置き去りにされた聖女様

青の雀

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 いつまで待っても戻ってきてくれない庭師のオジサンに捨てられたことを自覚するミカエル。

 幸いにも、まだ屋根があるところで良かったとさえ思うが、どこかで野犬の遠吠えが聴こえてくる。あれは野犬などではなく大神かもしれない。どんどん不安になっていくミカエルは、寂しさと空腹紛れに歌を歌いだすことにした。

 最初は鼻歌だったのだが、だれも聞いていないことに気をよくして恥ずかしさも吹っ飛ぶ。そこで大きな声で知っている歌を片っ端から歌い始める。

 歌っていると、寂しさも空腹も消えて、なんだか元気が出てきた。孤児の頃、教会の裏手でよく歌っていたことを思い出す。讃美歌とか、そういうものではなく教会に来た人が歌っていた歌を自然と覚えたのだ。だから音程が多少狂っていても、わからない。

 いつの間にか、夜になり朝になったけど、声が枯れるまで歌うつもりでいる。そうしていると、扉をノックするような音が聞こえてきた。

 庭師のオジサンかも!?と思い元気よく立ち上がり、扉へ行くと誰もいない。代わりに木の実や割れた茶碗の欠片のようなものに水が入っていたものが置かれていた。

 変ね。誰もいないのは、なぜ?考えているよりも、お腹が盛大な音をたてはじめる。木の実を見た途端、ミカエルは空腹感を覚え始めたのだ。

 では、遠慮なく。と一粒、口に入れてみると甘くておいしい。どこのどなたが置いて下さったものかわからないけど、心から感謝をして一粒ずつ咀嚼していく。

 少しばかりの水もありがたく飲む。

 一息入れたところで、再び歌いだすミカエル。その日は午後からあいにくの雨模様になってしまったけど、そんなことはお構いなしにミカエルは歌い続ける。

 廃屋の中に思いがけず、小さなお客様がいつの間にか集まってくるようになっていた。ネズミにリスにウサギに小鳥、タヌキの姿まで雨宿りに来てくれたのかしら?

 雨脚が強まる頃には、鹿やクマまで……いやあ、クマはいくら何でもコワイはず。でも、動物たちは真剣にミカエルが紡ぐ歌を聞き入ってくれている。

 朝になって、動物たちは姿を消していた。その代わり動物たちのいたところに昨日と同じように木の実の粒とひとすくいの水が置かれていたのだ。

「まあ!これは……!じゃあ、昨日も食事を届けてくれていたのは、あの可愛らしい動物さんだったのね」

 ミカエルはクスリと微笑み、その日もありがたく朝食を頂く。

 いつまでも廃屋の中でくすぶってはいられない。その日は、初めて廃屋の外に出てみることにした。

 雨はとっくに上がっていて、いいお天気だ。この場所からどうやって、王都に帰ったらいいかわからないけど、とにかく最初の一歩を踏み出さなければ話にならない。

 泣いても一生、笑っても一生と誰かに聞いたことがある。だからミカエルは泣いて暮らすより笑って暮らしたい。ずっとそう思って生きてきた。

 太陽の位置を見て、だいたいこっちが東なら、とりあえずは東に向かって歩くことにする。

 出かける前に庭師が西部へ行くと言っていたことを思い出したから、西部ということはバスティーユ家より西側にあるということだから、東に行けば、帰る手がかりを得られるのではないかと推察してのことだった。

 途中何者かが、ミカエルの前を横切った、鬼気迫る勢いに一瞬足を止めるが、よく見ると昨夜、廃屋に雨宿りに来ていた鹿で、腰の付近に矢が刺さって痛そうにしている。

「まあ!誰がこんなひどいことを!」

 傷の手当てをしようにもミカエルには何もない。こういう時、矢は抜かない方がいいと教会で聞いたことはあるけど、このままでは走れないし、いずれ死ぬのは目に見えている。

 どうしたものかと思い悩み、ついにミカエルは刺さっている矢を抜くことにする。そこへがさがさと藪の音がして、振り向くと猟師らしき男が弓を番えて、手負いの鹿を狙っている。

「やめて!殺さないで。お願い」

「ほう。こんなところにお貴族の嬢ちゃんがいるとは……」

 懸命に鹿の命乞いをしているミカエルに免じて、猟師は鹿を仕留めることは諦めてくれたみたいだ。

「どこかでお貴族様の事故でもあったのか?嬢ちゃん名前を聞いてもいいだろうか?」

「ミカエル・バスティーユです」

「こりゃ、おったまげた。アンタ公女様かい?こうしちゃ、いられねえ。すぐ、ご領主様に知らせるから、ここで待ってておくんなせえ」

 また置き去りにされる危険性はあったが、手負いの鹿をこのままにはしておけない。ミカエルは髪に結んでいたカチューシャ代わりのリボンを解き、それを鹿の止血のために使うつもりでいる。

 とりあえず、「えいやっ!」と勢いだけで、矢を抜くと、予想通り、ドクドクと血があふれ出す。

 側にいたミカエルのドレスも、だんだんと血に染まっていく中、ミカエルは鹿の腰に手を当て、懸命に祈る。

 長年教会暮らしをしていたので、見様見真似だが、他の神官がやっていたような真似ごとをしてみることにした。

 何もしないよりは、マシであってほしいと願いながら。

 すると、ミカエルの手のひらから黄金色の光が噴き出すように現れ、光はミカエルと鹿を包み込む。

 ミカエルは気が付かなかったが、西部の領主の館にまで、その光は届いていた。

 猟師と領主は、早馬を飛ばし、山の中まで駆けつけてみると、そこには黄金色のドレスを纏ったミカエルと、黄金色の鹿がミカエルを護るようにして、立ちはだかっていたのだ。

「せ、聖女様だっ!」

 猟師のオジサンはその場にヘナヘナと座り込む。領主とみられる貴族は、ミカエルの前に跪き、
「西部を収めているダニエル・シュナイザーと申します。聖女様、先ほどバスティーユ公爵家に聖女様の無事を知らせる魔法鳥を飛ばしました。今日は、我が館でごゆるりとお過ごしくださいませ」

 ミカエルは、鹿に向かって「みんなのところへお帰り」と言っても、鹿は帰ろうとしないばかりか、ミカエルを背に乗せようとする。

 イヤイヤ重いからダメ。と断ってもいうことを聞いてくれない。仕方なく
「しんどくなったら、いつでも降りるよ」
と申し出て、鹿に跨る。

 黄金色の鹿に乗った黄金色のドレスを纏った少女の姿は、どこか幻想的ではかない。

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