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第一章 北辺に出会う
1.1 転生の先は
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『五日目。自分が創出したモノ達で溢れかえる世界を眺めていた「神」は、「人」だけが子孫を生成できていないことに気が付いた。そこで神は、「人」に、……』
『「八都」は、北向、秋津、西海、東雲、夏炉、春陽、南苑の七つの王国と、それらをまとめる帝華から成る。帝華を統べ、八都をまとめる「神帝」は、七つの王国の……』
[……な、なんだ?]
前触れも無く頭の中に響いた、訳が分からない文章に、息が止まる。首を横に振る動作一つで、意味不明な文章は頭から消えたが、それでも、……何かが、おかしい。身体が、動かない。思考する、首を振る、それはできる。だが手足は一切動かない。感覚の方は? 混乱の中、何とか意識を切り替える。何度目を瞬かせても、見えるのは薄灰色のぼうっとした空間だけ。いつも掛けている眼鏡が無い所為だろうか? 耳を澄ませても、物音一つ聞こえてこない。一体、自分は、どうなって……? 確か、雨の中、図書館から自宅へと帰る途中だった、はず、なのに。うるさく響く自分の鼓動に、トールは思わず唸り声を上げた。
不意に、視界が明るくなる。
トールを掴んでいる温かい感覚に当惑を覚えながら、首筋をどうにか伸ばすと、自分を見下ろしている紅い瞳と目が合った。
[あの、えっと]
ぱちぱちと目を瞬かせる、白い髪に縁取られた青白い顔に、困惑の中から声を掛ける。自分の声が聞こえてこないことに驚くより先に、小さく頼りなげな手に、トールの視界は塗り潰された。
「この、『本』」
だぶだぶの袖に半ば隠れた華奢な手が、トールを何度かひっくり返す。
「祈祷書、だよね」
……『本』? どういうことだ? 聞こえてきた言葉に戸惑いを覚え、大きく息を吐く。
「あれ? 何も書いてないページがある」
次に感じたのは、トールを開いて確かめる冷たい指。
「筆写の途中で製本されたのかな? でも、祈祷書に書かれていないといけないことは全部書いてある」
しかしとにかく、現状を把握しなければ。トールに触れる指のくすぐったさを、唇を横に引き結ぶことでどうにか誤魔化す。トールを閉じた小さな指の隙間から、トールは、現在の自分が居る場所を見回した。
はっきりと形を取り始めた視界にまず見えたのは、がっしりとした木製の本棚。現在のトールの位置より倍以上の高さを持つ本棚が、壁一面を飾っている。背表紙ではなく小口を見せて並んでいる本と、棚から垂れ下がっている鎖に違和感を覚えながら、トールは明るく見える方向へ、少しだけ目を移した。思った通り、城の石垣を滑らかにしたような壁の真ん中に、大きく切り取られた窓がある。窓枠は見えないその窓の前には、大学の製図室に並んでいたものと同じ、殆ど縦になった机が二つ置かれていた。その向こうには煉瓦を積み上げた暖炉。窓の反対側に目を移すと、やはり石壁に穿たれた小さな窓の下に、図書館のカウンター席を小さくしたような机と、座り心地の悪そうな椅子が見えた。
ここは、図書館、なのだろうか? 小さな手の中で小さく首を傾げる。いや、大きさから言えば『図書室』だ。もう一度、背表紙が見えない本棚を眺めてから、トールは自分を支え持っている華奢な腕の持ち主の方へと視線を移した。腕も華奢だが、灰色をしただぶだぶの服に灰色のエプロンを着けた身体にも、『華奢』以外の形容詞が思いつかない。ちゃんと食べているのだろうか? いや、|小野寺(おのでら)みたいに、食べても全部運動エネルギーになってしまうような奴もいる。トールより俊敏に動く、短く切りそろえられた髪が目の端を横切った気がして、トールは小さく首を横に振った。……小野寺は、|伊藤(いとう)の。
気を取り直し、トールを見つめ続けている紅い瞳に今一度向き合う。とにかく、ここがどこなのか聞いてみよう。……尋ねることができるかどうかは、分からないが。先刻、自分の声が聞こえなかったことを思い出したが、それでもトールは、紅い瞳に向かって言葉を紡いだ。
[あの、ここは……?]
