乗り込んだ。
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