132 / 185
皇子と熱
しおりを挟む一方、リグリッドでは――。
「皇子が熱を?」
涼佑が訪れて、数日後の事だった。
昼過ぎに発熱して解熱剤を飲んだが、数時間経った今もまだ下がっていないという。
ストレスからくる発熱なら、一晩ゆっくり休めば治るだろう。涼佑の考えも、医師と同じだ。それでも心配した側近が、救世主の力で何とかならないかと訊いてきた。
暖人の力なら、熱も下がるのかもしれない。だが涼佑の力は戦う事と、敵の位置が分かる事、それから自分の身体強化だけだ。
「……ちょっと様子を見てきます」
しばし考え、涼佑は書類を置いて立ち上がる。
もし悪化するようなら、仕方ないが万能薬を使わせて貰おう。皇子は国にとって何にも代え難い存在だ。
寝室に入ると、ベッドの側を仄かな暖色の灯りが照らしていた。
物の少ない部屋では、大きなベッドが余計に大きく見えた。
側のチェストの上には、写真立てが二つ。大判の写真かと見紛うほどの精巧な肖像画だ。
母親と、二番目の兄だろうか。
どちらも銀糸の髪に、緑の瞳をしている。
母親は優しげに微笑み、幼い皇子を膝に乗せて描かれている。皇族というより、息子を愛する母としての柔らかな表情だ。
兄はすらりとした体躯に、涼しげな眼差し。皇子の隣に座り、肩を抱いて微笑んでいる。
「……似てる、かも」
ぽつりと呟いた。
内戦中に髪を銀に染め第四皇子として貴族の元を回っていた時に、皆、どこか第二皇子に似ていると言っていた。
第三皇子の雰囲気や癖を真似て、彼の兄弟と思わせようとしていたが……肖像画の中の、この体格、笑い方、雰囲気。確かに自分に似ている。
顔立ちも少し離れて見れば似ているかもしれない。……世の中には同じ顔が三人いると言うが、別世界にいたという事か。
「う、ん……」
魘される声に、涼佑はハッとして薄布のカーテンを開けた。
涼佑の気配にも目を覚まさず、眉を寄せて魘されている。
だが、熱で少し赤くなっているが、顔色は悪くない。唇も血色と艶がある。
そっと手首に触れる。脈は少し速い。熱が一度上がると十多くなるから、二度近く高いといったところか。
呼吸はしっかり出来ている。これはやはり、過労がたたっての発熱だろう。
側に置かれた水の張られた桶に、タオルを浸して絞る。汗で額に張り付いた銀糸の髪を指先で払い、タオルをそっと乗せた。
看病は暖人の時で慣れている。元の世界では時々熱を出す暖人を、付きっきりで看病した。
あの時は暖人を失ってしまうのではと怯えていたが……相手が暖人ではないからか、万能薬があるからか、あの時のような恐怖はない。
そもそも万能薬があれば、もし悪化しても生きてさえいれば回復出来る。その安心感は強い。
別のタオルで汗を拭いながら、熱で暖まった額のタオルも交換する。
今まで暖人以外を心配する事などなかった。だが。
万能薬を、使うべきか……。
涼佑は悩む。
こうして寝込んでいると、普段よりももっと幼く儚く見える。熱で苦しんでいる姿は、可哀想だと……。
きっと一晩寝ていれば熱も下がる。まだ安定しない国。万能薬は必要な時に備えて温存しておきたい。
「皇子……」
細い手首。触れてみて気付いた、小さな額。華奢な彼が魘されていると、可哀想だと、心配だと思ってしまう。何とかしてあげたいと思ってしまう。
「……使う、かな」
ぼそぼそと呟き、思案する。
今までならそんな選択肢は存在しなかったのに……。
「兄、さま……?」
皇子の目がうっすらと開き、涼佑を見つめる。
「にいさま……」
焦点の合わない瞳。ゆるゆると腕を動かし、涼佑の手を探した。
「にぃさま……」
薄暗い室内。朦朧とした意識。髪色が違っても、きっと気付けない。
まだ兄がいた頃は、熱を出せば彼が看病していたのだろう。暖人の側に、涼佑がいたように。
「……ここにいるよ」
力なく彷徨う手を掴み、もう片手で頬を撫でる。水で冷えた手に、心地よさそうに頬を擦り寄せた。
