97 / 185
鍋2
しおりを挟む違和感がないようにと、白磁のスープ皿に盛られたぼたん鍋。
「うっ……まっ」
一口食べたエヴァンは目を見開いた。
「えっ……まじか、何だこれ、ハルト君料理の天才か?」
「そうですよ、はるは天才なんです」
照れながら「ありがとうございます」と嬉しそうにする暖人の隣で、涼佑がもっと褒めろという顔をする。
もっとと言われたところで、もう一口食べても、食べ進めても、語彙力のない言葉しか出ない。
「……美味い」
噛みしめるように感想を零した。
最初は地味でもったりとした見た目のスープと、初めて嗅ぐ独特の香りに、一瞬口に入れるのを躊躇してしまった。
だが数回噛むとさっぱりとした肉と濃厚なスープが合わさり、絶妙なハーモニーを生む。そこに様々な野菜が加わる事で、食べ応えがありながらも健康的な一品に仕上がっていた。
「味噌味はどうかなと心配だったんですが、お口に合って良かったです」
暖人は嬉しそうにエヴァンを見つめる。
「ミソ、か。今度うちでも仕入れてみるかな。初めての味だが、濃厚で、それでいて後味がくどくなくて、……何杯でも食べたくなるな」
「おかわりつぎますね」
空になった皿へ視線を落とすエヴァンにくすりと笑い、皿を受け取った。
だがそれはメイドに取り上げられてしまう。
「私どもの仕事です」
「ハルト様もそろそろお召し上がりください」
皆の反応を見て嬉しそうにするばかりで、肝心の暖人がまだ食べていない。そろそろ良いでしょうとばかりに笑顔で肩を押され、ストンと座らされた。
「え、でもお二人が」
「お気遣いありがとうございます。他の者が食べ終わりましたら交代しますのでご安心ください」
「本来なら、お客様の次は奥様ですよ」
「奥様……、……えっ、あのっ」
慌てる暖人の頬はほんのりと赤い。困った顔をしながらも、奥方になること自体は嫌ではないようで。
良かったですね、ウィリアム様。
二人は満面の笑みで暖人を見つめた。
「あの、僕も暖人の未来の旦那ですが、どういった立ち位置になるのでしょうか?」
「こちらの屋敷では、奥様の他の旦那様は、お客様となります。ですがリョウスケ様のお屋敷では、ハルト様はリョウスケ様の奥様となります」
「なるほど。場所で変わるんですね」
それは分かりやすくて良い。
「こちらではお立場としてはお客様ですが……、私どもにとってリョウスケ様はハルト様と同じ、心を込めてお仕えしたいお方ですよ」
「……ありがとうございます」
まさかそんな事を言われるとは思わず、戸惑いつつ……くすぐったいような、何とも言えない気持ちになった。
エヴァンはおかわりを食べながら、周囲を見渡す。
食堂の長机には屋敷の者が並び、同じように感動しながら食べている。貴族の屋敷では見られない光景にエヴァンも最初は驚いた。
客人の前ではと断っていた使用人たちも、暖人がエヴァンに許可を求め、それを了承すると「みんなで食べた方が美味しいですよ」と暖かな笑顔で言った。この屋敷には、その笑顔に勝てる者はいない。
だが、席についたところで恐縮してせっかくの料理の味も分からないのではと思った。他の貴族の屋敷ならそうだ。
まさかそれが、杞憂に終わるとは。
「賑やかでいいな」
スプーンで掬った肉を味わいながら、確かに皆で食べた方が美味しい、と目を細めた。
ウィリアムの屋敷は初めて訪れたが、あの人柄ならこの伸び伸びとした環境も頷ける。
別世界から来た暖人がここまで暖かく迎えられているのも、暖人の人柄も勿論あるが、ウィリアムが使用人に慕われる人物だからというのも大きいだろう。
それから、良い意味で度胸がある。
一応隣国の将軍なのだが、こちらの人柄と態度を見抜いて緊張を解いたようにも見えた。舐められているのではなく、聡いのだ。
