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第三章 森と砦と
3.24 黒竜騎士団の館へ
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時折唐突に大きく揺れる空間に胃の痛さを覚え、息を吐く。
しかし、あの『暴れ馬』で塔まで一直線に逃げた時より揺れは小さい。自分の心に何度もそう言い聞かせながら、トールは横の、荒い息を吐いて眠るサシャを見つめ、そして顔を上げて、馬車のカーテンを少しだけ開いて外を見るルジェクを見た。
「……お、帝都の城壁が見えてきたぜ。久しぶりだな」
揺れる馬車から外を見つめ小さく微笑むルジェクの声は、まだ少し枯れている。しかし籠城戦で痩せきった身体には力が戻っているように見える。黒竜騎士団の許へ手紙を届けに行ったピオも、無事だった。馬車に乗せられる前に見た、心配そうに瞳を揺らす浅黒い顔を思い出す。一方、サシャは、……眠り続けたまま。馬車に設えられた狭いベッドから落ちそうになっているサシャの、包帯がしっかりと巻かれた左腕の痛々しさに、トールはサシャから目を逸らした。
狂信者達を制圧してすぐに、手当を受けたサシャは砦から助け出されたルジェクと共に、黒竜騎士団が所有するこの負傷者用の馬車に乗せられた。
「サシャもルジェクも、帝都の医者に診せた方が治りが早い」
そう判断した黒竜騎士団長ヴィリバルトと共に、サシャは、母と同じ道を行きたいが故に憧れていた帝都へと向かっている。
目覚めたら、多分、サシャはびっくりするだろう。微笑みは、しかしすぐに疼きへと変わる。左腕から首、そして左頬にも見えるサシャの火傷は、かなり酷い。サシャ自身、ヴィリバルトに助けられてからずっと、深い眠りに落ちたまま。万が一、このままサシャが目覚めなかったら。悪い考えを、トールは首を横に振って追い出した。大丈夫。帝都には、北辺にいた豪放な師匠、アランも学んだ、八都で一番の医学部がある。そこで学んでいるお医者さんならきっと、サシャを治してくれる。期待を、トールは自分の胸の奥底から半ば無理矢理引っ張り出した。
「ようやく着いたぜ」
ほっと息を吐いたルジェクの声と同時に、馬車の揺れが止まる。
開いた扉の先には、ヴィリバルトの大柄な影と、無言でヴィリバルトの後ろに立つ大柄な騎士エゴンの影、そして黒竜騎士団の黒のマントを羽織った騎士が数人、見えた。
「サシャを、小さい方の客間に運んでくれ」
身軽に馬から下りたヴィリバルトが、騎士達に指示を出す。
「あと、医者も、大至急」
「分かりました」
馬車に乗り込んだ二人の騎士が、手早く、サシャを馬車の外に出す。サシャは、大丈夫。遠ざかる小さな身体に、トールは息を吐いた。
「団長、夏炉の方は」
「フェリクスが何とかしている」
そのトールの耳に、騎士達の問いに答えるヴィリバルトの声が響く。狂信者の長デルフィーノは、サシャを炎の中から救う際にヴィリバルトが槍で刺し殺した。だが、もう一人の親玉、クラウディオは、どこを探してもいない。フェリクスの報告に苦い顔をしたヴィリバルトを思い出し、トールは小さく唸った。伝える言葉を、トールは持っていない。さすがのヴィリバルトも、「『転生者』が、元々暮らしていた世界へ戻っただけ」という説明は信じてくれないだろう。何も言わない方が良いのかもしれない。感情が見えないヴィリバルトの顔に、トールは首を横に振った。
「バルト団長、燔柴の炎を見て一人で飛び出しちゃってさ、フェリクス副団長に大目玉食らったんだ」
そのトールの耳に、明るいルジェクの声が響く。
馬車から顔だけを出したルジェクの言葉で苦い顔をしたヴィリバルトに、トールは思わず笑ってしまった。
「あ、ルジェクも、きちんと休め。まだ身体が回復してないだろう」
「大丈夫です、バルト団長」
ヴィリバルトの言葉ににやりと口の端を上げたルジェクの細い腕が、トールを掴む。
「サシャの世話、俺にやらせてください」
「良いのか?」
トールを掴んだままヴィリバルトの前に立ったルジェクの言葉に、何事も見透かすヴィリバルトの蒼い瞳がすっと笑った。
「良いだろう」
ヴィリバルトの答えに頷いたルジェクが、トールを掴んだまま踵を返す。そのトールの視界は、不意に、大きな手に覆われた。
「これは、俺が預かっておく」
ヴィリバルトの傲岸な声が、トールのすぐ側で響く。
〈……そんな〉
そのヴィリバルトに頷き、遠くに見える灰色の建物の方へと去って行くルジェクの背を、トールは呆然と見つめた。サシャから、引き剥がされてしまった。『本』であるトールをひっくり返して眺めるヴィリバルトを、睨む。しかし『本』であるトールに、為す術は無い。もう、サシャには、……逢えない。
