「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント

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第55話 採用の合否

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「ソールーナ・イメツィオ公爵夫人でいらっしゃいますか?」

 恰幅のいい紳士の口から出たのはよどみのないソールーナのフルネームだった。

「はい、そうですが……」

「あぁよかった。私、こういうものです」

 差し出された名刺には、『サイド出版 編集長 ヨスター・エジット』と書かれている。

「サイド出版の編集長様……!?」

 サイド出版といえば、愛読書『姉騎士と僕の微妙な関係』の出版社である。

「実は、ぜひあなたとお話ししたいと思いまして。よろしいでしょうか?」

「は、はい」

 緊張した面持ちで答えるソールーナ。もしかして……、と思ったのだ。
 もしかして、この人がユミリオ王子の伝手の人ではないか、と……。

「少々込み入った話です。あちらへ行きましょうか」



 ヨスターに案内されたのは、バルコニーだった。
 庭園の様子が見下ろせるようになっており、テーブルと椅子が置いてある。

 二人は向き合って座る。

「……あの、それで……?」

 ソールーナはおそるおそる尋ねた。
 ヨスターはにこりと笑う。

「単刀直入に申し上げますが……、ポートフォリオ、見ました」

 ソールーナの心臓がドキンと跳ねる。

(やっぱり!)

 この人だ。この人が、ソールーナを挿絵画家にするかどうか決める人なんだ……、そう身構えるソールーナ。

 しかし――、

「正直に言うと、このお話をいただいたとき、私は乗り気ではありませんでした」

「えっ……」

「こちらは仕事なんですよ。何千人という読者相手に小説を出版し、利益を得ている営利企業なわけです。ですからちょっとばかし絵のうまい貴族夫人のお手遊びに付き合わされるのは勘弁してほしい……とね」

「え……」

 ソールーナは言葉を失う。
 まさかそんな風に思われていたなんて……。

「しかしユミリオ殿下のご紹介なわけですよ。ここで無碍にお断りするのも角が立ちます。はぁ、どうしよう、困った困った……、と思っておりました」

「……」

「ですが」

 と言って、ヨスターは笑みを浮かべる。

「実際にあなたの絵を見て考えが変わりました。さすがはユミリオ殿下のお眼鏡にかなったお方だ」

「えっ!?」

 ソールーナは思わず目を丸くする。

 彼の言っていることが急に変わりすぎて、ついて行けないのだ。

「あの……、ええと、それは……?」

「拝見した絵ですが、全て素晴らしいものでした。ですがパンチに欠けていました。ただ絵がうまい人が描くうまい絵……、それ以上のものが見当たらない、と思ったのです。具体的に言うと、感情が見当たらなかった」

「はあ……」

「ですが、一枚だけ、とても感情が溢れるものがありました。それが決め手となりました」

「あの、それはどんな絵でしたか。感情が溢れている絵って……」

「仮面の男がトランプをしている構図のものでした。ベッドの上にリラックスして寝そべり、トランプの札を確認しているところです。あれはあなたのご主人のリュクレス様ですよね?」

「は、はい、そうです」

「でしょう、でしょう。あの絵には――」

 そこでヨスターは身を乗り出すようにして言った。

「愛がありました」

「愛……」

「愛する妻を見つめる瞳。それを見守る、恋する乙女であるあなたの視線。そういったものが伝わってきました。それが実に魅力的だったのです。そしてまた、リュクレス様が本当に楽しそうな表情をしているのもいい」

「リュクレス様は仮面をしていますが……」

「仮面の奥の素顔、と申しますか。あの絵には、彼が仮面の下でどんな顔をしているのか想像させる力があったんですよ」

「……」

「それはあなたが見ているご主人の……、いってみれば、あなただけに見えている、あなたのご主人の素顔なわけです」

 ソールーナはその言葉を刻むように胸に唱えた。
 ――私だけの、リュクレス様の素顔。

「絵を通して分かるのは、モデル……、あなたのご主人は、あなたを愛している」

 はっきりと、ヨスターは言い切った。

「ウチは恋愛小説を主に出版しています。ですから描いていただく挿絵も恋愛中の登場人物なことが多い。それを表現するのにうってつけの才能を、あなたはお持ちだと、私は判断いたしました」

「……!」

「この人になら、うちの会社を任せられる。任せたい、という思いになりました。つまりはそういうことです」

「……っ」

 ソールーナの目頭がじんわり熱くなった。
 認められた。
 自分の絵が認められたのだ。

「イメツィオ夫人……、いえ、ソールーナ先生。是非、ウチと契約してくださいませんか」

「……っ、はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 差し出された手を、ソールーナは強く握り返した。



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