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ミュンヘン家から、王家にアントニウスとの婚約をお断りしたいという文書が届いたが、アントニウスはパトリシアに会わせてくれの一点張りで困り果てているミュンヘン公爵。
「だから娘は、気鬱の病で床に臥せっておりますので」
アントニウスは、とうとう聖女様の正体も行方も何一つわからないものだから、諦め、またパトリシアに執心している。
「では、せめて寝顔だけでも見せてはもらえぬか?」
「未婚の女性の部屋に王子殿下をお通しすることなどできません」
「でも婚約者だから」
「婚約はお断りいたしました」
パトリシアの部屋の前で、押し問答をする父とアントニウス殿下。
中からガチャリと扉が開き、そこにパトリシアが疲れた顔で立っている。
「どうした?パトリシア、寝てなくて大丈夫か?」
「外の声が大きくて、開けました。どうか、アントニウス殿下、もうわたくしのことは諦めになられて、他のご令嬢を……」
「本当に、気鬱の病のようだな。俺との婚約を断るなど、正気の沙汰と思えない」
大した自信だ。
でももう、これで二度とパトリシアの前に現れないと確信する。アントニウスのプライドが許さないのだ。だから、家令が慌てて知らせてきたとき、迷わず、旅の空の下でも、ダーウィンの王都に戻ってきたのだ。
一応、領地に帰ったことにしているが、領地にまで押しかけてこられると、却って困る。国教会の建物があるわ。聖騎士団の詰め所はあるわ。で、それで急遽、タウンハウスに留まっている風を装ったのだ。
ほとぼりが冷めたら、領地に行ったとでも言えばいいかもしれない。
すぐに、元にいた場所に戻ることにした。ちょうど、国境を出て、すぐの場所に。
聖女様なのだから、巡礼を装えば、どこの国でも入れてもらえる自信はあるものの。別に、遊びに来たわけではない。自分の気持ちにけじめをつけ、できれば新しい出会いをしたいと願っているだけ。
だけど、アントニウス殿下とは、イヤだ。いくら妃教育が終わっているからといって、ギルバートのお古を大事にするなど、考えられない。アントニウスがギルバートへのライバル心だけで、言い寄っているということはわかっていた。
誰かへの当てつけのために結婚したくはない。
そんなの、あまりにも可哀そう過ぎる。
それで今は、目下南下中。
なるべく体力を温存するように、野営はせず、いちいち、領地の宿舎で睡眠をとるようにしている。だから、食料などの余計な荷物は一切持たない。
皆、馬に最低限の武器だけを携えての移動だから、速度は速い。
馬もいちいち領地へ戻っているので、疲れを知らない。
ダーウィンを出て2週間だというのに、次の国にまで南下できた。ここまで普通なら1か月はかかるというのに、それにしてもこの国のすさんだ様子はいかばかりなものか?
もう、そろそろリゾート地に着いてもよさそうなのに、まるで戦地に来たかのような荒れ方。木はすべてなぎ倒され、火災があったのか、ところどころから煙が立ち込めている。
「おかしい。なんだか様子が変だわ」
聖騎士にミュンヘン家の騎士も加わり、生存者がいないか確かめる。
と、そこへがさがさという物音、パトリシアを中央に置き、円陣を組む騎士たち。パトリシアはすかさず、円の外側に結界を張る。
どこからともなく野盗と思われる集団が出てきて、囲まれるも、その集団に見覚えがあるような気がする。
それはギルバート殿下の、いや、もう殿下ではないが、近衛騎士の制服に似ているような気がする。
パトリシアが気付くぐらいだから、ミュンヘン家の騎士も聖騎士も気づいている。そして、近衛騎士と思われる集団の中から一人が出てきて、我々に呼び掛ける。
「我々は、怪しいものではありません!ダーウィン国第1王子殿下ギルバート様の近衛騎士で、魔物に襲われ、難儀しております。もし、食料、水、医薬品に余裕がありましたら、援助していただきたいのです」
やっぱり、ギルバート殿下の近衛だったのだ。
「私たちもダーウィン国から参りました。こちらは聖女様一行です」
名乗りを上げると、近衛騎士は、明らかに動揺を見せ、助かった。とばかりに抱き合う者までいる。
「なんと!それはありがたい!主のところへ案内いたすゆえ、どなたか代表して……!ひょっとして、パトリシア公爵令嬢が聖女様なのですか?」
「はい。その通りです」
「御見それしました。私はギルバート殿下付き近衛騎士団長のアームストロングと申します。ご令嬢とは、何度か王城にて、拝謁させていただいたことがございます」
「そうでしたか」
「その……ギルバート殿下とお会いになっては、いただけないでしょうか?」
遠慮がちに言われているのは、パトリシアが婚約破棄されたと知っているから。
「案内してください」
「はっ」
案内された小屋は、粗末な炭焼き小屋だろうか。その奥の間に誰かが横たわっているが、顔まではハッキリと確認できない。
「実は、魔物と戦っている最中、殿下が馬車ごとがけ下に転落され、下半身が埋まってしまい、ご覧の状態でございます」
もう、下半身は壊死しかけている。切断しなかったのは、王子である身分のせいだろうか?一般の騎士ならば、とうに切断されていると思われた。
「パトリシアなのか?すまない。赦してくれ、俺が悪かった」
「これからできる限りの治療をしますが、力不足な時はご容赦くださいませ」
パトリシアは、両手を広げ、できうる限りの魔力循環を確認し、一気に放出する。ギルバートの下半身が金色を帯びるが、まだ再生できていない。
