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小規模とは
しおりを挟む夫人が帰宅した、翌日。
ウィリアムは暖人をとある場所へと案内した。
「ここって、工事中だったところですよね」
屋敷の裏口を出ると、屋根付きの通路がある。その先に、新しい道が出来ていた。
三つに分かれた通路を左に曲がると、そこはしばらく立ち入り禁止になっていた場所だ。
「……あれって」
中庭の、木々の立ち並ぶエリア。その傍に佇んでいるのは。
「ハルトの為に造らせた、硝子の温室だよ」
「……硝子、の……?」
屋敷の裏、さほど離れていない位置に、ドーム型の硝子の温室が出来ていた。そこへ続く通路の屋根も途中から硝子張りになり、外観がよく見える。
「あまり大きなものだとハルトが気にするだろうから、小規模にはなってしまったけれど……」
(小規模、とは……)
思わず真顔になる。
外から見ても分かる。天井は鳥がゆうに飛べるほど高く、敷地は小動物が満足に駆け回れるほど。
これを小規模と言うなら、通常はどれほどなのか。改めて貴族と庶民の違いを感じた。
規模には驚いたが、外観はあまりに美しい。
白銀の柱は硝子の透明感を邪魔せず、太陽光を浴び輝きを放っている。硝子越しに見える緑と相俟って、まるでテラリウムのようだ。
ウィリアムの屋敷に相応しい、完璧な美の結晶がそこにあった。
驚きと感嘆で無言になってしまった暖人を、ウィリアムはそっと横目で窺う。そしてどこか心配した様子で扉を開いた。
「っ……」
(もはや植物園!)
室内に入るなり、内心で叫んだ。
外から見た以上に、広い。とにかく広い。
多種多様な木々や花々が植えられた室内。中央には水路があり、側には牡丹のような花が咲いていた。
ドームを覆うように背の高い木々が並び、その隙間からキラキラと木漏れ日が零れている。緑が多いのは、花ばかりでは女性的になりすぎると思ったからだろうか。
(……綺麗)
硝子越しの青い空。雨が降るとまた違った美しさを見せてくれるのだろう。ここから見る星も、きっと綺麗だ。
呆然としている暖人の肩を、ウィリアムはそっと抱き寄せる。
「ここなら、天候に関わらずティータイムが出来るだろう?」
ウィリアムの言葉を受け見渡してみると、見える場所だけでも三ヶ所にテーブルや椅子が置かれていた。
屋敷から屋根付きの通路で、雨でも強風でも関係なく訪れる事が出来る。室内は魔法石で一定の温度に保たれ、一年中快適。
「……もしかして、俺が言ったから……ですか……?」
以前雨の日に「ティアさんと庭でお茶をしていたら、途中で雨が降ってきちゃって」と話した事がある。別の日には、風が強くて、とも。
毎日寝る前に、今日の出来事をウィリアムに話していた。何気なく話した事で、こんな……。
「すまない、余計な事をしてしまったかな」
ウィリアムの指先が、そっと頬を撫でる。
「ハルトが喜んでくれればと思ったのだが……」
眉を下げるウィリアムに、暖人は慌ててウィリアムの手を握った。
「あっ、あのっ、違うんですっ……、すごく嬉しいですっ」
「ハルト……、無理をしなくても」
「無理じゃないですっ、嬉しいのは本当で……俺の世界で見た温室の何倍も大きいので、驚いてしまって……」
暖人の知る温室とは、温室というより、課外授業で訪れた野菜を育てるビニールハウスだ。映像で知っている温室もあるが、実物はあまりに違う。
王宮の温室も訪れたが、あれは王の城。これは個人の所有物。それで、この規模だ。
「それと、その……俺の何気ない言葉、というか、わがままでこんなに素晴らしいものを造っていただいて、申し訳ないというか……」
わがまま? とウィリアムは目を丸くした。
「ハルトは俺に何も要求しなかっただろう? これは君ではなく、俺のわがままだよ」
暖人の手を取り、傍のベンチに座らせる。
「ハルトには、何不自由なく快適に過ごして貰いたい。幸せだと、心から思って貰いたい。出来ればいつでも傍で、君の笑顔を見ていたい。それは俺のわがままだよ」
「ウィルさん……」
「もし迷惑だったなら、遠慮せずに教えて欲しいな」
「迷惑だなんて……」
申し訳ない。そう思う必要がないと言ってくれるなら、ただ、嬉しいしかない。
「俺のためにこんなに素敵なものを造ってくださって、ありがとうございます」
ウィリアムの手をぎゅっと握り、ふわりと笑った。
「すごく驚きましたけど、外も中もずっと見ていたいくらい綺麗で、緑がいっぱいで空気も澄んでて気持ちが良くて……大好きです」
水の流れる音も心地好い。お茶をするのは勿論、読書も散歩も昼寝もここでしたいと思う。きっと明日から一日中ここにいそうだ。
「ここなら、ウィルさんとまた一緒に星を見れますね」
「ハルト……」
ウィリアムはたまらずに暖人を抱き締めた。
以前南の森を訪れた帰りに、一緒に星を見た。あの時の事を思い出してくれたのだろう。
屋敷の庭ではあまりに開放的で、キスすら困らせてしまう。お互いに体を重ねるつもりがなくとも、触れていれば抱き合ったりキスをしたくなるものだ。
それも、緑に隠されたここなら、暖人も使用人の目を気にせず安心して受け入れる事が出来る。
その通りにウィリアムは暖人を抱き寄せ、キスをする。暖人も固くなる事なくそれを受け入れた。
唇が離れ、暖人はウィリアムの肩へと頬を擦り寄せる。
さらさらと水の流れる音。この穏やかな時間が、永遠に続けばと願ってしまう。
「ハルト。あちらの扉を出た先は、図書室に繋がっているよ」
「っ……」
「後でマリアたちにも伝えるけれど、あの木の向こうには簡易キッチンがあって、向こうにはブランコが……ああ、言葉より案内した方が良いね」
「……お願いします」
輝く笑顔のウィリアムの手を取り、立ち上がる。
この温室には、ブランコどころかハンモックもあった。本を読みながらウトウト出来てしまうやつだ。
(あまりにも居心地が良くなっていく……)
暖人の為に造られた温室。
暖人の為に造られた通路。
全てが、暖人の為のもの。
……絶対この屋敷を離れさせないという、強い意志を感じた。
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