『「八都」は、北向、秋津、西海、東雲、夏炉、春陽、南苑の七つの王国と、それらをまとめる帝華から成る。帝華を統べ、八都をまとめる「神帝」は、七つの王国の……』
[……な、なんだ?]
前触れも無く頭の中に響いた、訳が分からない文章に、息が止まる。首を横に振る動作一つで、意味不明な文章は頭から消えたが、それでも、……何かが、おかしい。身体が、動かない。思考する、首を振る、それはできる。だが手足は一切動かない。感覚の方は? 混乱の中、何とか意識を切り替える。何度目を瞬かせても、見えるのは薄灰色のぼうっとした空間だけ。いつも掛けている眼鏡が無い所為だろうか? 耳を澄ませても、物音一つ聞こえてこない。一体、自分は、どうなって……? 確か、雨の中、図書館から自宅へと帰る途中だった、はず、なのに。うるさく響く自分の鼓動に、トールは思わず唸り声を上げた。
不意に、視界が明るくなる。
トールを掴んでいる温かい感覚に当惑を覚えながら、首筋をどうにか伸ばすと、自分を見下ろしている紅い瞳と目が合った。
[あの、えっと]
ぱちぱちと目を瞬かせる、白い髪に縁取られた青白い顔に、困惑の中から声を掛ける。自分の声が聞こえてこないことに驚くより先に、小さく頼りなげな手に、トールの視界は塗り潰された。
「この、『本』」
だぶだぶの袖に半ば隠れた華奢な手が、トールを何度かひっくり返す。
「祈祷書、だよね」
……『本』? どういうことだ? 聞こえてきた言葉に戸惑いを覚え、大きく息を吐く。
「あれ? 何も書いてないページがある」
次に感じたのは、トールを開いて確かめる冷たい指。
「筆写の途中で製本されたのかな? でも、祈祷書に書かれていないといけないことは全部書いてある」
しかしとにかく、現状を把握しなければ。トールに触れる指のくすぐったさを、唇を横に引き結ぶことでどうにか誤魔化す。トールを閉じた小さな指の隙間から、トールは、現在の自分が居る場所を見回した。
はっきりと形を取り始めた視界にまず見えたのは、がっしりとした木製の本棚。現在のトールの位置より倍以上の高さを持つ本棚が、壁一面を飾っている。背表紙ではなく小口を見せて並んでいる本と、棚から垂れ下がっている鎖に違和感を覚えながら、トールは明るく見える方向へ、少しだけ目を移した。思った通り、城の石垣を滑らかにしたような壁の真ん中に、大きく切り取られた窓がある。窓枠は見えないその窓の前には、大学の製図室に並んでいたものと同じ、殆ど縦になった机が二つ置かれていた。その向こうには煉瓦を積み上げた暖炉。窓の反対側に目を移すと、やはり石壁に穿たれた小さな窓の下に、図書館のカウンター席を小さくしたような机と、座り心地の悪そうな椅子が見えた。
ここは、図書館、なのだろうか? 小さな手の中で小さく首を傾げる。いや、大きさから言えば『図書室』だ。もう一度、背表紙が見えない本棚を眺めてから、トールは自分を支え持っている華奢な腕の持ち主の方へと視線を移した。腕も華奢だが、灰色をしただぶだぶの服に灰色のエプロンを着けた身体にも、『華奢』以外の形容詞が思いつかない。ちゃんと食べているのだろうか? いや、|小野寺(おのでら)みたいに、食べても全部運動エネルギーになってしまうような奴もいる。トールより俊敏に動く、短く切りそろえられた髪が目の端を横切った気がして、トールは小さく首を横に振った。……小野寺は、|伊藤(いとう)の。
気を取り直し、トールを見つめ続けている紅い瞳に今一度向き合う。とにかく、ここがどこなのか聞いてみよう。……尋ねることができるかどうかは、分からないが。先刻、自分の声が聞こえなかったことを思い出したが、それでもトールは、紅い瞳に向かって言葉を紡いだ。
[あの、ここは……?]
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