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デジャヴ
しおりを挟むそれから一週間。
明日からオスカーの屋敷に滞在する事になった。
涼佑は朝のうちにリグリッドへと戻った。本当は明日、暖人を見送ってからの予定だったが、エヴァンと何かを話して急遽早まったらしい。
暖人は昼食を終え、マリアとメアリと一緒にティータイムをしていた。
ゆったりとした時間。二人はプレゼントした髪飾りをずっと着けてくれている。「肌の調子が毎日良いの。ハルト様の美肌の恩恵かしら」と二人で話していたらしい。
二人とも以前より更に綺麗になり、暖人としては少し心配になる。こんなに綺麗で、歩く度にナンパされないだろうかと。
(……でも、美人すぎて声をかけられないかも)
今は無地の侍女服で抑えられているが、外出用のドレスを着れば一気に華やかさが増す。
あまりの美人オーラで、相当自信と地位のある者しか話しかける勇気が出ないかもしれない。
「ハルト様?」
「っ、はい?」
「あまり見つめられると、ウィリアム様に叱られてしまいますわ」
「ハルト様のお美しい瞳が他の者を映したとなると」
「私たちもハルト様も、叱られてしまいますわね」
困ったわ、と頬に手を当てながら、大袈裟に溜め息をついた。
「そんなことありませんからっ」
「あら、ハルト様はご自身のお美しさを、少しは自覚なさって?」
「そうですわ」
「もうっ、俺で遊ばないでくださいっ」
頬を膨らませると、二人はくすくすと笑う。本当に愛らしいですわ、と親のような目をして。
涼佑の時とあまりに対応が違う。涼佑にはきちんと大人の対応をするのに。
むうっと拗ねた顔を続けていると、マリアとメアリは顔を見合わせた。
「ハルト様、本当に怒ってしまわれました?」
「申し訳ありません、ハルト様があまりに初々しくて」
初々しいも、フォローになっていない。暖人は笑ってしまいそうになり、きゅっと唇を引き結ぶ。
「…………怒ってないですけど」
「ハルト様……」
「このお茶美味しいので、おかわりください」
拗ねた顔からニッと笑ってみせると、二人は目を瞬かせた。
「あら、まあ」
「ハルト様にからかわれてしまいましたわ」
「俺もいつまでもやられっぱなしじゃないんですよ?」
ふっ、と笑うと、ハルト様ったら大人になられて、と喜ばれてしまう。どうあっても息子扱いのようだ。
だがこの関係が楽しくて、三人で顔を見合わせて笑ってしまった。
その時、廊下から大きな話し声がした。
マリアとメアリは素早く立ち上がり、自分たちの使用したカップをワゴンに乗せる。
「ハルト様、どうか少しだけ耐えてください。私たちが発言をするとハルト様のお立場がお悪くなりますので……」
「っ、はい、分かりました」
暖人は表情を引き締める。二人の様子から、高位の貴族か王族が訪れるのだろうと察した。
二人は暖人の側に立ち、侍女らしく姿勢を正す。すると。
「失礼するわ!」
デジャヴだ。
勢い良く開いた扉。
そこに立っていたのは、華やかなドレスを着た女性だった。
夏の葉のような緑のドレスは、黒のレースや宝石で彩られている。シックであり華やかだ。
キラキラと光を弾く金の髪を後ろで纏め、唾の広い帽子を被っている。手には羽の付いた扇子を持ち、堂々としたその姿は、まさに貴族令嬢だった。
「あら……? ……え、あなたが……?」
彼女は暖人を見るなり、切れ長の瞳を丸くした。綺麗な赤の唇がぽかんと開く。
暖人は立ち上がり、涼佑の真似をして胸に手を当て一礼した。
「初めまして。ハルト・ニイナと申します」
この国ではそう名乗った方が良いだろうと以前言われていた。こう名乗るのは初めてで、ぎこちなくなかっただろうかと内心不安になりながらも、穏やかな笑みは崩さずに顔を上げる。
「ハルト……間違いないわね……。でも、子供じゃないの……」
「恐れながら、今年十九になります」
ウィリアムが少年趣味と思われては大変、と失礼にならないようゆったりと告げた。
令嬢は口元を扇子で隠し、上から下まで品定めするように暖人を見つめる。
(美人の目力、怖い)
暖人は笑顔のままで、内心ではぴぇっと泣きそうになった。身長も暖人より少し大きい。だが遥か上から見下ろされているような圧力がある。
それでも、涼佑の笑顔……と真似をして平然とした顔を作り続けた。
ようやく品定めが終わり、視線が目元へ戻ってくる。
「ここは、あなたの部屋かしら?」
「恐れ多くも、ウィリアム様のご厚意でこちらに滞在させていただいております」
肯定も否定もしない暖人に、令嬢は僅かに感心した様子を見せる。はい、と答えれば即刻追い出していたところだ。
半年程前からかと問えば、それは肯定する。
「やはりそうね……」
半年前から。令嬢はパシッと扇子を閉じ、ツカツカと暖人に歩み寄った。
「あなたが私の可愛いウィリアムを誑かしたのね!?」
「えっ? あの……」
「このっ、泥棒猫!」
(この世界でも泥棒猫なんだ!)
暖人はそこに気を取られて逃げ遅れてしまった。
いや、ここは素直に殴られた方が良いのかも、とギュッと目を閉じる。痛いのは一瞬、一瞬。……だが。
いつまでも衝撃は訪れず、そっと目を開けると。
「母上。公爵家の者が感情に駆られて手を上げてはなりません」
「……そうね」
長身の男性が令嬢の手を取り、母と呼んで宥めていた。
(母上……、母……?)
マリアたちも知る、高位の人。
金の髪。空色の瞳。
私の可愛い、ウィリアム……。
「お、お母様!?」
「あなたに母と呼ばれる筋合いはありません!」
「あ……申し訳ありません……、あまりにお美しいので、お付き合いされていたご令嬢の方かと……」
「っ……お世辞を言っても許さないわよ」
「お世辞じゃなく……」
「お黙りなさいっ」
「はい、すみません……」
素直にきゅっと唇を引き結んだ暖人に、二人は唖然とした。ウィリアムに言い寄る相手なら、言い返してくるかと思ったのだが。
今までの毅然とした態度は一変し、シュンと肩を落としている。ウィリアムの母親と分かったから……という様子ではなく、叱られた子供のようにしょんぼりとしている。
その姿にはこれ以上怒る気にはなれず、令嬢……夫人は、深く息を吐いた。
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