「にぃ、さま……」
安堵したように笑い、皇子はまた目を閉じる。
今度は魘されず、安らかな寝顔だ。
皇子にはもう、家族はいない。
母親は既に他界し、処刑された父親はあれだ。唯一仲の良かった第二皇子は殺され、残ったのは、存在を知らなかった第四皇子だけ。家族と思うにはまだ時間が足りないだろう。
成人しているとはいえ、国を背負うには皇子はまだ若い。
暴君の子だからと言われぬよう、付け入る隙を与えぬよう、ずっと気を張っていた。弱みを見せず、平然と公務もこなして。
肖像画の中の、幼い皇子の姿。まだ何も知らず無邪気に笑う、愛らしい姿だ。
あれからきっと数年しか経っていない。それなのに、国を背負う立場になった。頼れる者はいても、甘えられる者はいない。
……救世主という立場で皇子の隣に立てば、少しは負担を軽く出来るだろうか。国民には、良くなっていく国を側で見ていたくなったとでも言って。
「皇子と、結婚……」
そうすれば、執政にも堂々と関われる。
さらりと指の間を流れる銀糸の髪。白磁のように白く滑らかな肌。人形のような小さな唇。ほんのり血色を感じさせるそれは、見た目通りに艶やかで柔らかい。
ここに触れたのは、内戦中のもはや事故と、酒の席での事。
皇子の薄い唇は、仄かな暖かさで気持ちが良い。
……暖人の方が、体温が高い。
暖人の方が、少しもちもちしている。
暖人の方が、吸いつくような感触。
どうあっても暖人を思い出してしまう。
会話の流れで何度か求婚されたが、結婚は、やはり無理だ。
人形のように整った顔の美少年。それが子供っぽさを見せる時は可愛いと思う事はあっても、恋愛感情は抱けない。
それに、暖人と皇子を同時に好きになり、平等に愛せる自信がない。改めて考えると、三人を同時に愛せる暖人の愛情量は聖母以上ではないか。
……そもそもだ。結婚などすればこの国を離れられなくなる。それは絶対に無理だ。
深く息を吐き、皇子の髪を撫でた。
落ち着いて考えれば、恋愛対象というより弟だ。少し生意気だが可愛い弟。……兄弟とはきっと、こういう感覚なのだろう。
「竜の目……」
ふと思い出す。ノアが言っていた。この目は竜の目だと。
確かに、ノアやエヴァンのように中心に向かって色素が薄くなっている。だがこれは、西洋には良くある色だ。
……この世界では、竜の目。
第二皇子に似た顔立ちと、雰囲気。
竜族と、リグリッドの皇族の……。
「…………ない」
さすがにそこまでラノベ展開はない。
あるとすれば、帰ったら暖人にもう二人くらい恋人が増えていて、女性向け年齢指定ドロドロハードな溺愛展開に突入している事くらいだ。
……そうはさせないけれど。
いい加減エヴァンが腹を括って皇子と結婚していれば、こんなに悩む事はなかった。
いつまでも知らないふりをするから自分がこんなに悩んでいるのだ。
怒りは全てエヴァンに向けて、すやすやと眠る皇子の頬を撫でる。
せめて皇子が物分かりの悪い子供なら、エヴァンを押して押して頷かせる事が出来たかもしれないのに……。
20
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
帝に囲われていることなど知らない俺は今日も一人草を刈る。
志子
BL
ノリと勢いで書いたBL転生中華ファンタジー。
美形×平凡。
乱文失礼します。誤字脱字あったらすみません。
崖から落ちて顔に大傷を負い高熱で三日三晩魘された俺は前世を思い出した。どうやら農村の子どもに転生したようだ。
転生小説のようにチート能力で無双したり、前世の知識を使ってバンバン改革を起こしたり……なんてことはない。
そんな平々凡々の俺は今、帝の花園と呼ばれる後宮で下っ端として働いてる。
え? 男の俺が後宮に? って思ったろ? 実はこの後宮、ちょーーと変わっていて…‥。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる