後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2

雪 いつき

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レイラ5

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「レイラっ……」

 夜の帳が下り、室内は暖色の発光石の明かりに照らされていた。

「……あな、た……?」

 ぼんやりとした視界に、映った人。
 震える手をそっと伸ばし頬に触れると、その上から包み込むように触れる暖かな手。

「あなた……心配をかけて、ごめんなさい……」
「いいんだ……いいんだよ、っ……レイラっ……」

 今にも零れそうに潤んだ瞳で見つめられ、大公妃はそっと目を細めた。
 ベッドの側には、暖人はるとの言っていた通りのピンクと白の花が飾られている。
 好きな人と、好きな花。目覚めて最初に見たものは、好きなものばかり。

「お花、綺麗ね。ありがとう、あなた」
「っ……」

 ついに、ボロ、と涙が零れる。崩れるように大公妃の上へと身を寄せ、両手いっぱいに抱き締めた。


「っ……ハルト、ハルトはっ……」

 まだ目を覚まさない。
 ウィリアムは両手で暖人の手を握り、何度も名を呼ぶ。

「はる、起きて、はるっ……」

 涼佑りょうすけも名を呼び、肩を揺すった。
 大公妃を連れ帰るという目的は達した。呪いも解けた。まさかそれは、自分を犠牲にして……?

「はるっ……!」

 その声に、ぴくりと指先が反応する。

「はる……?」
「ん……、…………りょう、すけ……?」

 ゆっくりと開いた瞼。ぼんやりとした黒の瞳が、間近で覗き込む涼佑を映した。

「はる……」
「……りょうすけ、……おはよう」
「っ……」

 元の世界で、目を覚ますといつも最初に言っていた言葉。
 暖人が目を覚ました。帰ってきた。覆い被さるように抱き締め、震える声で、おはようと返す。
 暖人も震える手を涼佑の背に添え、そっと撫でた。

「……怒ってる、よね……」
「うん、怒ってる」
「ごめん……」
「……怒ってるから」

 それは、いつもの会話。いつもの、暖人。
 ぎゅうっと抱き締め、ぐしゃぐしゃと髪を撫でる。
 言葉はなくとも、褒められているのだと暖人には分かる。いつだって、言葉より心が通じているから。ありがとう、と声の代わりにそっと頬を擦り寄せた。


「ハルト……」

 ウィリアムが小さく声を零す。暖人が目覚め、安堵のあまり茫然としていた。
 暖人は涼佑に支えられそっと体を起こす。ウィリアムはただ暖人を見つめ続けて。

「ハルト……、っ……、良かった……」

 言葉と共に、頬を透明な雫が伝う。
 次から次へと静かに零れるそれを、暖人は両手でそっと拭った。

「ウィルさん、……ごめんなさい。俺、もう痛くないです。すっかり元気です」
「っ……」
「どこも痛くないです。だから、ぎゅってしてください」

 傷だらけの姿が脳裏から離れず、ウィリアムは伸ばした手をぐっと握った。
 触れたら痛みを与えてしまうかもしれない。薬が効いて、そんな事はないと頭では理解しているのに。

 視線を落とすウィリアムへと、暖人の方から抱きついた。

「っ、ハルトっ……」
「ほら、大丈夫です。きっとすぐに治療してくださったんですよね。少しも痛くないですし貧血っぽさもないです」

 ありがとうございます、とウィリアムへと抱きつく腕。今までと変わらない、暖かな体温。

「っ……」

 愛しい存在を、腕いっぱいに抱き締める。
 生きている。元気な姿で、帰ってきた。
 情けない程に涙が零れ、痛い程に暖人を抱き締める。二度と離さないとばかりに。


 その姿を暫し見守って、さすがに耐えきれなくなったオスカーは、暖人の頭をポンと撫でた。

「二度目のあれには、俺も肝が冷えた」
「オスカーさん」

 二度目とは、棘が深く刺さった時だろう。暖人は眉を下げる。

 暖人は自分で確認する前に暗闇になってしまい知らないが、オスカーも顔を顰める程の傷だった。
 一つ一つは命に関わる程の深さではなかったが、数が多かった。薔薇の棘だとは知らないオスカーは、無数の剣で刺されたのかと、生きた心地がしなかったのだ。

 放っておけば失血死しただろうその傷に、内心では酷く焦って薬を塗った。誰にも気付かせなかったが、その手は震え、呻き声すら押し殺す暖人の姿に、目の奥が酷く痛んだ。
 喧嘩すらした事がないと言っていた暖人が、あの痛みに必死に耐えていたのだ。

