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四月初旬
しおりを挟む隼音は今も店を訪れる度にケーキを買っている。ごちそうするのに、と花楓は言うが、それは駄目ですと隼音は断っていた。
花楓に合法的に貢げる機会だ。それに、美味しい物への対価はきちんと支払わせて欲しい。
今日は仕事の合間に訪れた。この後は大地と雛の三人でミーティングがある。
「花楓さん、一番左のケーキ下さい。それと、ノアールのショートケーキとコーヒーゼリーと……あ、この可愛い蝋燭もお願いします」
数字の一と二を取り、レジテーブルの上に置く。
四号サイズのホールのショートケーキ。花楓は目を瞬かせた。一と二と言うことは、二十一歳?
「お友達さんにかな? プレートにお名前は?」
「えっと、可愛めの平仮名で、しゅんくんでお願いします」
「平仮名で、しゅんく……、……しゅんくん?」
「はい」
「えっ、隼音君、お誕生日なの!?」
「はい。実は週末です」
気付かれなければそのまま同じ名前の友人の誕生日と言おうと思っていたのだが、特に隠す気もない為肯定する。
「週末っ? 言ってくれたら隼音君用に作ったのに……」
「ありがとうございます。でも俺、このホールケーキ見る度にずっと食べたいなーと思ってたんです」
さすがに何でもない日に一人でホールを食べる訳にはいかない。雛が鬼の形相で地獄のレッスンスケジュールを組みそうだから。
「俺用のケーキは、来年のお楽しみにさせてください」
自然に来年の話をする隼音に、花楓は胸がキュッとなった。隼音は来年も恋人でいる事を、当然のように思ってくれる。
「隼音君……。でも、せめてプレゼント用意したかったよ……」
「誕生日プレゼントに、遊園地デートさせて貰いますから」
そう。ついこの間遊園地デートを提案したのは、そういう意図があったのだ。
誕生日当日の日曜はファンクラブ限定のバースデーライブがある。
遊園地デートは、その翌日。
体がつらくないかと訊かれたが、ライブと言ってもドーム程の規模はないし、夕方からの二時間ちょっとだ。本気でパフォーマンスをする気だが、帰って寝れば充分回復出来る。
何でもない事のように言う隼音に、若さだなあ……と花楓はふいに歳の差を感じた。
一度裏へと戻った花楓は、プレートに可愛らしく“しゅんくん”と書き戻って来た。バースデーライブでは今年もスタイリッシュな文字で“SYUNN”と書かれているだろうから、プライベートでは可愛いのが欲しかった。隼音は花楓の可愛らしい文字に頬を緩めた。
「ねえ、隼音君。誕生日プレゼントが、お化け屋敷になっちゃうんだけど……」
さすがにそれは申し訳ない。誕生日と知っていたら隼音の好きなところへ行ったのに。
「斬新でいいじゃないですか。あ、じゃあ、キャラメルチュロス買ってください」
あの遊園地の限定味だ。
「キャラメルチュロスも買ってあげるけど、もっと、ちゃんとプレゼントしたかったよ?」
もうっ、と怒る顔も可愛いです。隼音は喉まで出かけた言葉を呑み込んだ。
「それは来年のお楽しみにしますね」
「う、ん……。でも、恋人になって初めての誕生日なのに……」
しゅん、と眉を下げる。せめて隼音用のケーキくらいはプレゼントしたかった。
「あ、じゃあ、恋人らしいプレゼントおねだりしてもいいですか?」
「うん、勿論だよ!」
「ありがとうございます。当日、花楓さんからのキスが欲しいです」
ハートマークが飛びそうな顔で隼音は笑う。え、と花楓は一瞬固まり、頬を染めた。
「俺が一番欲しいのは、花楓さんですから」
「う、……うん、……うーん……」
「照れてる花楓さん、可愛くて好きです」
「うっ……あり、がとう……?」
「どういたしまして。あ、お客さん来る前に帰りますね」
店の前に人通りが多くなってきた。隼音は伊達眼鏡を掛け帽子を被り、ケーキの入った紙袋を受け取った。
「遊園地デート、楽しみにしてます」
「うん。俺も楽しみにしてるね」
隼音を見送り、花楓はふうと息を吐く。
デート、キス、と改めて言葉にされると何だか恥ずかしい。そういえば、花楓からは唇へのキスをした事がない気がする。
だがやはり改めて考えると、顔が熱くなってしまった。
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