それでも、アームストロング団長は、手を合わせ、祈っているようだった。
「だから娘は、気鬱の病で床に臥せっておりますので」
アントニウスは、とうとう聖女様の正体も行方も何一つわからないものだから、諦め、またパトリシアに執心している。
「では、せめて寝顔だけでも見せてはもらえぬか?」
「未婚の女性の部屋に王子殿下をお通しすることなどできません」
「でも婚約者だから」
「婚約はお断りいたしました」
パトリシアの部屋の前で、押し問答をする父とアントニウス殿下。
中からガチャリと扉が開き、そこにパトリシアが疲れた顔で立っている。
「どうした?パトリシア、寝てなくて大丈夫か?」
「外の声が大きくて、開けました。どうか、アントニウス殿下、もうわたくしのことは諦めになられて、他のご令嬢を……」
「本当に、気鬱の病のようだな。俺との婚約を断るなど、正気の沙汰と思えない」
大した自信だ。
でももう、これで二度とパトリシアの前に現れないと確信する。アントニウスのプライドが許さないのだ。だから、家令が慌てて知らせてきたとき、迷わず、旅の空の下でも、ダーウィンの王都に戻ってきたのだ。
一応、領地に帰ったことにしているが、領地にまで押しかけてこられると、却って困る。国教会の建物があるわ。聖騎士団の詰め所はあるわ。で、それで急遽、タウンハウスに留まっている風を装ったのだ。
ほとぼりが冷めたら、領地に行ったとでも言えばいいかもしれない。
すぐに、元にいた場所に戻ることにした。ちょうど、国境を出て、すぐの場所に。
聖女様なのだから、巡礼を装えば、どこの国でも入れてもらえる自信はあるものの。別に、遊びに来たわけではない。自分の気持ちにけじめをつけ、できれば新しい出会いをしたいと願っているだけ。
だけど、アントニウス殿下とは、イヤだ。いくら妃教育が終わっているからといって、ギルバートのお古を大事にするなど、考えられない。アントニウスがギルバートへのライバル心だけで、言い寄っているということはわかっていた。
誰かへの当てつけのために結婚したくはない。
そんなの、あまりにも可哀そう過ぎる。
それで今は、目下南下中。
なるべく体力を温存するように、野営はせず、いちいち、領地の宿舎で睡眠をとるようにしている。だから、食料などの余計な荷物は一切持たない。
皆、馬に最低限の武器だけを携えての移動だから、速度は速い。
馬もいちいち領地へ戻っているので、疲れを知らない。
ダーウィンを出て2週間だというのに、次の国にまで南下できた。ここまで普通なら1か月はかかるというのに、それにしてもこの国のすさんだ様子はいかばかりなものか?
もう、そろそろリゾート地に着いてもよさそうなのに、まるで戦地に来たかのような荒れ方。木はすべてなぎ倒され、火災があったのか、ところどころから煙が立ち込めている。
「おかしい。なんだか様子が変だわ」
聖騎士にミュンヘン家の騎士も加わり、生存者がいないか確かめる。
と、そこへがさがさという物音、パトリシアを中央に置き、円陣を組む騎士たち。パトリシアはすかさず、円の外側に結界を張る。
どこからともなく野盗と思われる集団が出てきて、囲まれるも、その集団に見覚えがあるような気がする。
それはギルバート殿下の、いや、もう殿下ではないが、近衛騎士の制服に似ているような気がする。
パトリシアが気付くぐらいだから、ミュンヘン家の騎士も聖騎士も気づいている。そして、近衛騎士と思われる集団の中から一人が出てきて、我々に呼び掛ける。
「我々は、怪しいものではありません!ダーウィン国第1王子殿下ギルバート様の近衛騎士で、魔物に襲われ、難儀しております。もし、食料、水、医薬品に余裕がありましたら、援助していただきたいのです」
やっぱり、ギルバート殿下の近衛だったのだ。
「私たちもダーウィン国から参りました。こちらは聖女様一行です」
名乗りを上げると、近衛騎士は、明らかに動揺を見せ、助かった。とばかりに抱き合う者までいる。
「なんと!それはありがたい!主のところへ案内いたすゆえ、どなたか代表して……!ひょっとして、パトリシア公爵令嬢が聖女様なのですか?」
「はい。その通りです」
「御見それしました。私はギルバート殿下付き近衛騎士団長のアームストロングと申します。ご令嬢とは、何度か王城にて、拝謁させていただいたことがございます」
「そうでしたか」
「その……ギルバート殿下とお会いになっては、いただけないでしょうか?」
遠慮がちに言われているのは、パトリシアが婚約破棄されたと知っているから。
「案内してください」
「はっ」
案内された小屋は、粗末な炭焼き小屋だろうか。その奥の間に誰かが横たわっているが、顔まではハッキリと確認できない。
「実は、魔物と戦っている最中、殿下が馬車ごとがけ下に転落され、下半身が埋まってしまい、ご覧の状態でございます」
もう、下半身は壊死しかけている。切断しなかったのは、王子である身分のせいだろうか?一般の騎士ならば、とうに切断されていると思われた。
「パトリシアなのか?すまない。赦してくれ、俺が悪かった」
「これからできる限りの治療をしますが、力不足な時はご容赦くださいませ」
パトリシアは、両手を広げ、できうる限りの魔力循環を確認し、一気に放出する。ギルバートの下半身が金色を帯びるが、まだ再生できていない。
それでも、アームストロング団長は、手を合わせ、祈っているようだった。
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