「良く耐えたな。偉いぞ」
「オスカーさん……」

 それは、暗闇の中で聞こえた声。言葉までは分からなかったそれは、きっとこんな褒める言葉だった。

「迷わずに帰って来れて、偉かったな」
「……はい。オスカーさんの声、聞こえてました。だから俺、頑張れました」

 ありがとうございます。そう言ってオスカーを見上げると、褒めるように髪を撫でられた。


 少しして、その光景を見つめる視線に気付く。
 大公に支えられ体を起こした大公妃は、泣きそうな顔で暖人を見つめていた。

「……ごめんなさいっ、……私、あなたを」
「レイラ様。あれは呪いのせいです」
「でもっ……」
「レイラ様は、俺を傷付けたいと思いますか?」
「思わないわっ」
「ほら、やっぱり呪いのせいです」

 暖人はふわりと笑う。
 傷付けたという罪悪感で、彼女が傷付くのは悲しい。

「呪いのせいで、俺はレイラ様の悲しい顔ばかり見てたんですよね。だからこれからは、笑顔が見たいです」

 あの時と同じ、包み込むような暖かな笑顔。大公妃はそっと目を細め、花が綻ぶように笑った。

「あなたはやっぱり、天使様かしら……」
「え、っと……すみません、人間です……」

 この返しもどうかと思いながら、口から零れたのはそれだった。
 二人は視線を合わせ、すぐにクスリと笑い合った。


「ハルトさん。私の話を聞いてくださって、ありがとう。今の私には、溢れるほどの幸せがあるわ。だから、もう大丈夫。……本当に、ありがとう……」

 大公の手を繋いだまま、幸せそうに微笑む。その姿に、暖人も嬉しそうに笑った。
 そして彼女は何か思いついたように暖人へと体を寄せ、耳元へと囁く。

「……たくさん遊んでくれて、ありがとう。お兄ちゃん」
「っ、レイラちゃ、……様」

 咄嗟に返しそうになって訂正する暖人に、彼女は幼い頃のような無邪気な笑顔を見せた。


「……レイラ、あちらで何が?」
「……暖人、説明して?」

 大公と涼佑の声が重なり、ウィリアムは暖人を抱き寄せ彼女から離す。後ろではオスカーが静かに牽制していた。

「ハルトさんは、愛されているのね」

 現実で、この目で見て、大公妃は嬉しそうに目を細めた。そして。

「あなた方のかけがえのない方を危険に晒した事、心からお詫び致します」

 両手を付き、深々と頭を下げた。

「えっ、レイラ様っ」
「感謝を述べようにも、至らぬ私の持てる言葉では足りず……」
「レイラ様っ、顔を上げてくださいっ」

 そっと肩に触れ、起こそうとしても頭を下げ続ける。
 大公も深く頭を下げ、暖人は慌てた。


「大公殿下。妃殿下。お詫びは、顔を見て仰っていただけますか」
「涼佑っ」

 暖人の声にも視線を向けず、涼佑は顔を上げた二人を見据えた。そして大公妃へと視線を定める。

「全ては呪いのせいです。あなたは被害者で、何も悪くない。ですが、僕は暖人を傷付けたあなたを許せない」
「……当然です」
「これは僕個人の感情です。僕には暖人が世界そのものなので。その暖人が望むので、あなたは暖人のために、悪夢を全て忘れて幸せにならなければなりません」
「っ……」
「それに、詫びを入れて欲しいのは呪いなんて面倒なものを掛けた相手であって、あなたではないです」

 ツンツンとした物言いに、暖人は慌て、ウィリアムとオスカーは顔を青くする。大公は大公妃の隣でぽかんとした顔をした。
 大公妃も同じく目を丸くして涼佑を見つめる。そして。

「ありがとうございます」

 そう言って、ふわりと笑った。
 きっと彼は、全てを許される罪悪感に気付いたのだ。だから自分だけは許さないと言ってくれた。

「ハルトさんの愛する方は、とても聡明で優しい方ね」
「えっ、あの、はいっ」

 暖人は良く分からないまま返事を返す。涼佑が聡明で優しいという部分に同意して。
 そんな暖人に、大公妃は微笑ましく笑った。そしてウィリアムとオスカーへと視線を向ける。

「嫉妬をさせてしまったのですね。申し訳ありません。ハルトさんとは、幼い頃の姿でお会いしたものですから、つい距離が近くなってしまって」
「幼い姿、ですか?」
「はい。絵本を読んでいただいたり、駆けっこをしたり、たくさん遊んでいただきました」
「それは、……羨ましい限りです」
「…………ウィルさん。帰ったら絵本読みますね」

 本音が零れたウィリアムに、暖人は迷いながらもそう返した。それもどうかと思い直した暖人に反して、ウィリアムの機嫌は直ってしまう。
 ジッと見つめるオスカーにも頷いてみせると、こちらの機嫌も直ったようだった。


(本当に絵本でいいんだろうか……)

 本当に、と何度も思うが、二人としては暖人が絵本を読むという行為そのものと、自分に何かをしてくれる事、暖人の声をたくさん聞ける事、その他諸々の理由で羨ましかったのだから絵本で大正解だ。

 涼佑だけは、幼い頃にたどたどしくも元気良く絵本を読んでいた、世界中の愛くるしさを全て集めたような暖人を知っている優越感に、にこにこと良い笑顔を浮かべていた。

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