「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント

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第17話 キスしないと出られない空間で鉛筆を念じる

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「スケッチブックも持っていないリュクレス様なんて、必要ありません」

「酷いことを……」

「すみません言い過ぎました。今この状況では必要ありません」

 ソールーナはムスッとしつつ当たりを見回した。やはりこの景色を暗記するよりほかないようである。

「それでも十分酷いからな。俺が常日頃からスケッチブックを持っていると思うなよ? というかスケッチブックなんか持ってたことないわ」

「とにかくこの景色を暗記しなければ。もう話しかけないでください、リュクレス様」

「違うだろ。俺たちがすべきことはただ一つ、ここから脱出することだ」

「脱出? こんな綺麗な場所から?」

「綺麗だろうがなんだろうが、ここは仮初めの異空間だからな」

 とリュクレスは手近にある一輪の花を手折った。

「これ、なんだと思う?」

「は? どうかしちゃったんですかリュクレス様。それは、すごく綺麗なお花ですよ」

「違うな。これは幻だ」

 リュクレスは手に持った花を、ぽいっとその辺に投げ捨てた。
 花はすぅっと消えていく。

「え……」

「現実の花じゃない。お前はここの花をスケッチすると息巻いているが、ここの花自体がもう絵みたいなものなんだ」

「……概念が難しいですね」

「難しく考えなくていい。本物じゃないい、ということだけ分かればいい。花だけじゃない、この世界自体が偽物の世界なんだ。だから、何があるか分かったもんじゃないんだから早くに脱出するに限る」

 美しき異空間……。
 ソールーナは幾ばくかの寂寥感にさられた。
 結局美などというものは、人が思い描く幻でしかない……という暗示に思えたのだ。

 こんなにも綺麗な花園なのに。本当は存在しないだなんて……。

 でも構うものか、とすぐに思い直す。

 幻だろうがなんだろうが綺麗なものは綺麗なのだ。

 やっぱり、スケッチしたい!

「……ハッ」

「どうした何を思いついた」

「幻の世界なら幻のスケッチブックと鉛筆が出てくるかもしれません。やってみます!」

 バッと手を前に突き出し、目を瞑り精神統一してみる。が、もちろんなにもない。

「……ダメか」

 とため息をつくソールーナ。

「まあ、そうだろうな。この異空間は俺たちを閉じ込めるためのものだ。俺たちにはなんの権能も与えられていないんだろう」

「これがフィメリア様だったらなぁ……。きっと魔力でスケッチブックも出せるんですよね……。はぁ、羨ましい……」

 これからはいつこんなチャンスが巡って来てもいいように、小さくてもいいからスケッチブックを携帯しよう……なんてことを考えていたら、リュクレスが封筒を差し出してきた。

「とりあえずこれを読んでみろ」

「なんですか? こんなときにラブレター?」

「吊り橋効果か? 俺は吊り橋効果を狙っているのか?」

「吊り橋効果ってなんですか?」

「……ピンチに陥ったドキドキと、異性を意識してドキドキするのを錯覚する、ということだ。そして今俺はそれを狙っているわけではない。とりあえず読んでみろ」

「……フィメリア様の字ですね、これ」

 受け取った手紙を広げ、ソールーナはなかを確認する。

『親愛なるイメツィオ夫妻へ
 この世界から脱出したくば、リュクレスとソールーナにおいてキスされたし。なお、仮面越しは無効とする。仮面をとり、唇と唇を触れあわせることが条件なり。さすれば意のまま脱出が叶うであろう』

 なんという内容だろうか。

 しかし、ソールーナは慌てず騒がず……

「この紙、裏が白い」

「は?」

 これは天佑神助てんゆうしんじょ、いわゆる天の助けである。
 天が味方しているのなら、もしかしたらイケるかもしれない。

 ずいっ、ともう一度片手を前に差し出すソールーナ。

「鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆……」

 ぶつぶつと小さく、一心に唱える。そうすれば天の助けにより概念が結晶化し手のひらに鉛筆が現れるのではないか、と期待しながら……。

 だが、どんなに鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆鉛筆……と唱えても鉛筆もペンも黒炭も手のひらに現れてはくれなかった。

「……お前ちょっと怖い」

「くっ。じゃあこんなものいらないっ!」

 と憎しみを込めてぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ、と手紙を丸め、思いっきり遠くに投げ捨てた。

「おいっ、なにをする!?」

「八つ当たりです!」

「自分で言うな自分で!」

「なんで鉛筆持って来てくれないんですか、リュクレス様!」

「俺が常日頃から鉛筆を持ち歩くようなメモ魔だと思うな。俺はそんなに筆まめじゃない!」

 ごもっともなリュクレスの突っ込みだった。




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