後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2

雪 いつき

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鍋2

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 違和感がないようにと、白磁のスープ皿に盛られたぼたん鍋。

「うっ……まっ」

 一口食べたエヴァンは目を見開いた。

「えっ……まじか、何だこれ、ハルト君料理の天才か?」
「そうですよ、はるは天才なんです」

 照れながら「ありがとうございます」と嬉しそうにする暖人はるとの隣で、涼佑りょうすけがもっと褒めろという顔をする。
 もっとと言われたところで、もう一口食べても、食べ進めても、語彙力のない言葉しか出ない。

「……美味い」

 噛みしめるように感想を零した。


 最初は地味でもったりとした見た目のスープと、初めて嗅ぐ独特の香りに、一瞬口に入れるのを躊躇してしまった。
 だが数回噛むとさっぱりとした肉と濃厚なスープが合わさり、絶妙なハーモニーを生む。そこに様々な野菜が加わる事で、食べ応えがありながらも健康的な一品に仕上がっていた。

「味噌味はどうかなと心配だったんですが、お口に合って良かったです」

 暖人は嬉しそうにエヴァンを見つめる。

「ミソ、か。今度うちでも仕入れてみるかな。初めての味だが、濃厚で、それでいて後味がくどくなくて、……何杯でも食べたくなるな」
「おかわりつぎますね」

 空になった皿へ視線を落とすエヴァンにくすりと笑い、皿を受け取った。
 だがそれはメイドに取り上げられてしまう。


「私どもの仕事です」
「ハルト様もそろそろお召し上がりください」

 皆の反応を見て嬉しそうにするばかりで、肝心の暖人がまだ食べていない。そろそろ良いでしょうとばかりに笑顔で肩を押され、ストンと座らされた。

「え、でもお二人が」
「お気遣いありがとうございます。他の者が食べ終わりましたら交代しますのでご安心ください」
「本来なら、お客様の次は奥様ですよ」
「奥様……、……えっ、あのっ」

 慌てる暖人の頬はほんのりと赤い。困った顔をしながらも、奥方になること自体は嫌ではないようで。
 良かったですね、ウィリアム様。
 二人は満面の笑みで暖人を見つめた。

「あの、僕も暖人の未来の旦那ですが、どういった立ち位置になるのでしょうか?」
「こちらの屋敷では、奥様の他の旦那様は、お客様となります。ですがリョウスケ様のお屋敷では、ハルト様はリョウスケ様の奥様となります」
「なるほど。場所で変わるんですね」

 それは分かりやすくて良い。

「こちらではお立場としてはお客様ですが……、私どもにとってリョウスケ様はハルト様と同じ、心を込めてお仕えしたいお方ですよ」
「……ありがとうございます」

 まさかそんな事を言われるとは思わず、戸惑いつつ……くすぐったいような、何とも言えない気持ちになった。


 エヴァンはおかわりを食べながら、周囲を見渡す。
 食堂の長机には屋敷の者が並び、同じように感動しながら食べている。貴族の屋敷では見られない光景にエヴァンも最初は驚いた。

 客人の前ではと断っていた使用人たちも、暖人がエヴァンに許可を求め、それを了承すると「みんなで食べた方が美味しいですよ」と暖かな笑顔で言った。この屋敷には、その笑顔に勝てる者はいない。

 だが、席についたところで恐縮してせっかくの料理の味も分からないのではと思った。他の貴族の屋敷ならそうだ。
 まさかそれが、杞憂に終わるとは。

「賑やかでいいな」

 スプーンで掬った肉を味わいながら、確かに皆で食べた方が美味しい、と目を細めた。

 ウィリアムの屋敷は初めて訪れたが、あの人柄ならこの伸び伸びとした環境も頷ける。
 別世界から来た暖人がここまで暖かく迎えられているのも、暖人の人柄も勿論あるが、ウィリアムが使用人に慕われる人物だからというのも大きいだろう。

 それから、良い意味で度胸がある。
 一応隣国の将軍なのだが、こちらの人柄と態度を見抜いて緊張を解いたようにも見えた。舐められているのではなく、聡いのだ。


 エヴァンが周囲を観察する、斜め前。
 ぼたん鍋を前にした暖人は、スプーンを持ったまま固まっている。

「はる、食べないの?」
「う……食べる、けど……」
「分かるよ。何だか、勿体ないよね」
「うん。食べたら、食べる前のわくわくが終わっちゃうから」
「だね。でも、冷める前に食べよう?」
「涼佑も」
「うん。いただきます」

 二人は手を合わせ、まずは汁を一口。暖人は涼佑の反応を見たくて、食べずに横目で見つめていた。

「……懐かしいな」

 涼佑はぼそりと呟いた。
 暖人に再会してすぐに作って貰った味噌汁の時もだが、今回も胸がじわりと熱くなる。
 帰りたいとは思わない世界でも、故郷には変わりない。幼い頃から暖人と並んで一緒に食べた、あの味だ。

「これからは、毎日でも作れるよ」

 暖人はふわりと笑った。
 この屋敷では、厨房に立っても嫌な顔一つされない。それどころか何を作るのかと興味深く話しかけてくれる。

「はる、それはプロポーズ?」
「えっ、…………それは、まだ」
「そっか」

 涼佑はにこにこしながら暖人を見つめた。
 まだ。まだ、か。

「……見られてたら食べづらいから」
「うん、ごめんね」

 笑顔のままで涼佑は視線を逸らし、ぼたん鍋の続きを食べ始めた。
 暖人もスプーンで肉を掬い、口に運ぶ。


「これがイノシシ……。野性みある豚肉っぽい……」

 初めて食べるイノシシ、いや、魔獣に感動してしっかりと噛み締めた。
 魔獣を食べている、と正しく認識するとまた感動する。

 魔獣、魔獣だ。

「涼佑。俺、異世界の食材食べてる」
「だね。魔獣のスープだよ」
「魔獣のスープ……すごい、異世界だ。ぼたん鍋も同時に食べられて二度感動してる」

 感動と、自分で作ったものながら美味しくて、もぐもぐと食べ進めた。
 味噌が初めてのエヴァンが食べやすいように、出汁を濃くして味噌を薄めにしている。その分、肉の味もしっかりと感じられた。


「俺たちが食べてた時は、焼くか干し肉にするかだったからな。スープにすると柔らかさも増していいな」
「こっちのステーキは見慣れた姿ですけど、焼き方が上手いと肉汁が逃げないんですね」
「俺たちのは豪快だったからな~」

 焼ければ良いだろうと、切ってただ焼くだけだった。バーベキューにした事も多い。
 だが今食べているステーキは、叩いたり何かに浸したり火加減を調節したりしていた。肉を焼くのも奥が深い。


 あの頃は腹を満たし栄養を取る為に食べていた肉を、こんなにも味わって食べられる日がくるとは。
 わいわいと賑やかに食べる人々と、嬉しそうに頬張る暖人。

「持ってきて良かったな」
「そうですね」

 屋敷の者には気味悪がられて殆ど持ち帰る事になるかもと思っていたが、この分なら足りなくなりそうだ。
 今度また持って来よう、とエヴァンと涼佑は思いながら、おかわりを食べる暖人を見つめ頬を緩めた。

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