幻の涙が、零れる。
真っ暗になった視界に、トールはそっとその瞳を閉じた。
しかし、あの『暴れ馬』で塔まで一直線に逃げた時より揺れは小さい。自分の心に何度もそう言い聞かせながら、トールは横の、荒い息を吐いて眠るサシャを見つめ、そして顔を上げて、馬車のカーテンを少しだけ開いて外を見るルジェクを見た。
「……お、帝都の城壁が見えてきたぜ。久しぶりだな」
揺れる馬車から外を見つめ小さく微笑むルジェクの声は、まだ少し枯れている。しかし籠城戦で痩せきった身体には力が戻っているように見える。黒竜騎士団の許へ手紙を届けに行ったピオも、無事だった。馬車に乗せられる前に見た、心配そうに瞳を揺らす浅黒い顔を思い出す。一方、サシャは、……眠り続けたまま。馬車に設えられた狭いベッドから落ちそうになっているサシャの、包帯がしっかりと巻かれた左腕の痛々しさに、トールはサシャから目を逸らした。
狂信者達を制圧してすぐに、手当を受けたサシャは砦から助け出されたルジェクと共に、黒竜騎士団が所有するこの負傷者用の馬車に乗せられた。
「サシャもルジェクも、帝都の医者に診せた方が治りが早い」
そう判断した黒竜騎士団長ヴィリバルトと共に、サシャは、母と同じ道を行きたいが故に憧れていた帝都へと向かっている。
目覚めたら、多分、サシャはびっくりするだろう。微笑みは、しかしすぐに疼きへと変わる。左腕から首、そして左頬にも見えるサシャの火傷は、かなり酷い。サシャ自身、ヴィリバルトに助けられてからずっと、深い眠りに落ちたまま。万が一、このままサシャが目覚めなかったら。悪い考えを、トールは首を横に振って追い出した。大丈夫。帝都には、北辺にいた豪放な師匠、アランも学んだ、八都で一番の医学部がある。そこで学んでいるお医者さんならきっと、サシャを治してくれる。期待を、トールは自分の胸の奥底から半ば無理矢理引っ張り出した。
「ようやく着いたぜ」
ほっと息を吐いたルジェクの声と同時に、馬車の揺れが止まる。
開いた扉の先には、ヴィリバルトの大柄な影と、無言でヴィリバルトの後ろに立つ大柄な騎士エゴンの影、そして黒竜騎士団の黒のマントを羽織った騎士が数人、見えた。
「サシャを、小さい方の客間に運んでくれ」
身軽に馬から下りたヴィリバルトが、騎士達に指示を出す。
「あと、医者も、大至急」
「分かりました」
馬車に乗り込んだ二人の騎士が、手早く、サシャを馬車の外に出す。サシャは、大丈夫。遠ざかる小さな身体に、トールは息を吐いた。
「団長、夏炉の方は」
「フェリクスが何とかしている」
そのトールの耳に、騎士達の問いに答えるヴィリバルトの声が響く。狂信者の長デルフィーノは、サシャを炎の中から救う際にヴィリバルトが槍で刺し殺した。だが、もう一人の親玉、クラウディオは、どこを探してもいない。フェリクスの報告に苦い顔をしたヴィリバルトを思い出し、トールは小さく唸った。伝える言葉を、トールは持っていない。さすがのヴィリバルトも、「『転生者』が、元々暮らしていた世界へ戻っただけ」という説明は信じてくれないだろう。何も言わない方が良いのかもしれない。感情が見えないヴィリバルトの顔に、トールは首を横に振った。
「バルト団長、燔柴の炎を見て一人で飛び出しちゃってさ、フェリクス副団長に大目玉食らったんだ」
そのトールの耳に、明るいルジェクの声が響く。
馬車から顔だけを出したルジェクの言葉で苦い顔をしたヴィリバルトに、トールは思わず笑ってしまった。
「あ、ルジェクも、きちんと休め。まだ身体が回復してないだろう」
「大丈夫です、バルト団長」
ヴィリバルトの言葉ににやりと口の端を上げたルジェクの細い腕が、トールを掴む。
「サシャの世話、俺にやらせてください」
「良いのか?」
トールを掴んだままヴィリバルトの前に立ったルジェクの言葉に、何事も見透かすヴィリバルトの蒼い瞳がすっと笑った。
「良いだろう」
ヴィリバルトの答えに頷いたルジェクが、トールを掴んだまま踵を返す。そのトールの視界は、不意に、大きな手に覆われた。
「これは、俺が預かっておく」
ヴィリバルトの傲岸な声が、トールのすぐ側で響く。
〈……そんな〉
そのヴィリバルトに頷き、遠くに見える灰色の建物の方へと去って行くルジェクの背を、トールは呆然と見つめた。サシャから、引き剥がされてしまった。『本』であるトールをひっくり返して眺めるヴィリバルトを、睨む。しかし『本』であるトールに、為す術は無い。もう、サシャには、……逢えない。
幻の涙が、零れる。
真っ暗になった視界に、トールはそっとその瞳を閉じた。
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