エヴァンが周囲を観察する、斜め前。
ぼたん鍋を前にした暖人は、スプーンを持ったまま固まっている。
「はる、食べないの?」
「う……食べる、けど……」
「分かるよ。何だか、勿体ないよね」
「うん。食べたら、食べる前のわくわくが終わっちゃうから」
「だね。でも、冷める前に食べよう?」
「涼佑も」
「うん。いただきます」
二人は手を合わせ、まずは汁を一口。暖人は涼佑の反応を見たくて、食べずに横目で見つめていた。
「……懐かしいな」
涼佑はぼそりと呟いた。
暖人に再会してすぐに作って貰った味噌汁の時もだが、今回も胸がじわりと熱くなる。
帰りたいとは思わない世界でも、故郷には変わりない。幼い頃から暖人と並んで一緒に食べた、あの味だ。
「これからは、毎日でも作れるよ」
暖人はふわりと笑った。
この屋敷では、厨房に立っても嫌な顔一つされない。それどころか何を作るのかと興味深く話しかけてくれる。
「はる、それはプロポーズ?」
「えっ、…………それは、まだ」
「そっか」
涼佑はにこにこしながら暖人を見つめた。
まだ。まだ、か。
「……見られてたら食べづらいから」
「うん、ごめんね」
笑顔のままで涼佑は視線を逸らし、ぼたん鍋の続きを食べ始めた。
暖人もスプーンで肉を掬い、口に運ぶ。
「これがイノシシ……。野性みある豚肉っぽい……」
初めて食べるイノシシ、いや、魔獣に感動してしっかりと噛み締めた。
魔獣を食べている、と正しく認識するとまた感動する。
魔獣、魔獣だ。
「涼佑。俺、異世界の食材食べてる」
「だね。魔獣のスープだよ」
「魔獣のスープ……すごい、異世界だ。ぼたん鍋も同時に食べられて二度感動してる」
感動と、自分で作ったものながら美味しくて、もぐもぐと食べ進めた。
味噌が初めてのエヴァンが食べやすいように、出汁を濃くして味噌を薄めにしている。その分、肉の味もしっかりと感じられた。
「俺たちが食べてた時は、焼くか干し肉にするかだったからな。スープにすると柔らかさも増していいな」
「こっちのステーキは見慣れた姿ですけど、焼き方が上手いと肉汁が逃げないんですね」
「俺たちのは豪快だったからな~」
焼ければ良いだろうと、切ってただ焼くだけだった。バーベキューにした事も多い。
だが今食べているステーキは、叩いたり何かに浸したり火加減を調節したりしていた。肉を焼くのも奥が深い。
あの頃は腹を満たし栄養を取る為に食べていた肉を、こんなにも味わって食べられる日がくるとは。
わいわいと賑やかに食べる人々と、嬉しそうに頬張る暖人。
「持ってきて良かったな」
「そうですね」
屋敷の者には気味悪がられて殆ど持ち帰る事になるかもと思っていたが、この分なら足りなくなりそうだ。
今度また持って来よう、とエヴァンと涼佑は思いながら、おかわりを食べる暖人を見つめ頬を緩めた。
36
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
帝に囲われていることなど知らない俺は今日も一人草を刈る。
志子
BL
ノリと勢いで書いたBL転生中華ファンタジー。
美形×平凡。
乱文失礼します。誤字脱字あったらすみません。
崖から落ちて顔に大傷を負い高熱で三日三晩魘された俺は前世を思い出した。どうやら農村の子どもに転生したようだ。
転生小説のようにチート能力で無双したり、前世の知識を使ってバンバン改革を起こしたり……なんてことはない。
そんな平々凡々の俺は今、帝の花園と呼ばれる後宮で下っ端として働いてる。
え? 男の俺が後宮に? って思ったろ? 実はこの後宮、ちょーーと変わっていて…‥。
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる