後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2

雪 いつき

文字の大きさ
183 / 185

暗殺事件

しおりを挟む

 その晩も涼佑りょうすけ暖人はるとは、念の為に王宮に泊まり込んだ。
 隣の部屋ではなく同じベッドで寝てくれないか、と王太子が暖人に言うと、涼佑どころかウィリアムとオスカーにまでガードされてしまった。


「権力があろうと、ままならないものだな」

 鏡を見つめ、クスリと笑う。
 大国の王太子という権力どころか絶世の美貌まであるというのに、暖人の心は射止められない。
 暖人は押せば流されてくれるように見えて、全く揺るがない意志の強さがあった。

「まったく……愛しいな」

 そのうち友人として、添い寝くらいは許して貰えるようにならないだろうか。同年代の友人同士は、互いを屋敷に招いて同じベッドで夜遅くまで語り合うと聞いた。


 そう考えながら、風呂上がりの濡れた素肌にバスローブを羽織る。髪もざっと拭いただけで寝室に戻ると……。

「っ……」

 薄暗い中に、人影があった。
 咄嗟にベッドへと走り、枕の下から護身用の短剣を取る。

「驚かせて申し訳ございません、殿下」
「なんだ、お前か……」

 その声は、王太子の護衛騎士の一人だった。
 彼はカツンと石を合わせ、青白く光る発光石を手に近付いてくる。

「陛下より、室内での護衛を命じられました」
「そうか。父上もすっかり過保護になったものだな」

 ふっと笑みが零れる。
 昔と違い、ただの後継者ではなく、息子としてこの身を案じてくれている。それもこれも、暖人がこの世界に現れてくれたおかげだ。


 短剣を枕の下に戻し、ベッドに座ると、護衛が王太子の前に跪いた。

「殿下のお命が危うい時に、私は……」
「留守番をさせて悪かったな。相手を警戒させない為だった。理解してくれ」

 彼は、護衛騎士の中でも特に忠誠心が強い。主を守るためなら喜んで命を投げ出せる人間だ。

「理解した上で、私は今後、何があろうと殿下のお傍を離れないと決心しました」
「気持ちは嬉しいが、時と場合によってはまた理解して欲しい」

 少々真面目過ぎるところがある彼に、王太子は小さく笑った。

「寝ずの番になるなら、そこのソファを好きに使ってくれ」
「お気遣い痛み入ります」
「お前なら、座っていても敵の侵入に気付けるだろうしな」

 十年以上も共にいて、彼の実力は知っている。
 涼佑やウィリアムほどではないが、優秀な騎士だ。


「……殿下は、天使のような素晴らしいお方です」
「突然だな。どうした?」

 褒められることはあっても、天使とまでは言われたことがない。

「殿下は、変わられました。以前のお美しい棘が落ち、近寄り難さがなくなりました」
「……そうだろうか」
「だからこそ……私は、心配なのです」
「っ、待て、これはさすがに」

 腕の中に包み込まれ、思わず苦笑した。
 いくら信頼関係があっても、主従という立場は変わらない。嫌ではないが、これは踏み込み過ぎだ。


「私の、殿下……あんな奴に殺されるくらいなら……」

 呟かれた言葉は、聞こえなかった。

「殿下。お慕いしております」
「っ……!」

 穏やかな声が耳元に注がれ、背に、鋭い痛みが走った。
 グッと押し込まれる、固く冷たい感触。
 鉄の匂いが広がり、ようやく状況を悟った。


「殿下は崇高なお方……下賤な輩の手で、お命を穢されることがあってはならないのです……」

 恍惚とした瞳で、彼はそう言った。

「っ……なぜ、お前、が……」

 信頼していた。歳の離れた彼を、昔は兄のように思ったこともある。
 それを彼に、直接伝えたこともある。


 その信頼が……彼を変えてしまったのか。


 それなら……私が、この手で……。


「ぐっ……!」

 くぐもった声が零れ、彼の首元から勢い良く鮮血が吹き出した。短剣は、手の届く距離だった。

「で、ん……か……」

 最期まで彼の瞳は主を映したまま、微笑みすらたたえて、息絶えた。


「ッ……」

 薬を、と懐を探り、バスローブだったと気付く。
 暖人に、何としてでも生き延びると約束した。
 暖人のドレス姿も見たいが、それよりも、ただ、暖人を悲しませたくない。

