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八百屋、みのり2
しおりを挟む「あの、その、店長さんの従兄弟って言ってましたし、その……俺の知ってるSYUNNさんとは雰囲気が違って話しやすかったので、全然気付きませんでした……。あっ、髪型も違いますし、眼鏡も……!」
必死感溢れる様子で付け加える。ちょっと怖そうと言った事に罪悪感があるのかな、と隼音は納得した。
そういえば初めて会った時に“店長さんのご兄弟ですか!?”と食い気味に訊かれ、咄嗟に従兄弟ですと答えてしまった。
髪色が同じだからいけるかと思っての判断だったが、みのりは“さすが美形の血筋!”とやけに感動して今の今まで信じていたのだ。
……念のため鷹尾にも口裏を合わせて貰うようにお願いしていたのだが、それも必要ないくらいに。
それに確かにここに来る時は、前髪を上げたり分けたりしてピンで留めている事が多い。変装用の伊達眼鏡もしているが、この至近距離で気付かれないのはアイドルとしては少し寂しかった。
「バラエティ出てる時より更に緩いからな」
「は、はい…」
大地の言葉にみのりが申し訳なさそうに頷く。
「え、そんなに緩い?」
「緩いな」
「緩いねぇ」
「花楓さんまで!」
「でも、その緩さが可愛いと思うよ?」
「うっ、花楓さん、好きです!」
「ふふ。俺もだよ?」
こんなやり取りをしてもあまりに自然で、みのりは二人が恋人同士だとは気付かない。
それに今は申し訳なさで萎縮していた。そんなみのりの顔を、隼音が覗き込む。
「みのりちゃん。俺からバラしておいてあれだけど、このことは」
「誰にも言いません! 推しに迷惑かけるのはファン失格ですから!」
バッと顔を上げ、両手で拳を作りそう言い切った。
「みのりちゃんはファンの鑑だね」
「ありがとうございます! あと、誰かに言うのは勿体ないという本音もあります!」
自分だけの夢のような思い出にしたい。キラキラと目を輝かせるみのりに、隼音は満足そうに頷いた。
みのりは誰かに自慢するより、自分の世界で幸せに浸っていたいタイプだ。自分だけの秘密はよりいっそう輝くタイプ。数回話しただけでもそう感じられた。
彼ならもし何かが起こった時には味方になってくれると思ったのだが、あまりに純粋な目をしたみのりに、隼音は申し訳なさが募った。
そんな考えに気付いたのか、大地がみのりに声を掛ける。
「黙ってて貰う代わり、と言ったら何だが、これも何かの縁だしな。して欲しい事とかあるか?」
隼音につられてラフな話し方になる。テレビ用ではない大地に、みのりは見惚れた。暫し見つめ、ハッと我に返る。
「え? あ、あ、あの、……握手、して貰ったりは……」
おず……と大地を見上げる琥珀色の瞳に、大は目を瞬かせた。あまりにささやかな願いだ。
みのりに手を差し出すと、震える手がおずおずと大地に近付く。彷徨う手を大地が握ると、みのりは雷にでも打たれたかのように跳ね、ピンと背筋を伸ばした。
「DAIさん、俺、DAIさんに憧れてます! 好きです!」
「ああ、ありがとう」
「っ……!」
みのりは感無量といった様子で体を折り悶えた。大地の手はしっかりと握ったまま。
顔を上げたみのりは感極まって泣きながら、大地にお礼を告げる。返さなくていい、と大地がハンカチを渡すと、ますます泣いてしまった。
だがそこで家から呼び出しが入ったみのりは、後ろ髪を引かれながらも帰って行った。
「……なんか、嵐みたいな奴だったな」
「みのりちゃん、元気だよねー」
「ツーショットくらいは求められるかと思った」
「賢い子だから、証拠になるものは残さないんじゃないかな」
「まじでファンの鑑だな」
「ね。あんなに俺たちのことを大事に思ってくれるファンがいるって、嬉しいよね」
「だな」
人気アイドルとは言え、まだデビューして二年。人気が出る以上に、この人気を維持する事が難しいと常々思っている。
あんなに泣いて喜んでくれるくらいに、これからも好きでいて貰えるように、頑張らなければと身の引き締まる思いがした。
「目指せ、国民的アイドル!」
「だな」
常に上を目指す二人に、花楓は眩しそうに目を細めた。
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