 目が霞み、脚が震える。身体が、冷たくなっていく。
 伸し掛かる重い体を押し退け、引き出しからピルケースを取り出した。

「ッ、ぅ……」

 背に刺さる剣を抜き、傷口に薬を押し込んだ。
 手にべっとりと付いた血は、もう、どちらのものか分からない。


 風穴の開いた体には、この量では足りないだろうか。
 飲み薬の方が良かっただろうか。
 ……ただもう、指先すらも動かせそうになかった。

「ハル、ト……」

 最期に会いたいと思える相手に出逢えたことは、奇跡だった。
 幸せな人生だったと、そう思える。
 後悔も未練もあるが、こんなにも穏やかな気持ちで最期を迎えられるのだから。











「……か、……殿下っ……」


 遠くで、声が聞こえる。

 酷く悲しそうな声だ。

 どうか、泣かないで……。


「……ハル、ト……」
「っ……殿下っ?」

 伸ばした手を、誰かに掴まれる。暖かな手だ。
 霞んだ視界に揺れる、黒。

「……ハル……ト……?」
「はいっ……殿下っ、暖人ですっ……」

 気が付いて良かったと繰り返す声。揺れる黒髪。
 温かな雫が、手に触れる。
 悲しませたくないのに……自分の為に、こんなにも泣いてくれている。

「……ここは、天国か?」
「暖人は天使で間違いありませんが、生きていますよ」

 淡々とした声がして、視線を向けると涼佑がいた。
 その向こうには思い詰めた顔のウィリアムが。どうやらここは天国ではないらしい。


 涼佑が言うには、重い何かが倒れたような音で外に控えていた護衛が異変に気付き、その騒ぎで涼佑と暖人が部屋に駆け付けたという。
 傷は塞がっていたが、気が動転した暖人は持っていた傷薬を全て傷口に塗り込んだ。

「傷は完全に塞がっています。ですが、失った血の量が多くて、完全には回復しきれなかったようです」
「そうか、単なる貧血か」

 王太子は力なく笑った。


「殿下っ……」
「やめろ。ウィリアムが謝ると、ハルト殿も私に頭を下げそうだ」

 今にも頭を下げそうな暖人に、そっと目を細めた。

「赤の騎士たちの調査には、何の落ち度もなかった。その証拠に、リョウ殿にも殺意は感じられなかったのだろう?」

 涼佑も思い詰めた顔で頷く。

「当然だ。彼は私を慕っていると言った。他人に殺されるくらいなら自分が……と」

 まだ現実味がない。それでも、あれは現実だったのだろう。……彼を手に掛けた、あの感触は。

「……その方の気持ちは、僕には理解出来ます。彼にとっては、殿下の手で最期を迎えられて本望だったでしょう」
「……そうだといいな」

 暖人という絶対的に愛する相手がいる涼佑の言葉だからこそ、信じられた。
 息絶える直前に見せた微笑みが、心からのものであればと願ってやまない。



 それからすぐに、ウィリアムに支えられて、遺体が安置される場所を訪れた。
 王太子暗殺未遂犯ではなく、職務中の殉職として処理するようウィリアムに指示した。
 私情がないとは言わない。だが、王族の寝室にまで暗殺者が入り込んだなどという噂が立ってはならないからだ。


「……今まで、ご苦労だった」

 安らかな顔で眠る彼の頬に、そっと触れる。
 ひやりと冷たい肌。最後に抱き締められた熱さはもうない。

 ……本当は、私情しかなかった。
 彼を狂わせてしまった責任を、この手で取った。
 ……いや、ただ、彼を他人に処刑させたくなかったからだ。


「来世では、どうか穏やかに愛せる者と出会ってほしい」

 人生を狂わせる相手ではなく、暖かな家庭を築ける相手と。本来の優しい彼には、戦場よりもそちらの方が似合っている。

「……今まで、ありがとう」

 そう告げた声は、王族ではなく、十年以上を傍で過ごした者に向ける穏やかな声だった。




しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

帝に囲われていることなど知らない俺は今日も一人草を刈る。

志子
BL
ノリと勢いで書いたBL転生中華ファンタジー。 美形×平凡。 乱文失礼します。誤字脱字あったらすみません。 崖から落ちて顔に大傷を負い高熱で三日三晩魘された俺は前世を思い出した。どうやら農村の子どもに転生したようだ。 転生小説のようにチート能力で無双したり、前世の知識を使ってバンバン改革を起こしたり……なんてことはない。 そんな平々凡々の俺は今、帝の花園と呼ばれる後宮で下っ端として働いてる。 え? 男の俺が後宮に? って思ったろ? 実はこの後宮、ちょーーと変わっていて…‥。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています

柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。 酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。 性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。 そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。 離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。 姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。 冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟 今度こそ、本当の恋をしよう。

処理中です...